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第7話

ツアーファイナルから1週間。BHの束の間の休暇も終わろうとしている。明日からはまたしばらくショー続きらしいことは、兄弟たちのマネージャーから聞いて知っていた。電話口で彼は、マーカスが家でも仕事モードになったりせず休めているか、カルヴィンが羽目を外して夜遊びしすぎていないか、ソロモンが眠り姫になっていないかどうかを心配していたが...さすがマネジメントしているだけある、残念ながらその予想は的中していた。マークは劇場に出向いては「今日見てきたあのダンサーのステップは取り入れられる。企画会議だ」なんてやって奥さまに止められているし、カルは毎晩ディスコ通いで朝帰り、ソルだけはスリーピングビューティに全うするよりガレージでキーボードをいじっている時間の方が長いようだけど...しかしそんな生活も各々飽きてきたらしい。今日は昼からリビングに家族全員が揃い、最近では珍しい"普通の日"をしてるように思う。 「ソル、ソル、マーク、ソル、カル、カル、ソル、マーク、ソル、カル、ソル...」 すごい数のプレゼントの箱の片付けがやっと終わったと思えば、お次はファンレターの整理が待っている。俺は床に広がった色とりどりの封筒を仕分けていた。 「手伝おうか?」 「近付くな!崩れ...」 「え」 ソルの足が当たり、積み上がった手紙の山が崩壊する。俺は頭を抱えた。 「ははははっ、ごめん」 「...あっちでキャンディでも舐めてな、坊や」 「ははっ、そうする。でもそんな律儀にやる必要ないよ、どうせ内容なんて似たようなものだし」 「いいのか?ファン泣かせ」 ソルは壁際のソファに腰掛け、ファンクミュージックのLPのライナーノーツを読み始めた。 音楽誌を広げているマークが声をかける。 「フレッド。そのうち俺宛の電話があると思うから取り継いでくれ」 「オーケイ。カル、マーク、マーク、ソル、ソル、ソル」 この家ではほとんどの時間何かしらの音楽がかかっているが、いつもはオーバータイム勤務のレコードプレーヤーも今日は大人しくしている。カルがテレビを付けっぱなしにしているからだ。彼が画面から目を離しマークの方に振り向く。 「おっ、例の彼女だな」 「うるさいぞ」 「もうチューはした?いや、兄貴のことだから手もまだ繋がないか」 「カル!」 「はいはい、わーったよ」 そのうちにキッチンから甘い香りが漂ってくる。 「母さん、クッキーでも焼いてんの?」 「ええ、そうよ」 「また焦がして台無しってのはナシだぜ」 「平気よ。フレッド、あなたも休憩にしましょう」 ヘイズ家の午後2時半は穏やかだった。 スイッチが入れてあるだけで誰も真剣に見てなんかいないテレビに映るのは連続ドラマ。まだ学生らしい若いカップルが手を繋いで歩いてる。 「なぁフレッド。お前ハイスクールはどうだった?」 カルが親指についたクッキーのかけらを軽く舐め取りながら聞いてきた。 「どうって...別に普通だよ。授業受けて、バイトして、放課後友達と買い食いして...そんなもん」 「ふうん。いいな」 それは相槌じゃなくきっと本心だ。俺にとっての"普通"を、この兄弟は経験してない。 「...俺たちは、学校に顔を出しても抜け出してオーディション行ったり、スタジオ行ったりだったな」 マークの目が少し細まるのは、弟たちの青春を奪ってしまったという意識に未だに苛まれているからだろう。 「だからさ、お前の昔の話好きなんだよ、オレ。ガールフレンドは何人いた?」 カルが身を乗り出して畳みかけてきた。俺は照れ笑いしつつ空いた皿を重ねる。 「いたにはいたよ。2人くらい?でも俺、バイトばっかだったから...忙しくてすぐ別れた」 「へぇ、もったいねえな。フレッドみたいな優男なら女の子もほっとかないんじゃねえの?」 「俺は地味だしモテないよ。女の子はマメに相手しないといけないんだってことも知らなかったし」 「大事にしなきゃ他の大事にしてくれる誰かのところに行くもの、女は」 「はは...そうらしいです」 奥さまの言葉に身をちぢめながら食器をキッチンに持っていこうと席を立ったところだった。交わされる会話に、静かに耳を傾けていたソルがぽつりと言った。 「...きみのガールフレンドになれる人は幸せだろうな」 足が止まってしまう。その目はまっすぐ俺を見つめている。ブラウンの瞳が、純粋すぎるほどに。時間が止まったかのように、周りがスローモーションに見える錯覚が起こる。テレビから流れる効果音がやけに響いて聞こえる。 「...そうだな。フレッドと結婚すりゃ奥さんは家事なんかしなくていい」 「言えてる!」 マークが珍しくジョークを飛ばし、一瞬の緊張はすぐに緩んだ。 「...からかうなって」 俺は小さく笑いキッチンに向かったけれど、ソルの言葉が胸に深く刺さっていた。 今日の仕事は済んだ。戸締りをすればあとは寝るだけ、これから何か押し付けられさえしなければ...。 「なぁ。ちょっと来いよ」 ...予感はしてたさ。廊下で待ち伏せしていたカルヴィンがいたずらっぽく笑っている。全く同じにしか見えないターンをどちらがいいかとか、デートに着ていくシャツは何色がいいかとか、またそんなとこだろう。手招きされるまま彼の部屋に入った。 いつ見てもスパンコールの入った箱をひっくり返したかのような場所だ。ド派手な色味ばかりの服はクローゼットに入りきらず投げたままだし、やってるところなんか見たこともないスケートボード、雑誌のピンナップやコミックの切れ端にタバコのパッケージなど乱雑に貼り付けてある壁。カオスなのにどこかまとまりすら感じられるのは彼のセンスが成せる技だろう。色の数の多いその空間に目を慣れさせると、ベッドの上に大量のファンレターが置いてあることに気付いた。 「『特別キャンペーンに応募してスターの直筆メッセージを貰おう』___だってさ」 カルが肩をすくめるがまるで他人事だ。 「...嫌だね。俺はタレントじゃない。管轄外だぜ」 「待てって。こういうの好きだろ?作文で賞獲ったことあるって言ってたじゃん。オレはフレッドみたいに学がないからさぁ」 「面倒なだけだろ?適当ばっか言ってるぞ」 「そこをなんとか頼むよ。もちろんチップもバッチリ」 そう言って取り出してきたものに思わず吹き出した。それはきわどいポーズを取ったブロンドが表紙のポルノ雑誌。 「くっだらねー」 そう言いながらも、悪びれもせず楽しげに笑うカルを見てついそれを受け取ってしまった。 Dear Calvin. 大好きよ、カル。BHにいつも元気を貰ってます。また私の住んでる州に来てね___手紙はどれも熱烈だった。ソルの言ったように内容自体は似たようなものかもしれないが、こんなに彼らに夢中になっている子たちがアメリカ中に大勢いると考えると凄いことだ。 俺は一つ一つ代筆していく。ありがとう、君のメッセージが力になるよ、とかいかにもアイドルっぽい甘いもの。カルらしいちょっと崩れた字で。文末に"愛してるぜ、ベイビー"なんて入れれば奴そのものだ。 「上手いじゃん。女心わかってるな」 横から茶々を入れてくる彼となんだかんだバカ話をしながらだと筆も進み、思いの外に早くこの作業は終わった。 「サンキュー!助かった」 「これっきりだぞ。おやすみ」 「あ、ほら報酬忘れてる」 ドアに手をかけかけた俺を呼び止め無理にポルノ誌を渡してくる。 「...ありがたく頂戴しとくよ」 苦笑する俺を眺めつつ、ふとカルが呟いた。 「昔はソルもこの手で釣れたんだけどさ、最近こういう話題にノリ悪いんだよな。ゴシップで言われてる通りゲイになったんじゃねーだろうなー」 心臓が鳴った。 「...は?」 声が裏返りそうになる。ソルのルックスやノースキャンダルなイメージからそんな記事を低俗な芸能誌が書いていたらしいのは知っていた。本人は笑い飛ばしていたし、ファンだって本気で信じてない。こんな噂が立つのも人気の証だと家族で笑い合っていたはずだ。カルはにやりとして続ける。 「ジョークだよ。...あいつ、友達少ないからそんな関係になる相手もいないしな。でもフレッドが親しくしてくれてるから安心してんだ、オレたち。これからも仲良くしてやって」 その微笑みは、兄としての優しいものだった。 ソルがそれに気付いたのは、彼が部屋に入ってきて1分も経たないうちだった。 「なんだこれ。きみの趣味?」 「きみの兄弟に貰った。本人の名誉のために名前は言わないでおくけど」 「カルだな」 即答。まぁ無理もない。ソルはベッドに腰掛けページをぱらぱらめくり始め、俺もなんとなく隣に座ってそれを眺めた。 「作りものみたいな胸してる」 「触ればすぐわかるんじゃないか」 「自信ある?」 「男だからな」 「じゃあ僕もわかるはずだ」 「どうだか。あ、この人あれに似てる、あのボードヴィルのさ...」 「ゲー、来月共演する予定あるんだからやめてくれよ」 「...こっちのポーズもすごいな」 「本当だ。そそる」 「好みか?」 「これ嫌いな奴なんかいないよ」 下世話な話で盛り上がってしまう。やっぱり男同士なのかもしれない。 ずっと心の奥にあった疑問が改めて湧いてくる。...じゃあなぜ、彼は俺なんかに...?俺みたいなただの使用人に、なんでこんなに懐くんだろう。なんで俺の部屋に来て、こんな夜を一緒に過ごすんだろう。 笑い声が少しずつ静まり、ベッドに倒れ込んだ。いつものようにキスが始まる。彼は俺に体を寄せる。俺も彼の背中に腕を回し、抱き返す。 疑問はまだ胸の奥にある。でも今この瞬間、ソルの体温が俺を包み、幸福感が溢れてくる。こんなに近くにいて、抱き合ってる。 まぁいいか...今は、これでいい。口を合わせて疑問を飲み込んだ。この夜も、俺たちは一線を越えずただ寄り添っていた。

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