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第44話
「フレッド」
「ん」
「座って」
「どうした」
「いいから」
ソルはリビングのコンポにディスクを入れ、俺の隣に腰を下ろし目を閉じた。トラックが始まる。『Doctrine』だと分かった。
「どう思う」
「...」
「...」
「...紫色。十字架。薔薇の棘。...教会の天井にミラーボールを吊るしてる」
「ふふふ。続けて」
「聖典。不穏。高揚。多重人格の聖歌隊。セックス。セックス。セックス。愛」
「はは」
「説教壇のダンスフロア。地獄で踊り狂っている人間。2千ワットのパルスを流した心臓音。孤独。渇望。復活。重すぎる王冠」
「...」
「...」
「僕の一番売れたアルバム」
「そうらしいな」
「僕の一番大事なアルバム」
「そうか」
「僕が愛した人と創ったアルバム」
「...」
「妬く?」
「...わからない」
「妬くって言って」
「じゃあ、妬く」
「ふふ」
彼は目を閉じたまま寄りかかってきた。その体温に触れるのは久しぶりのことだった。
「痩せたな」
「うん」
「薬は」
「増えた」
「辛いか」
「きみがいるから平気」
「そうか」
「...」
「...」
「あの人の葬儀、大物ばっかり来てた」
「きみもその中の一人だろう」
「僕、場違いだった。スキャンダルがあるし、マスコミを引き寄せた」
「悼む気持ちを持ってるなら平等だ」
「そうかな」
「そうだ」
「追悼企画があるんだって。トリビュートライブ。オファーがあったけど、断った」
「どうして?」
「タブロイドが騒ぐ。それに、あの人はそういうのを嫌うと思う。公に出たがらないし、シャイだから」
「音楽家でシャイな奴なんて、きみ以外にもいたんだな」
「そうだね。あの人は、僕に似てた」
声、ピアノ、控えめなストリングスだけの剥き出しのバラードが鳴っている。
「フレッド」
「ん」
「家を買おう」
「急だな」
「将来の話だよ。都会じゃなくても大きくなくてもいい。ちょっとしたスタジオがついてて、レコードが博物館みたいに並んでるんだ。静かな書斎もあるよ」
「今とほとんど変わらないんじゃないか」
「でもスタジオが欲しい。きみにすぐ意見を聞ける距離の」
「じゃあ頑張って稼いでくれ」
「きみも稼いでよ」
「まぁ努力はしよう」
「うん。きみの部屋には大きい本棚があって、きみはずっと何かを読んでるんだ。そのうち眼鏡が必要になるかもしれない」
「そのときはソルの顔も見えなくなるかもな」
「そうしたら側に行くよ」
やがてアルバムが終わり、静寂が漂った。ソルは俺に体を預け目を閉じたままだ。
「...」
「...」
「寝るのか」
「寝ない」
「眠れないか」
「少し」
「...」
「ハグ、して」
「もういいのか」
「いいよ」
抱きしめる。あまりにも馴染みのある温度と感触を噛み締めるように触れる。長い抱擁だった。
「フレッド」
「いるよ」
「僕、直ったよ。たぶん」
「その言い方は家電の故障みたいだ」
「作家先生は言い回しにうるさい」
「たぶん、というのも好きじゃない」
「じゃあ、もう大丈夫になった」
「急いでないぞ」
「急いでよ」
「じゃあ、急ぐ」
「ふふ」
「フレッド」
「いる」
「フレンドシップは、今日するの」
「気分じゃない奴を抱いても面白くない」
「気分だよ」
「...きみが今夜見てるのは、俺か。それとも別の奴か」
「フレッド」
「本当だろうな」
「神に誓うよ」
「よし」
俺は彼の頬に短く口づけた。電源の落としていないコンポには、まだ熱が残っているようだった。
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