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第12話
カルヴィンが家を出た。その選択は何も突然じゃなかった。それこそプロデビュー前からそうしたがっているのは明白だったし、むしろ遅すぎたくらいだろう。自由で遊び上手な彼がこれまで家に留まっていた理由はただ、グループ活動をする上での利便性と、母さんを心配させないため。
マーカスは婚約した。相手は明るく気立ての良いひとで、母さんともよく気が合った。いつから一緒に暮らすのかと聞けば、次第に状況が落ち着いたらな、と返ってきた。それが具体的にいつのことなのか、口にはせずとも僕たちにはなんとなく分かっている。
ジャンルの飽和、流行り病、僕らの考え方。世の中と同じように、家もまた変わっていく。
僕はというと、特に大きな変化は無い。少し髪が伸び、新しいキーボードを買った程度だ。それと、自分の音楽のことを考えて過ごす時間が増えたから、近いうちには兄さんと同じように部屋を探して、もっと作業のしやすい環境にするつもりではあるけれど。
そうなったら...たまにはフレッドに、この家から遊びに来てもらおうか。引越しを手伝ってもらって、話をして、食事でもしよう。曲ができたら聞かせよう、またあの不思議で文学的な言い回しの感想をくれるかもしれない。
そのくらいならばきっと許されるはずだ。僕たちは友人なんだから。
スタジオに籠る生活にツアーが重なり、この家のあの部屋を訪れるのはずいぶん久しぶりのことになった。
「眠れないんだ」
そんなわかり切った言い訳を今夜も口にする。彼の物語を読んで、少し話をし、やがて灯りが消える。
外界と切り離されたかのような静まりかえったこの空間に、息と衣擦れの音だけが立つ。キスの仕方はもう染みついている、彼に教えてもらった方法でしか知らないけれど。啄むような口づけを繰り返し、少しずつ角度を変えながら深くなる。舌が触れ合う。上顎をなぞる動きはくすぐるかのようで、ぴくりと肩が震えた。広がっていく唾液が口端から垂れて飲み込む。まるで媚薬のように頭がぼんやりしてきた。
彼のTシャツの裾の中にそっと手を滑り込ませてみる。こうして直接触れると、細身のくせにちゃんと筋肉はあることがわかるんだ。それは僕たちのようにダンスで鍛えたものじゃなく、働くことで自然と身に付いていったもの。その男性らしい線をなぞっていくと、彼が応えるように僕のシャツのボタンを片手で器用に外していった。僕の背中をゆっくり撫でていたもう片方の手がだんだんと移動する。素肌の脇腹に、腹筋に、胸元に。心地良さの波に身を委ねる。そのうちにズボンが床に落ちた。僕たちはかろうじて肩に引っかかっているシャツと下着だけの姿になっていた。キスは途切れない。彼の吐息と大きな手の感触に、静かに溶かされていく。
僕たちはただ横になって触れ合っていた。いつもと同じルール。言葉に出さなくてもお互い分かっている。___これ以上は踏み込まない、それだけは越えてはいけないライン。夢見ていたのは紛れもなく事実だ。彼のものになってしまうのはどんなに幸福なことだろうかと。だけど、そうするとこれまでの全てが壊れるような気がした。彼の体越し、僅かに開いたカーテンの隙間から夜空が覗く。月が、神さまが、僕たちを見ている。僕たちは...友人、なんだ。
指先が互いの肌に触れる範囲で、ゆっくりと、甘く、時間をかけて。息が重なり、時折小さく名前を囁くだけ。今夜もそれで十分だった...はずだった。
空気を取り込むために少し体が遠ざかる。体勢を変えようとした瞬間だった。息が止まる。見つめ合う。はっきりと分かる。
「(...この格好...)」
脚が絡まり、腰が近付いている。仰向けに寝転がった僕の脚の間に、フレッドの腰がある。...まるで。これじゃ本当に、あのときのようじゃないか。
これは、越えてはいけない距離だ。離れなきゃいけない。そう思うのに___体が、言うことを聞かない。
「___っ!」
フレッドが覆い被さってきた。重みが乗ってくる。密着する。肌の温度が伝わる。呼吸が漏れ、どんどん荒くなっていく。腰が勝手に前後に揺れ始める。熱くなった下半身を布越しに強く押し付け合う。胸がざわつく。なのに離れられない、抑えきれない。...逃げ道はある、脚をほどけばそれで終わる。それなのに、僕の腕は彼の背中を抱き寄せ、両足は勝手に絡みついた。
フレッドの上がっていく吐息が耳元にかかる。低く掠れた音が脳に直接入り込んでいくようだ。息が混ざり、どちらがどちらのものなのか分からない。どこまでが偶然でどこからが意思なのか、それも分からない。境界が曖昧になっていく。一度そうなってしまえばもう止まらない。僕も彼も離れない、それが答えみたいだった。
摩擦が熱を増幅させて、疼きを全身に広げていく。彼の太ももが僕の腰を挟むように動き、角度を変えてより強く擦りつけてくる。形だけ見れば本当に繋がっているのと何も変わらない。そのときが来たら、きっと今のように...頭を掠めた想像が余計に判断力を鈍らせる。
激しい。もう夢中だった。熱が、硬さが、布一枚隔てただけで伝わってくる。...布一枚。ふと違和感を覚えた。動きの最中でおそるおそる視線を落とす。心臓が鳴った。...何もない。いつしか下着がずれ、腿にまで落ちている。湿った肌と、ヘアと、互いのものが絡んだ様子が、視界いっぱいに広がる。遮るものが何もない。フレッドが一瞬息を飲む。しかし再び僕のすぐ側に顔を寄せ、また密着する。
駄目だ。絶対に。それだけは。頭では理解しているのに身体は止まらなかった。僕は無意識に腰を押しつけ、彼も応じるように擦り付けてくる。肌同士が直接滑り合い、さっきまでの布越しのものとは比べものにならない刺激が全身を駆け巡る。生々しくて危うい快感が一気に膨れ上がった。
「はぁ...はあっ......」
彼のものが窄まりに触れる。角度が変わるたびに先端が少しだけ入りかける。繋がってしまう寸前で彼が腰を引く。すぐにまた押し付けてくる。僕の方も彼を抱きしめ、もっと深く感じようとしてしまう。絶対にいけない、絶対にこれ以上は。でも、我慢できない。切なさが身を焦がしてたまらなかった。
言葉が出かけてしまった。
「......欲し___」
瞬間、フレッドの手が僕の後頭部を掴み、その言葉を飲み込むように激しくキスをした。くちびるが強く押しつけられて舌が侵入してくる。息ができないくらい深く、貪るように。
身体はまだ止まらず、肌同士が擦れ合い続けている。一歩間違えれば本当に中に滑り込んでしまう。それでも彼は僕の口に出かけた欲のワードを塞ぐ。
「んっ...んん...っ......!」
彼の背中に爪を立て、必死で応えた。腫れるくらい激しく、苦しいくらい深く。肌が擦れる湿った音と、荒い息遣いと、キスの音だけが部屋に響いた。
律動の最中、フレッドが大きく身を引き離す。口と口との間にだらりと糸が張った。そのまま自身のものを握り荒々しく扱き始める。数回、激しく上下に動かしただけだった。一気に溢れて僕の下腹部に飛び散る。黒い肌の上にその白が太く垂れていき、___いつそれが起こったのか自覚すら無かったが___僕の達した痕の白と混じり合う。まるで本当のそのときの後のように、身体の上に彼が刻み込まれていくようだった。
その光景が、月明かりの中で異様になまめかしくて、気持ちがさらにざわついた。
呼吸だけが残る。言葉は無かった。ただすぐそばにフレッドがいる。今夜も僕たちは何もしていない、何も変わらない。そのはずが、一線はもう無いも同然のものとなって僕たちの一歩先にある。
「おやすみ、ソル」
廊下に出た僕を送り出す彼の声が、なぜかひどく遠かった。
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