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第3話

昔から全て自分でやろうとするタイプの母さんだから、きっとこう言うとは予想していた。 「女手一つであなた達を世話してきたのよ。私はまたパートタイムで働きに出たいくらいなんですからね」 ...なんて。 「母さん。オレたちがどうしてここまでやってきたかわかる?母さんを楽にさせてやりたかったからだろ。今まで苦労かけたからこそ、この先は気楽にやって欲しいんだ。きっと父さんもそう願ってる」 口の立つカルヴィンが数日かけて嗜め、ようやく母さんは首を縦に振ったんだ。カルに笑いかけられたら最後にはみんなそうなると決まっているから。 本格的にプロデビューを果たしてしばらく経った頃。日に日に生活が変わっていく、それを家族全員が実感しつつあった。 使用人を取ることは事務所から勧められた提案だ。都会の真ん中にマンションを借りて仕事をしやすい環境にすべきだとも言われたけれど...父さんの残した家からは離れ難い。それに、これから僕たちの留守が増えていくのはスケジュールを見れば明らかなのに、母さんをずっと一人きりにさせておくのは僕たちの本意でもなかった。"家族"がもう一人、このヘイズ家には必要だった。 使用人に全てを任せて自分が休むことはまるでセレブリティのようで抵抗があるらしい母さんでも、アルバイトの手伝い人なら受け入れられるだろう。そうして1年前、うちにフレッドがやってきた。僕らよりも少し浅いコーヒー色の肌で、髪は短く刈り込んでいる。年齢よりも大人に見られそうな落ち着いた顔立ちだけど、僕の2つ上で当時はまだ学生だった。 フレッドはうちのためにとても良くしてくれた。仕事関係の大量の書類の管理やファンレターとプレゼントの整理、マネージャーとの連絡...その他諸々を母さんが請け負うのは無理があるし、これからはセキュリティも気にしなくちゃいけない。これらの面倒ごとも彼が任されてくれた。僕たち兄弟と歳が近くすぐに親しくなれたし、あんなことを言っていた母さんも半年後には住み込みでの契約を持ち掛けたくらいだ。 ...このことは嬉しかった。昔からレッスンと仕事ばかりの日々で友達の少ない僕にとって、彼がいつもいてくれるのは支えだ。彼の話すこと、仕草、表情、いつしか僕はフレッドのことばかり見てしまうようになった。いけないと思った。罪だと思った。それでも彼は受け止めた。その優しさとあの日のディスコの喧騒が、僕のブレーキを壊していく。 そのドアの前に立つにはある程度の勇気が必要だったけど、最近は少し慣れてきたみたいだ。部屋を抜け出して階段を降り、ノックを数回。ドアが半分だけ開かれ彼が顔を出す。 「...入っていい?」 そう聞くと、静かに微笑んで迎え入れてくれる。 毎晩ここに来てるわけじゃない。それでもフレッドは気まぐれな頻度の僕の訪問にいつでも応える。やましいことがあるわけでもない。それでも僕はみんなが完全に自室に戻ったのを見計らってからここに来て、後ろ手で鍵をかける。 話をする日もある。彼の書く物語のこと___小説を書いてるってことはこの部屋に来るようになって知ったんだ___恥ずかしがってあまり喋ってくれないけれど。僕の方がするのは大した話題じゃない。その日のショーのこと、兄さんと交わした会話のこと、それらに彼が相槌を打って聞いてくれるだけで楽しかった。 キスをする日もある。重ねるだけの軽いもの。すぐに離れてしまうけど、彼の吐息を近くで感じて温かかった。 そして、触れ合う日。今夜はそんな日だった。 いつものように隣り合ってベッドに腰掛ける。今日のレコーディングはあまり上手くいかなかったとか、どうでもいい話題。 「細かいことを指示されてばかりで...自由に歌わせてもらえないんだ」 「それで、いつまでかかるんだ?」 「今月いっぱいはずっとかな」 途切れ途切れの会話。でも彼は穏やかに耳を傾けてくれる。ここに来れば沈黙も心地良いものだった。表舞台のプレッシャーから離れていられるような気がして。 「疲れたかい?」 「そんなことない」 「そうか」 この言葉は、僕が今できる精一杯の...。 「だからこうして、...きみのところに来てるんだよ」 きみといたいから。きみともっと近付きたいから。 前にしたより深いキスだった。僕がその最中に少し口を開いたことが発端だったけど、彼は舌先を触れさせることで応えてくれた。初めて感じる味がする。息が絡まって熱くなる。微かに立つ水音が部屋に響く。いつのまにか僕の腕が彼の肩に回り、彼も僕の髪をゆっくり撫でる。...いつもとは違う予感。初めてラスベガスの舞台を踏んだときとどこか似た緊張を覚えた。 頭がぼうっとしてきた。熱が体を巡っていく。まるでクレージーになって浅ましく欲を押し付けてしまったあの夜が蘇る。彼は全て受け入れてくれる、でもまたあんな真似をすればどう思われてしまうだろう...不安になって目を開ける。するとそこにはフレッドがいて、こんなに近くにフレッドがいて...。 「...ごめん」 彼が項垂れる。頭から彼の手が滑り落ちてシーツを握った。床の一点を見つめて、目が合わない。彼の綿のズボンが軽く押し上げられているのがわかった。 「...」 「今日は、ここまでに...」 「続けて」 「...ソル、」 僕の手が降りていく。下着の中に潜り込む。そこはもう熱く張り詰めている、きっと彼と同じように。ゆっくり手のひらに収めると吐息が漏れた。彼の視線が刺すようで恥ずかしいのに、彼も僕と同じ気持ちでいてくれているとわかったことが、それ以上に嬉しい。 「続けて...」 もう一度言うと、またくちびるが重なった。今度はその片手も彼自身のものに触れ始めて。 夢中だった。彼はキスの仕方を知っていて、その上でこれまで遠慮していたようだった。初めてのリズムでダンスを踊るときのようについていくのに精一杯だったけど、自然なリードで舌が絡む。下腹部では互いの手の動きが早まってきた。 一体自分のどこにこんな積極性があっただろう。観客やカメラの前以外の場所では昔から兄さんたちの影に隠れてるような奴だったのに。きみは不思議だ、僕をどんどん変えてしまう。そんなきみから目が離せない。 「...っん、」 時折歯が当たってしまう。それすらも刺激になって声が漏れた。 「...大丈夫?」 耳元で囁かれる。僕は頷いてまたくちびるを求める。きみは優しい、だからいつも止めるんだ。でももう僕は僕自身を止められない。 彼の指が下着の中で蠢く様子、布地の擦れる微かな音、低い吐息。それらを感じて腰が小さく揺れる。それを見た彼の手の動きも激しくなる。相乗効果のように高まり昂られていく。セルフプレジャーを見せ合うなんて互いの秘密を覗き合ってるみたいだ。 いけないことだ、罪だ、その気持ちが完全に消え去ったわけじゃないけれど、フレッドの存在が不安なんてどうでもいい気持ちにさせてくれる。今はただ興奮に身を委ねていたい。ステージと一緒だ。音楽に乗っていれば普段の平凡なソロモン・ヘイズからThe Boogie Haysのリードシンガーになれるように。まるでソウル・ミュージックみたいに、フレッドが僕を解放してくれるんだ。 息がどんどん上がっていく。腰が勝手に前後し始める。指先が自分のものを強く握る。彼の顔がすぐ近くにあって、その瞳が僕を追い詰める。 「...いいよ」 その声がトリガーだった。手が限界まで早まって体が硬直する。頭の中が白くなっていく。熱い。もう抑えきれない。 助けを呼ぶかのような、懇願するかのような情けない声がキスの隙間から漏れた。 「っ、ぁ......!」 腰が浮いて波が来る。手の中にそれが溢れ出す。下着に染みができていく。焼け付くような切なさとなんとも言い難い開放感に同時に襲われる。 「はぁ、はぁ......ん...」 力が抜けて向かい合う胸に体重をかけてしまう。びくり、と震える背中をその手が宥めるように撫で続けてくれるのを、彼に顔を埋めながら余韻に微睡みつつ感じていた。 あたたかい。どんな動機と感情があってそうするのかは完全にはわからないけれど、こんなに大事にしてくれるフレッドの温もりを手放したくない、そう思った。 再びその指が彼自身のものに伸びていき、始めは穏やかに、徐々にスパートがかけられていくのを、抱きしめられながらぼんやりと眺める。だんだんと切羽詰まっていく息、普段とは違う余裕のない表情。...僕でこんなにも興奮してくれてるんだ。それが心から嬉しくて、胸の奥がじんわり熱くなる。 下着の中で上下する動きが早まって、僕を撫でていたはずの指先がシャツを掴む。 「...ソル......っ」 フレッドが達する、僕の名前を呼びながら。 静かな部屋に互いの吐息だけが響く。ベッドは乱されていないし、服だって着たままだ。それでもこんなにも近付き合えた。いけない憧れと思ってしまい込み続けていたことが現実になっていく。 「...ありがとう。おやすみ」 「おやすみ、ともだち」 そう、僕たちはただの友達。キスとハグ以上のことなんて...。今夜の行為は境界線を超えてしまっただろうか。でも、この部屋のカーテンは今夜も閉まっている。あの窓から月明かりが入らない限り、僕はどこまでも行ってしまうかもしれない。

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