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第4話
___人気グループThe Boogie Hayesのニューシングルが発売となり、リリースイベントとしてリサイタルが開催された。しかし開場直前、殺到した数百人のファンが押し寄せ将棋倒しとなり、女性数人が怪我をするという一幕があった。会場は一時騒然となったが幸い怪我人の負傷は軽く、イベントは予定通り進行された。主催側は今後、更に厳重な警備を配置するとし___
週刊誌の記事と、目の前で鼻歌をハミングしながらダンスシューズを磨いているカルヴィンとを見比べる。
「すごいなこの写真。こんなに人が密集してて...きみたちのコンサートってのは大統領選か何かかい?」
彼が顔を上げ、にやりと笑う。
「女の子を傷付けたのはこれが初めてだぜ」
「本当か?このプレイボーイ」
「マジさ、神さまに誓うね」
慣れた手付きにより革の光沢が増されていく。手伝うつもりだったけど、命の次に大事だというシューズはたとえ誰であっても触れさせたくないらしい。その明るさのせいか時には浮ついた印象を持たれてしまうという彼も、パフォーマンスに対する情熱は本物だ。
「ま、もしオレが大統領だったら、スターにも自由にデートできる権利を与えるね」
実際にカルは兄弟の中でも遊び好きだが、最近はスケジュールに忙殺されてそんな暇も無いようだった。それに記事のような事件が起きるなんて、もうどこへ行くにもファンに囲まれてしまうだろう。普通の日常を送ることすら難しい、BHのメンバーたちはそんな状況に置かれつつあるようだ。
「あの子はきっと一日中寝てるでしょう、あなたも今日は羽を伸ばしたら?」
奥さまにはそう言われたものの、特別やりたいことは思いつかなかった。強いて言えば趣味の小説を書き進めたいくらいだろうか。働き詰めの兄弟たちを普段から見ていると、ただ何もせず時間が過ぎていくのがじれったく感じる。何か動いている方が自分の性にも合っているようで、俺はやりかけの物置の片付けなんかに手を出していた。
「買い物に行こうよ」
振り向くと、大きなキャスケットを目深に被ったソルがいた。履き古したベルボトムに地味な色のシャツ。今日は珍しく丸一日オフらしいけど、それにしても仕事のときとはまるっきり正反対な格好をしている。
「寝てると思ってたよ。出かけるのか?誰か連絡して車を出してもらうよう頼もうか」
「違うよ。きみと行きたいんだ」
あっけらかんと言う彼。
「最近はガードが必要なくらいだって聞くぞ。もし騒ぎになったらどうするんだよ」
「大袈裟だなぁ。今日はきみがガードになってくれればいいじゃないか。良い天気だよ、そんなところで埃にまみれてないで歩こうよ」
天才だ何だって騒がれてるけど、こういうところはしっかり末っ子だ。この頃ずっと仕事に追われていた彼が今日は素に返っているのを少し嬉しく思った。
「...わかったよ。裏口で待っていて」
この街はヘイズ家の地元なわけだから、俺よりも彼の方がここらに詳しいはずだ。だけど近頃は近所を歩くなんてこともめっきり減ったらしく、まるで観光客のように辺りを見渡しながら歩いていた。
「ずいぶん道が整備されてる。もう裏道もわからないや。あ、あの空き地、家が建ったのか。子供の頃よく遊んだんだ」
小さなことすら新しい発見のようだ。自分の地元もたまに帰らせてもらっているけれど、たしかにあの古くさいグーギー建築のコーヒーショップがついに店仕舞いしていたのには驚いたっけ。
俺にとってここは既に見知った通りだったが、ソルの昔の記憶に耳を傾けながらだと新鮮に見えた。
「あそこ、カルのガールフレンドの家だよ」
「こんな近所に?俺はてっきり都会の人かと...」
「もっとも6才の頃の話だけど」
「はは...なんだよ」
「うわぁ懐かしい。父さんが生きてた頃、クリスマスと誕生日はこの店のケーキって決まってた。マークってあんな成りしてるくせに甘党だろ、いつだって自分のを大きく切り分けるんだ。長男の権限だとか言ってさ」
「へぇ!そうなのか」
ブックストアーの店先でBHが表紙のマガジンを平置きに並べ直してみたり、自動販売機で買ったD.Pを早飲みして競ってみたり。そんなガキみたいなことをして笑い合った。よく晴れていて、いい風も吹いてる。
目的地のレコードショップに入ると、ソルの目___帽子で半分隠れているけど___が輝いた。駆け寄るようにラックに向かいあれやこれやと取り出す。
「これ欲しかったんだ、低音のビートが最高。こっちもいいな...事務所にあったデモ版聴かせてもらったら気に入っちゃって。あ、あれあるかな、コーラスワークの勉強になるからってプロデューサーに勧められたやつが...」
決して周りに聞こえない大きさなものの、嬉しげな独り言が途切れない。店内に薄くかかるBGMに乗って肩が揺れている。流行りの音楽にはてんで疎い俺なんて放っておけばいいのに、フレッドはこれどう思う?などといちいち聞いてくる。
「すげえ!見てよフレッド。フィリーソウルの新譜がこんなに出てる」
「新しいジャンルか?」
「今一番イカしてるやつさ。知らないの?次に出すLPには絶対入れるよ」
無邪気に喋りまくる今のソロモンは、ただの17歳そのものだ。
会計を済ませ店から出たちょうどそのときだった。
「あなた...!」
アルバイトらしい店員が追いかけてきてソルの肩を叩く。
「ソル!!ソロモン・ヘイズでしょう!?」
...オー・マイ・ゴッド。まさにそんな感じだ。おいおい、女の子ってこんなにデカい声が出るのかよ。それに店の前は...よりによって大通りなんだ、これが。
「え?どこどこ?」
「あのBHの?そういえばここらへんに住んでるって...」
「見てあの子、そっくり」
周りが一気にざわつき始める。まずい、なんとかしないと...。
「(逃げろ!)」
俺は咄嗟に彼の華奢な手首を掴み走りだした。
人の間を縫うように駆け抜ける。後ろからは彼の名を呼ぶ人たち。街がどんどん流れていく。急カーブして細い道に入り、裏へ裏へ。変わっていく地元のメインストリート周りよりももうこの辺りの方が詳しくなっているかもしれない。
とにかく必死で走る、この手だけは決して離さないように。
「ここらへんにBHのソルがいたって本当?」
「キャシーがバイト中に見たって。みんなに知らせてたよ」
「すっごーい。私も会いたいな。彼ってほんとに素敵なんだもの」
「私だって彼に会えたら結婚してって言うつもり」
「やだぁ、きゃはは...」
すぐそこの通りから女の子たちのおしゃべりが聞こえる。俺たちは小さな路地で息を整えていた。こんなに走ったのは学校のスポーツ・デイ以来だろうか、疲労で地べたに座り込んだ。ソルもぜえぜえ言いながら薄汚れた壁に寄りかかっている。
「っはは...」
しっかり胸に抱えたレコードの紙袋越しに彼が笑い出した。
「...どうした?」
「だってきみ...あんなに必死なんだもの、はは...!あの程度の人数、適当にしばらく愛想笑いしてればやり過ごせるよ。ふふふふっ...!」
拍子抜けした。同時に恥ずかしくなってきた。
「...あのなぁ、パニックが起こるといけないから、俺はきみのためを思って...」
「あははは...!あぁおかしい、ははは...!」
俺はやるせなくなって背中を丸め、ただ地面を眺める。顔から火が出そうだ。ソロモン、なんて奴なんだ。こんな王子様に付き合うんじゃなく、部屋にこもって読書でもしてれば良かったってのか。
ひと通り笑い終えた彼に差し伸べられた手を軽くはたき落とし、俺は自力で立った。覗き込まれるがわざとそっぽを向く。ソルはしばらくじっと見ていたが、やがてそっと顔をこの背中に押し付け静かに言った。
「きみが守ってくれて、嬉しかった」
優しい声だ。
「...今日は、俺がガードなんだろう。当たり前さ」
「ありがとう。僕は今日、すごく、すごく、楽しかったんだ。フレッドとこうして過ごせて」
じんわりと染み込むように彼の声が響いている。俺は振り返り、彼の帽子を脱がせた。汗で顔に張り付いた髪を指でどける。
「ふふ...」
壁に狭まれた暗い路地で、俺たちは抱きしめ合っていた。
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