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第6話

ツアーファイナルの熱狂は、これまでにないものだった。 満員の観客。歓声は波のように押し寄せる。眩しいスポットライトがターンのたびに視界を切り裂く。四つ打ちのビートが体を貫いて、ベースが胸の奥まで響いてくる。マーカスが低く唸るようなバスを刻み、カルヴィンが客席を煽るように腰を使ってステップを踏む。僕はただ歌った。全身を使って魂を込めて。 『神童』『天使』、まだキンダーガーテンに行くか行かないかという歳からそんなことを言われていた。でも僕は神さまでもなんでもなくて、歌という才を与えられたただの人間に過ぎない。家計が苦しかったときも、タレント気取りと学校でいじめられたときも、歌うことで救われてきた。僕が歌うことでみんなが喜んでくれる、家族が食べていける。この声は、父さんを天国へ連れていった代わりに神さまがくれた贈り物。もし正しい道を行かなければ、この祝福は取り上げられてしまうだろう。 歌こそ自分が存在する唯一の理由。ステージがあるから生きていられる、そう思っていた。...少し前までは。 ショーの合間ですらめまぐるしく光のような毎日だった。どこに行ってどんな撮影をしてどの取材を受けたか、はっきり思い出すことはできない。ファンの女の子たちがホテルまでやって来るためにほとんど外出は禁じられ、その暇は打ち合わせに費やされた。Boogie Hayes: The New Prince of Soul – Tour Triumphs and Record Crowdsという記事の見出しと、ソロモン、初の大規模ツアー全公演を終えた今の気分は?なんて興奮気味に聞いてくるインタビュアーの言葉で、全てを終えたことがなんとなくわかった。 庭先まで出て待っていた母さんが、送りの車から降りた僕たちを強くハグしてくれた。久しぶりに家族で夕食を囲み、ツアー中の出来事についてあれやこれやと話しているうち、数週間ぶりに家に帰ってきた実感が僕たち3人にようやく湧いてきたらしい。カルが「もう二度と起きねえ」と寝室に消え、マークの部屋からは既にいびきが聞こえている。 「よくやったわ、ソル。ゆっくりお休み」 小さな頃のように母さんが頭を撫でる。少し離れて食事の終わったテーブルを拭いている彼が穏やかにこっちを見つめていた。...明日から休暇だ。 仕事に私情を挟んではいけない。パフォーマンス中に考えごとをしようものなら、すぐにそれはノイズとなって見る側に伝わってしまう。彼のことは今日まで思い出さないようにしていた。 「お疲れ様」 日照りの後の雨のように、その声と匂いが染み渡ってくる。心のどこかでこれを待ち望んでいたんだ。まだ早い時間だけど部屋のラジオは消してあり、静かだった。 話をしようと思っていたのに、あの物語を読ませてもらおうと思っていたのに。彼の部屋の扉を開けたら我慢の糸が切れ抱きついてしまった僕を受け止めながら、フレッドは電気のスイッチを切った。 ベッドに寝転び、僕の方からその首に手を回す。僕の方から顔を寄せ、彼が応えるようにくちびるを重ねる。僕の方から足を絡ませ、彼に布越しに太腿を撫でられる。ゆっくりとした手付きはかえって触れられる瞬間が長く、背中がぞくりと震えた。堰き止められていたものが流れていくように彼を求めてしまう。はしたない奴に見えているだろうか、それでも止められない。 血管の浮き出たその手を取り、自分の胸に押し付けた。心臓が鳴っているのを悟られてしまうのが恥ずかしく、同時に分かっても欲しかった。目が合う。彼は少し息を飲んで、またキスを再開した。今度はすぐに舌が侵入してくる。記憶を辿りながら以前と同じように絡ませた。 あたたかい手がシャツ越しの胸を滑る。意思を持った指がそこを軽く引っかき、脇腹、腹筋、腰にかけて撫でる。それらの動きはスローで夢を見ているようだ。僕はフレッドの腕の中で、張り詰めていた身体が少しずつ溶け、翻弄されていくのを感じていた。 少し下ろされたズボンから覗く下着は既に緩く押し上げられている。羞恥で思わず顔を背けるが、彼は追うように頬にキスをくれた。臍から足の付け根まで彼の手が降り、徐々に近付いていく。予感に体中の血がそこに集っていくようだ。あぁ、はやく...。指がそこまで到達するのを、どんなに焦がれていただろう。 「...っ、...はぁ......」 下着の中に潜り込んだ手のひらに包み込まれる感覚は、はっきりと脳まで届いた。待ち望んでいた刺激にため息が漏れる。それは自分でも驚くくらい甘ったるいものだった。フレッドが、僕に直接触れている。初めてこんなに密着している。 ファイナルの前日、ホテルのベッドはやけに冷たかった。疲れているはずがアドレナリンのせいなのか感覚は冴え渡っていて、わけもないのに体が反応した。抑え込んでいるものが出口を求めて駆け巡るのを、無理に目を瞑って耐える。それをしてしまえば否が応でもきみを思い出してしまうから。そうなったら最も重要な最終公演で完璧なパフォーマンスをやれる自信が無かった。...でも、今は。 がちがちになったそれを彼の長い指が上下させる。始めは緩やかだった動きは、僕が腰を押し付けたことにより早くなり、激しいほどまでになっていった。僕は彼にしがみつくのがやっとで、そのシャツに顔を埋めていた。上がっているのは僕の息だけかと思っていたが、額に当てた彼の胸も同じように浅く空気を取り込んでいる。見上げると、熱い目が逸らされることなく僕だけをじっと見つめていた。 達する。強い波。一度、二度、三度...腰が揺れ、それと連動して欲が溢れ出す。くるしい、そんな感覚が先に来るほどの大きすぎる快楽。彼の手がみるみる白く汚され、腰に引っかかっている下着と半端に捲られたシャツとの間の皮膚に飛び散った。しばらくそのままだった手の動きが徐々に弱まっていき、最後に先端を軽く絞るようにして止まる。濃く重たい欲が、まだ震えている僕の腹に垂れた。 息が整うまでずいぶん時間がかかった。どっと疲れが出て動けない、このまま眠ってしまいそうなくらいだ。そうできないのは、そのままの姿勢で寄り添ってくれているフレッドの吐息が熱っぽいのを感じているからと、彼が体を拭ってくれるのさえ未だ刺激になってしまっているから。 気怠い体を起こして腕を伸ばす。自分ばかり触れてもらっているなんて...僕もフレッドを良くさせてあげてみたい。しかしその思惑は制止された。 「楽にして。...きみが、まだだろ」 「ぁ...」 下着は下ろされ露出している僕のそれを彼がそっと撫でる。温度が冷めていくのにそこはまだ疼いていたことは見透かされてしまっていた。びくりと反応してまた硬さが戻ってくる。 「いけないな、こんなに溜めて...」 一度達したことでさっきよりも敏感になり、露骨に物足りなさを訴え始めたそれをあやすようにゆるゆると手を動かされる。微笑んで優しく叱る彼の伏せた目には、僕の全てが写ってしまっているんだ。ソロモンのことならなんでも知っているという追っかけの子だって見る術がない素肌も、昔カルにからかわれて以来コンプレックス気味だったアンダーヘアも、ホテルのベッドで身体を持て余していたことも、全部。 「大丈夫、我慢しないで」 息が荒くなり、面白いほどびくびくと腰が跳ねる。恥ずかしくて情けなくてたまらない。それでも彼は甘く囁き胸を撫で、僕の反応を見ながら動きを速くしていく。我慢するなと言われたところで大して保てない。二度目の限界はすぐにやって来る。指の腹で先端を円を描くようになぞられたとき、僕の中のダムは決壊してしまった。 「はぁっ、はあぁ...」 導かれるように僕はまた達した。一度目ほど強くはないが、長い絶頂。次々やってくる心地良さで器が溢れていく。あんなに出したのにまだ断続的に精を吐き出す震えっぱなしなそこを、彼の指が根本から先にかけて丁寧に扱く。達している最中なのにまた射精感が迫り上がる。 「いいよ、ソル。全部出して...」 ストレスやフラストレーションが全てそこに溜まっていたのかと思うほど。それをやっと終えたとき、僕はどこのカメラにも見せられない顔をしていたに違いない。 なんとか形を保っていた自分という存在がとろけていく、そんな気持ち。深い余韻の中でふわふわと漂う意識の中だったから、こんなことができたのかもしれない。 フレッドは僕を抱き寄せたまま、ようやく服を緩めて自身のものを取り出した。初めてはっきりと目にするそれに顔を背けずにいられたのは、やはり今は虚脱感に支配されているからだろう。僕が出した欲を受け止めてどろどろな手のひらがそれに絡む。白い液が、肌よりもトーンの暗いそこをぬらぬらと光らせ、ぐちゅぐちゅといやらしい音を立てさせて...信じられないくらい生々しい光景だ。始めたばかりなのにすぐに最後に向かうかのような激しい手の動きが彼の欲求を表しているのかと思うと胸が熱くなる。同時に、切羽詰まるまで我慢させていたことを申し訳なく思った。 「...ん...」 さっきしてくれたように僕もフレッドのそれに触れると、彼が低く声を漏らした。...嬉しい。彼に与えてあげられていることが。その感触は熱く、硬く、脈打っている。自分でするときのように扱くと息が耳元にかかり、感じていてくれているのが分かった。 いつしか僕の手に彼の手が重なり一緒に動き始める。もっと、と言われているようだ。精で滑りが良くなった指がそれを撫でて水音が大きくなり、上下のたびにその腰が小さく揺れる。シャープなラインの口元が吐く息がどんどん短くなって、肩に額を押し付けてくる。僕の手は限界まで激しくなっていた。 フレッドの身体が硬直して、熱いものが溢れ出す。びくびくと震える感触が直に伝わって思わず息を飲んだ。彼は僕を抱きながら息を荒げ、体重を預けてくる。液が指を伝いゆっくりと垂れていくのを二人して眺めていた。 2階に戻るのすら億劫に思う。体が鉛のように重く、とにかく眠たい。 「頼むから自分の部屋に戻ってから休んでくれよ、王子様」 「...わかってる。母さんに怪しまれちゃクビになるっていうんだろ。平気だって...。あとその王子様ってのやめてよ、ティーン雑誌に散々書き立てられて...うんざり...なんだ...」 「ここで寝るなってば。ほら起きて、ちゃんと歩け。階段で転けるなよ」 「休みの間には小説読ませてよ」 「わかったから。あぁそうだ、明日はどうせ夕方まで寝てるんだろ?食事は用意しなくていいな」 「んー」 僕が何千人規模の箱をいくら揺らしたって、フレッドにはいとも簡単にコントロールされてしまう。 「...おやすみ、フレッド」 「おやすみ、ソロモン」 彼の方からキスをくれた。ツアーを終えた安心感がやってきて、これから久しぶりにたっぷり寝られそうな予感。ひどい筋肉痛と怠さはあったけれど、幸福な気持ちだ。ステージのライトの残像がようやく脳裏から消えていった。歌わなくたって許される休暇に、今日からもう足を踏み入れている。

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