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第47話
案内されるまま入ったバックステージは騒がしかった。忙しなく動くスタッフ、昔のBHの話をしている業界人、待たされている取材陣。緊張感と期待と親しみが同居していた。贈られた花がずらりと並び、開演前の客席からは既に熱気が漏れている。慣れない場所に落ち着けずにいると、不意に後ろから肩を叩かれた。
「あんた、もしやフレッドか。あの家のハウスマンやってた」
髪に白いものが混じってはいるが、その懐っこい喋り方と小柄な体格の彼には覚えがあった。3人のスケジュールを伝えるために電話をかけ、家に送迎し、時折俺に「あの兄弟のお守りは骨が折れるよ、お前もわかるだろ」などと愚痴を溢していた男。
「...ベン?」
「そうそう、ベニーさ。久しぶりだなぁ。そんな所で突っ立ってないで来いよ、ヘイズの連中は奥だ」
ミセス・ヘイズが駆け寄ってきて、ハグをした。覚えのある温かさが触れ、少し小さくなったその背中に俺も手を回した。まだ結婚する前に数度あの家に来ていたマークの妻が微笑んでいて、彼女に手を引かれた子供たちがこちらを見ていた。
「また会えて本当に嬉しいわ。本を読んだわよ。立派になったわね」
「いえ、そんな。奥さまもお元気そうで」
「ソルはあなたに迷惑かけてないでしょうね?まだあなたに世話なんかしてもらって...本当にどうしようもないんだから」
「迷惑だなんて。むしろ俺の方が世話になってます。昔も今も雇って頂いて」
「仕事の邪魔なんかしたらすぐに言って頂戴。私から叱ってあげる」
「はは。じゃあ料理をするときは味見をしろと言っておいて下さいますか」
「余計なこと言わなくていいよ」
横から声が飛んできた。見ると衣装姿のソルが立っている。見慣れているはずなのに、一瞬誰だかわからなかった。
黒を基調にしたジャケットには細かな光沢が散り、胸元には深い色のシャツ。髪も普段より作り込まれ、顔には舞台用の色が乗っていた。首にはあのリングを通したチェーンが覗いている。家で眠そうにだらしなく脚を投げ出す男ではない。背筋が伸び、周囲の視線を集めることを当然としている、シンガーのソロモン・ヘイズがそこにいた。
「結局その衣装なの?あの頃みたいに派手な方がいいって言ったじゃない」
「充分派手だよ。カルが決めたんだからこれでいい」
「ソル叔父さん、すごく素敵」
「ありがとう。パパにもそう言ってやって」
子供たちの頭を撫でる彼を眺める。妙な気分だった。誰も知らないソルを俺だけが知っている、しかし誰もが知っているソルを俺だけが知らない。そしてそれを、俺はこれから初めて知るのだ。
「何」
「いや。綺麗だと思って」
なぜそんなことが口から出たのかはわからない。似たような褒め言葉は何百回も言われているだろう彼も目を丸くした。
「...」
「綺麗だよ、ソル」
あまりにも当然すぎてずっと言わなかったのかもしれない。目の前にいる美しい男は歌い、視線と歓声を浴び、それから俺の元に帰ってくる。
「家でやれ、お前ら」
派手なリングをはめた手が彼の頭を乱暴に押した。
「カル、髪崩れる」
「これから踊りまくるんだから同じだろ」
一体いくつ重ねているか知れないチェーンと、ソルと同じく光沢ある暗い赤の衣装を身に付けたカルが笑った。
「だてに演出と振付やってねえってとこ見せてやる。久しぶりの表舞台でもカルヴィンはスーパースターだったってちゃんと原稿用紙に書いとけ」
周囲で笑いが起きた。その輪の中に自分まで立っていることが、少し不思議だった。
「パパ、もう始まる?早く観たい」
スタッフと一緒になって動いていたらしいマークが子供に深い青の袖を引かれながら部屋に入ってきた。
「もうすぐだ、大人しく待ってろ」
「ねえ緊張する?」
「してない」
「嘘よ。さっきスティックシュガーそのまま口に入れてたもの」
「まぁ、その癖まだ治らないの?あなた聞いた?図体ばっかり大きくなって、40近くにもなってまだ小心者なのよ。最初の子だからって甘やかしすぎたかしらね」
彼の妻が口を挟み、奥さまがテーブルに置いていた古い写真に話しかけた。ギターを手にした男性がにこやかに笑っている。
スタッフが時間を知らせに来た。部屋の空気が変わる。さっきまで冗談を言っていたカルが肩を回し、マークが時計を確認する。ソルは一度深く深呼吸をし、目を閉じて両手を組んだ。
「天に居られる私達の父よ。私達の罪を赦し、御救い下さることを。御心が天と地に行われますことを」
ごく小さく口の中で呟かれる祈りを、俺は隣で聞いた。彼は首元のあのリングに軽くキスをし、そして長い睫毛がゆっくりと開かれた。ブラウンの瞳が2人の兄を見据える。
「行こう」
既に熱狂している様子の客席に向かう廊下で、背中から声を聞いた。
「ママ、あの人誰だったの」
「ソロモン叔父さんの大事なお友達よ」
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