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第16話
完成したLPが市場に出た。知っていた通り派手なプロモーションは無く、レコードショップに並べられている様子もどこか控えめに見えた。だけど、音は確かなはずだ。やれることは限られていたが、なんとか自分なりに納得がいくよう全力を尽くした。ボーカルの表現には徹底的にこだわったし、何曲かは自作曲をねじ込んだ。これが今の僕にできる精一杯の答えだ。
どんな評価を下されたとしても、とにかくやり切った。契約はあと少し。
数日が経つといくつかの批評が音楽誌に並び始める。事務所のテーブルで、僕はそれらを順番に眺めていった。
___相変わらず圧巻の歌唱。現代においてこれほどの表現力を持つ若手は稀だ。
楽曲は起伏に乏しくインパクトに欠ける。いくつかの曲でのソングライティング能力は光るものがあるが、全体的な独自性はまだ弱い。アイドル上がりとの声を完全否定するまでには至らない。
元BHとしての華やかさを期待するリスナーには物足りないか。声のポテンシャルを活かしきれていない一枚___
記事はどれも似たようなものだった。低評価の理由は自分でもよく知っている、筋の通ったものだ。...期待していたわけじゃない。こんなものだろう。
マガジンを閉じる。落胆は無かった。やることはやった、問題は、次だ。すべきことはもう分かっている。僕はいくつかの当てへ電話をかけるため部屋を出た。
やがてアワードがその年もやってきた。受賞式は変わらず煌びやかで、この世の輝きが一気に集っているんじゃないかとさえ思える。歌手が現れるたびカメラのフラッシュが激しく焚かれ、人々の間で祝福の言葉が飛び交う。僕はタキシードに身を包み、時折パパラッチに対応しながら、顔見知りのタレントと会話をしつつ、椅子に座った。以前とは違い、グループではなくソロアーティストへの席へ。
ノミネート作品に僕のアルバムの名が連ねられている。それをどこか遠く見ていた。
「Best Male R&B Vocal Performance...」
プレゼンターが封筒を開く。一瞬、世界が止まる。上がる歓声と大きな拍手。僕も同じように手を叩いた。
未だ余韻に湧いている会場をあとに、控え室へ向かう途中。僕に声をかけたのは意外な人物だった。
「ソル!」
そう何年も経っていないはずなのに懐かしく思える。かつてのマネージャーだった。何か答える前に、彼は僕に強くハグをした。
「よくやったよ。あの環境でここまで来たなんて。大したもんだ、本当に。あのソル坊やがな」
その言葉が想像以上に胸に沁みていく。どんな賞を貰うよりもずっと嬉しかった。
「...ありがとう」
「ごめんよ。おまえの状況を知りながら、何も力になれなかった」
首を振った。変わっていく流れの中で、誰か一人の力でどうにかできるものじゃなかったことくらい分かっている。それに、彼は事務所を離れざるを得なかった被害者だ。
「ベニーのせいじゃない。きみにも申し訳ないと思ってる」
「いいんだ、こっちは気楽にやってるさ。前より大手じゃないけどな」
少し考える。...もしかしたら、という希望が過ぎる。
「...きみの今いるところって...」
呼び出しは急なものだった。今更行く理由は無い。しかし、電話越しの声がこれまでになく冷たいのが気になった。...後に響いても面倒になる。そう考え、僕はマンションを出て車を拾った。
ホテルの部屋のドアを開けた瞬間、空気が違うことを感じた。淀んでいる。明らかに不機嫌な表情をした男が、グラスを乱暴にテーブルに置いた。
「あんなに目を掛けてやって、何も獲れないとはな」
僕が何かしらの賞を持ち帰ってくるものと高を括っていたらしい。はっきりとした苛立ちが棘となって僕に向けられる。
「申し訳ありませんでした」
頭を下げる。余計なことを言っても逆効果だと思った。男はあからさまなため息をつき、ズボンのベルトを外す。革と金属が床に落ちる重い音が響く。
「来い」
拒む余地は無かった。せめて喉が守られるよう祈り、その短い命令に、僕は従った。
男は怒りをそのままぶつけるように、腰を強く押しつけてくる。むせかえるような雄臭さが気道に入り息苦しい。
「う...っ!げほっ、げほっ......ーーーッ!」
たまらず身を離し咳込むと、髪を引っ掴まれ無理矢理押し込まれる。焼けた鉄をそのまま突っ込まれているようだった。えずきそうになるのを堪え受け入れる。喉が浸食されていく。男の陰毛がすぐ目の先にある。
「歯を立てるなよ。もっと吸うんだ」
「ぐぅ、んぶっ...っふぅ、ん゛...!」
言われるがまま指示に従おうとするが、それが正しくやれているかどうかもわからない。男の手のひらが僕の頭を掴み、動きを強引にコントロールしてくる。嵐のような時間が続いた。
「っ、出すぞ...受け止めろよ」
その低い声が届いた途端、恐怖に身が縮んだ。逃げる隙は無かった。
「っぐう......!っ、〜〜〜!」
溶岩のような熱いものが、僕の奥底で吐き出される。苦しい。目がちかちかする。粘つきが喉に引っかかり、苦味が思考を奪っていく。男のそれがびくびくと摩擦するのを直に感じる。顎を上に向けられてそうするしかなくなり、必死になって精を飲み込んだ。
「げほっ...!かはっ...、ふーっ、ふうぅ」
ようやく男がものを引き抜き、先端を僕の濡れた口内に浅く出入りさせる。息も絶え絶えな口元からぐちゅぐちゅと嫌な音がした。...終わった、やっと。そう安堵する。
「...ふん、悪くないな。褒美をやろうか?どうせどこか行っちまうんなら受け取っていけ」
「え...」
「脱げ。全部だ。準備しておけよ」
...移籍の話をもう知っているのか。
壁に腕を突っ張り、後ろからの衝撃に耐える。激しい律動に立ったままの足が震えた。胴と胴とがぶつかり合う。
「っ、う...ふぅ、ふーっ」
「声を出せと言ってるだろ」
「あ...!はぁ、ぁ」
平手で叩かれた肌がびくりと跳ねた。口が開いた拍子に声が漏れる。それを皮切りに更に動きが早く執拗になっていく。男の手がしっちゃかめっちゃかに僕のものを擦り上げる。身体が自分のものじゃないようだ。意思に反して摩擦が止まらない。嫌だ。辛い。そう思っているのに、どうしてこんなに感じ入ってしまうんだ。
「快いか。快いんだな。そう言うんだ」
「......きもちいい、です、...」
僕はもう、考えることをやめてしまった。
シャワーのコックを強く捻る。勢いよく熱い雨が降ってくる。ただ呆然と湯に打たれ、全てが洗い流されるのを待った。
僕はただ、歌い続けたかっただけだ。なのになぜこんなふうになってしまったんだろう。答えはすぐに出る。...自業自得か。
罰だ。正しい道を行かなかったから。こんな情けない姿を父さんが見たら何て言うだろう。
泣いたのかどうか、シャワーの中ではわからなかった。
「お世話になりました」
返事は無かった。ドアが閉まる。喉に手を当てる。痛みはまだ残る。でも壊れちゃいない。神は道を残してくれている。引き返せない、進むしかないんだ。歌うことはやめない、それだけは決まっていることだった。
ネオンの光が滲んで見える夜の街を、僕は歩いていった。
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