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第6話 微かな不整合

 雛菊(ひなぎく)が訪ねてきたのは、六月に入って最初の月曜だった。  演奏会の帰りだという。やよいさまにお誘いいただいて、近くまで参りましたの、と応接室で妹は笑った。  泉堂(せんどう)やよい。賀久(がく)の実の妹である。雛菊の通っていた女学校の先輩である義妹の名を、山桜桃(ゆすら)は久しぶりにきいた。付き添いの女中を玄関に残し、手土産の包みと本が一冊だけ渡される。  包みも本も、玄関で竹川(たけかわ)が預かった。白手袋の指が菓子折の底を確かめ、本の頁を親指で扇いで、栞の一枚まで検める。手際は流れるようで、無礼のかけらもない。検めていると気取らせずに、恭しく応接室へ運んでくる。完璧な仕事だった。家令になる前はどんな仕事していたのやら。 「この本、お好きでいらっしゃったでしょう?」  差し出されたのは、古い翻訳ものの上巻である。番町(ばんちょう)の書棚にあった一冊で、たしかに若い時分に読んだ。頷くと、雛菊は神妙な顔で続けた。 「わたくしもお気に入りなの。必ず返してちょうだいね」  妹らしからぬ慎重な物言いで、察しがつく。兄からの差し向けだ。  紅茶を一口含んで、怒りを飲み下す。囲われて育った箱入りの令嬢は、竹川の警戒名簿に載っていない。無害さこそが通行証だ。理屈は完璧で、完璧であるほど腹が立った。あの息苦しい家でいちばん汚してはならないものこそ雛菊なのに、無情にも利用するとは。  なにも知らない妹との会話は、他愛なく流れた。ピアノの発表会の曲目、番町の庭の紫陽花(あじさい)、そして泉堂やよいの話。三つ上の方で、目白にお住まいで、美術館のお仕事をなさっているの、と妹は頬を緩める。 「お兄さまにとっては、あの方も……その、義妹におなりになるのだし。わたくしたち、姉妹よねって笑い合いましたのよ」  婚姻からひと月余り、山桜桃はまだ自分の義妹に会ったことがない。引き合わされてもいなければ、この邸宅でその名を聞いたことすらなかった。妹の口から初めて届く義妹の暮らしを、山桜桃はさもはじめて聞いたかのように振る舞った。  やよいについては、事前の調査と相違ない。泉堂美術館の運営団体である泉堂アート財団の理事を務め、目白の別邸へ移ってから麻布の本宅にはほぼ帰らない生活。財閥の次子らしい、王道の道を歩む長子から一歩引いた人生だ。きょうだい仲については良くも悪くもないが、ほぼ疎遠である。  山桜桃と雛菊は性格が真逆だが、仲が良いきょうだいだった。母を亡くしてから、腹違いの兄との微妙な距離や有無を言わさない父からの圧力を、ふたりで寄り添いながら受け止める日々だったと思う。雛菊がいなければ、あの家で山桜桃は孤独だった。  帰り際、雛菊は女中と車に乗り、竹川が門まで見送った。手を振る妹は、自分がなにを運んだのか知らない顔をしている。知らないままでいてくれ、と思う。    ◇  夜、自室で本を開いた。  頁の間に手紙はなく、書き込みもない。竹川の検分が見逃した便りだ、仕掛けがあろう。灯りを斜めに寝かせて、頁を一枚ずつ光にかざした。  三十七頁で、わずかな痕跡を見つけた。  活字の下に、鉛筆の微点がひとつ。爪の先ほどもない、古本の汚れにしか見えない点である。点の付いた文字だけを頁の順に拾っていくと、文になった。伯父の古い手だ。検閲下の通信の教科書に載っている、十九世紀からある手口である。頁を扇いでも、透かしても出ない。出たところで、汚れだと言い張れる。  拾い終えた文面は短かい。  状況を報せ。返却の便で応答。頻度は妹の訪問に合わせる。深入り無用。  消しゴムで点を消し、鉛筆を削って、自分の点を打った。監視の布陣。電話と郵便の検閲。職を解かれた経緯。先代の入院に実体がないこと。報告は簡潔に済ませて、最後に一行だけ足した。  妹には、今後もなにも知らせるな。  打ち終えて、鉛筆を置いた。妹を間者に使うことは許せないが、狡猾な兄らしい手口である。下巻もお持ちしますわね、と妹は言っていた。あの子はなにも関係がないのだから、これっきりにしてあげたい。竹川の目を欺く連絡手段を早く見つけなくては。    ◇  ひと月続けた散歩は、油断を誘うためだけのものではない。  泉堂本邸は、外周をひと回りするだけで二十分かかる。表の洋館と奥の和館が渡り廊下で結ばれ、庭を挟んで蔵と車庫と使用人棟が並ぶ。顔を覚えた使用人は三十人を超えて、まだ増える。客間は数えて十二あり、すべてが使われているところを一度も見たことがない。番町の実家も狭い家ではないが、ここは家というより、塀で囲まれた町である。  同じ道筋を同じ時刻に歩けば、日々の小さな変化のほうから目に入ってくる。使用人の動線、雨戸の開閉、掃除の入る部屋と入らない部屋。頭の中の図面は、とうに引き終えていた。  腑に落ちない部屋が、庭側の翼に一つある。  角の一室だけ、雨戸が開いたことがない。なのに廊下側からは、朝ごとに掃除が入る。閉め切った部屋を、毎日磨かせていた。あきらかに物置でもない。がらんどうの部屋にしては手が入りすぎていた。女中の口の端から、先代様の御書斎、という言葉は拾ってある。  散歩の道筋は、その扉の前を通るようにしている。洋室の扉で、把手(とって)の下に鍵穴のある箱錠が付いていた。おそらく錠が掛かっているはずだ。錠前破りなら自信があったが、不審なことはあまりできない。三十日あまり、扉はいつも同じ顔で閉まっていた。  それが三十一日目の朝、扉がわずかに開いている。  立ち止まりはしなかった。歩幅も変えず通り過ぎて、庭の同じ石に腰を下ろし、いつもの時間を過ごす。頭だけが全速で回っていた。この家に限って、鍵の掛け忘れはない。とすれば賀久の試験か、招待か。どちらであっても、侵入すれば竹川に報告が行くだろう。  翌朝も、その翌朝も、扉は開いたままだった。二日間続けて、開かずの部屋が来訪者を待っているということだ。わざとであろうと思いつつも、ここは戦場でも政治の場でもない。おのれが死ぬ罠など仕掛けていないのだから、乗らない手はないと思った。  入り込める時間は、週に一度の十数分だけである。使用人の交代に綻びがある。従順に過ごしたひと月で見つけた、この邸宅の唯一の隙間だった。  三日目、その十数分に合わせて扉を押した。    ◇  書斎の空気は、埃の匂いがしなかった。  毎日磨かれている部屋である。机は空、引き出しも空。私物は几帳面に箱詰めされ、壁際に積まれて、箱の角がきれいに揃っていた。人がいた気配はなく、片づけられたとわかる。  壁には額を外した跡が四角く日に灼け残っていた。玄関の廊下と、同じ手口だ。写真か絵画か、とにかく意図的に取り払っている。  置時計は止まっていた。針の指す時刻を、意味もなく覚える。  書棚だけが、異様に目立っていた。  背表紙の並ぶ一角に、社の綴りが一冊だけ差してある。研究記録、と背にあった。部外秘の符号と、起算の年。昭和五十九年。賀久がちょうど大学を卒業した年である。海外の大学へ留学していたはずで、帰国後の足取りは実にシンプルに、泉堂製薬へ入社している。  手巾(しゅきん)を挟んで、函を棚から抜いた。中身のない軽さである。蓋を開けると、綴りは一枚も入っていなかった。  かわりに、紙片が一枚。  名刺ほどの白い紙に、手書きで文字が書かれている。  ——退屈か?  それだけである。癖のない、定規で引いたような筆跡だった。やはり賀久がここに導いたのだと悟った。十年会わなかった男の字など、覚えているわけがない。それでも、読んだ瞬間にあの男の声で聞こえた。  もはや山桜桃の行動などお見通しなのだろう。  耳の後ろが、久しぶりに熱くなった。  紙片を函に戻し、棚の同じ位置に差す。読まなかったことには、もうできない。それでも、読んでいない顔をすることはできる。十数分を使い切る前に部屋を出て、ただの散歩中を装った。    ◇  数日後、同じ扉の前を通ると、錠が替わっていた。  鍵穴の座金が、真鍮(しんちゅう)の新しいものに替わっている。触れずとも分かる交換だった。竹川はなにも言わない。山桜桃に接する態度も昨日までと寸分違わなかった。  見ていたぞ、とも、見なかったことにする、とも読める顔で、初老の家令は今朝も三歩後ろを歩いている。  昭和五十九年の空の函と、見透かされた紙片。持ち出せた戦果は、どちらも頭の中にしかない。  退屈か、と訊いた男への返事は、まだ決めていない。

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