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第2話 再会の温度

【登場人物】 ・青山コウタ(あおやまコウタ) 鉄道会社の車掌。 1ヶ月前、渋谷で倒れた響を助けたことをきっかけに知り合う。 ・響ワタル(ひびきワタル) 1ヶ月前、渋谷で青山に助けられた青年。 明るく人懐っこい一方、繊細で寂しがりな一面を持つ。 ・堀越サチ(ほりこしサチ) 青山の後輩車掌。 明るく元気な性格で、アイドルグループ FiVE DrinKの大ファン。 ━━━━━━━━━━━━━━ オレは青山コウタ。 鉄道会社で、 車掌をしている。 毎日、何事もなく電車が走って、 誰かが仕事に行ったり、 旅行に行ったり、 誰かが家に帰ったり、 待っている人の元へ戻ったり。 そんな、「どこにでもある日常」を、 壊さないように、 邪魔をしないように、 一つ一つ丁寧に仕事をしている。 何も起きない一日を、 当たり前にするって、 実はすごく難しい。 でも、その「何もない」が、 誰かの生活を支えてる。 当たり前の日常を、 何一つ壊さないこと。 オレが守ってるのは、 誰かの行く道と、 誰かの帰り道。 目立たなくて良い。 気付かれなくても良い。 誰かの大切な人の、 「当たり前の日常」を、 守りたいから。 ━━━━━━━━━━━━━━━ ――響と出会って、1ヶ月後の12月。 あれから特にやり取りもなく、 響の事を忘れかけていた。 ブルッ。 スマホが震える。 〈お久しぶりです!〉 〈久しぶり! 元気してた?〉 〈まぁまぁですね〉 〈元気ならいいや。で、どした?〉 〈お礼をしたくて。〉 〈そんなのいいよ〉 〈お礼させて!〉 〈わかった。〉 〈明日とか会えます?〉 〈いきなりやな笑〉 〈ごめんなさい。明日しか空いてなくて。 次いつ休めるか分からなくて。〉 (……響、どんな仕事してんねん。) 〈わかった。どこで待ち合わせする?〉 〈19:00に渋谷駅で待ち合わせとかどうですか?〉 (渋谷?) (あ、そうだった。 オレ、関西に住んでるって、 響に言ってなかった。 明日しか空いてないくらい、 仕事忙しいんやろ。 せっかくお礼してくれる言うてるし、 行かなあかんよな。 ……明日から2連休やし……いっか。) 〈わかった!〉 〈じゃあ明日〉 (相変わらずレス早いな。) 半笑いで画面を見つめる青山。 ━━━━━━━━━━━━━━━ ――翌日の13:10。 車掌という仕事は、 出勤時間も休憩時間も退勤時間も、 その日によって違う。 基本、泊まりの勤務で、 約24時間拘束。 今日は非番。 昨日からの仕事がやっと終わった。 次の勤務の日時を、 当直とお互いに確認して、 約24時間続いた業務が終了する。 「以上で次回の勤務確認を終了します。 お疲れ様でした」 当直「お疲れ様でした」 (やっと終わったー。あー疲れた。 腹減った。なんか食おう。 そういえばロッカーに、カップ麺あったな。) ロッカーから、カップ麺を取り出し、 事務所内の食事室でお湯を注ぐ。 堀越「青山さん、お疲れ様です!」 振り向くと堀越がいた。 職場の後輩で、 明るい声が特徴の女子だ。 「おつかれー」 「あれ? 青山さん、今日非番じゃないんですか?」 「そやでー」 「帰らないんですかー?」 「今から東京行くし、腹減ったし」 「東京? いいなぁー。何しに行くんですか? もしかしてぇ……LIVE?」 「オマエじゃねーわ」 「ねぇ! 聞いて下さいよ! この前の日曜に、FiVE DrinKの結成1周年記念LIVE行ったんですよ!!」 「好きやなぁ」 「だってめっちゃカッコイイし、 可愛いんですもん! 沼ですよ、沼!!」 「そうなんだ……ははは」 「ワタルくん可愛かったなぁ♡」 スマホの待ち受けを見て呟く。 「そんなに?」 (あ、余計な一言を……。 これは話が長くなるやつ。 ……やってしまった。) 「見てくださいよ!このワタルくん! めっちゃ可愛くないですかー?」 堀越が見せてくれた、スマホの画面に、 その“ワタルくん”が、映し出されていた。 いかにもアイドルっていう感じの、 キラキラした衣装。 カッコ良さの中にも、 可愛らしさが滲み出ていて、 眩しい笑顔。 (ん? どこかで……。) と思ったと同時に、 写メの足元付近の“響ワタル”の文字が視界に入ってきた。 (え……?響ワタル……? ひ…び…き……ワタ……ル?) 一瞬、頭が真っ白になる。 何が起こったのか、一つずつ整理する。 テーブルに置いてある、 自分のスマホのロックを解除して、 LINEを開く。 (まさか……ね。) と考えつつ、 響とのトーク画面の写メをタップ。 「堀越……スマホ貸して……」 「良いけど……、 もしかして!気になっちゃった?」 「ちがう……」 堀越にスマホを借り、 自分のスマホと並べた。 そこには、 同じポーズで写る2人の響。 渋谷で助けた、響ワタル。 アイドルの、響ワタル。 「堀越……ありがとう……返すわ」 「どうしたんですか?」 どこかで見た事がある、 と思った違和感はこれだった。 「えぇぇぇぇぇぇーっ!」 青山の絶叫が食事室を揺らす。 驚きのあまり立ち上がり、 自分で発したあまりの声のデカさに、 右手で口を塞ぐが、既に遅し。 スマホを持ってる左手が震える。 そして……、 カンッ。 ガタン。 シャーーー。 落下したスマホが、 カップ麺に当たり、 カップ麺が倒れ、 中身がテーブルの上に流れ出る。 「ビックリしたー。 さっきから変ですよ?どうしたんですか? てか、青山さんスマホ!カップ麺! あー! もう!」 「ごめん! あー……あー……」 テーブルに流れ出た カップ麺を処理しようと、 慌てふためく。 堀越がカップ麺の汁で 濡れたスマホを取り、 ティッシュで拭いてくれた。 背面…… 横…… そして…… 画面を拭く堀越。 だが、堀越はある事に気付いた。 スマホの画面に、 堀越が知っている、 ……二人…… が、写っていることを。 「え?……」 「え? どした? あー! あー、ちょっ、ちょ」 堀越からスマホを取り上げる青山。 「なんですか、今の写メ? ちょっと聞かせて頂きましょうかぁ?」 「何を……かなぁ?」 「なんでワタルくんと、 青山さんが写ってるんですか? それもツーショット! てか、ワタルくんめっちゃ可愛かったし!」 「あーこれね。たまたま人だかりができてて、 有名人でもいるんかなぁ?って思って行ったら、その……響くん……?がいて……」 「響くん?何がひびきくん?ですかぁ! 知ってたんでしょ?ワタルくんのこと!! めっちゃズルいー! ワタルくんと、どんな話したんですか? ちゃんとサイン貰いました?」 堀越が夢中になって色々聞いてくるが、 青山の頭の中はそれどころじゃない。 ブルブルッ。 そこへ1件の通知が……。 LINEを開く青山。 〈今日大丈夫そうですか?〉 響からだった。 色んな意味で大丈夫じゃない。 返信も忘れ、 スマホをポケットに入れ、 カップ麺を処理し、 手を洗っていると―― ブルブル、ブルブル、ブルブル。 ポケットの中のスマホが振動する。 ポケットからスマホを取り出すと、 着信 “響” の文字が。 慌てて食事室を出て、 廊下の端へ急いで向かう。 ピッ 「もしもし?」 「もう!さっきLINEしたのに 既読だけついて返信来ないからぁ」 「ご、ごめん」 「どうかしました?」 「な、なんでもない」 「で、今日大丈夫ですか?」 「うん、大丈夫」 「良かった。 じゃぁ19:00に渋谷駅で待ってますね」 「わ、わかった」 色んな意味で疲れ、窓に目をやる青山。 外の景色を見ていると、 窓に映る自分が目に入る。 通勤だけ用のダサい私服に、 ぺっちゃんこの髪。 (これで、響に会う? あのアイドルの響に? ありえない! 景色なんて見てる場合じゃない!) (今から家に帰って……、 シャワー浴びて……、 着替えて……、 髪をセットして……。) ブルブルブル! (考えてる間があったら さっさと帰って準備しよ!) 急いで家に帰る青山。 ━━━━━━━━━━━━━━ 身支度を終え、 新大阪駅から新幹線に乗り込み、 座席に腰をおろし、 息を吐いた。 (あー、やっとゆっくりできる。) 緊張がほぐれ、 眠くなる。 京都駅を出た所までは……、 記憶があった。 ━━━━━━━━━━━━━━ ♪♪「まもなく品川です。お出口は……」 (ん?品川?今、品川って言った?) ゆっくりと目を開ける青山。 眠い目を擦り、 窓の外を見ると、 東京の夜景が右から左へと、 ゆっくり動いている。 (え? マジ?オレずっと寝てた? どこから……?京都は覚えてる。 そこから……。え? マジ? オレ、何一つ心の準備も 出来ていないのに?) ティンコンティンコン シャーガシャン! 「しながわ、しながわです。 ご乗車ありがとうございました。」 新幹線から降りる青山。 (あー、着いちゃったー。) それから、山手線に乗り換え、渋谷駅に向かう。 約1ヶ月ぶりの渋谷。 (18:50……。間に合った。疲れた。 てか、あー、なんか今になってめっちゃ緊張する。) 本当にあのFiVE DrinKの響ワタルなのか? 同性同名ということも……。 「あ、おやーまさん! 久しぶり!」 後ろから肩を掴まれ、声をかけられる。 声がした方に振り向くと、 助けた時とは違って、 笑顔で明るく元気な響がいた。 「ひ、久しぶり……」 マスクもせず、帽子も被らず、 ジーパンにパーカーという普通の格好。 顔もメイクはしてないものの、 FiVE DrinKの響ワタルを 知っている人であれば、 明らかに分かるだろう。 (え?こんなに普通に顔を出してて良いの?) 驚いて固まっているオレを見て、 首を傾げる響。 「どうしたの?」 「ん? あ……、なんでもないよ」 「なら、良いけどー。じゃ、行こっか」 「そうだね」 渋谷の街を、今度は二人並んで歩く。 「なんか緊張してる??」 「あ、え?そう??」 首を傾げる響。 (横には、今をときめくFiVE DrinKの 響ワタルがいるのに、周りは一切気付く様子もない。 こんなに人がいれば、案外気付かれないのかもな。) そう考えていると 響が口を開いた。 「ここからご招待したいお店まで、 ちょっと離れてるからタクシーに乗ろ」 「お店?」 「うん。青山さんと一緒に行きたい、 美味しいお店があるの」 「あ、うん。わかった」 捕まえたタクシーに乗り、 運転手へその“ご招待したいお店”の 住所を伝える響。 走ること10分。 大通りを隔てた商店街の近くに、 車は停まった。 響の後ろを付いていく青山。 「もうすぐだよ」 「あ、うん」 「着いた!今日の為に、 昨日予約しておきました!!」 「え? 鮨屋?」 「嫌い? お寿司」 「いや、大好きだよ!」 「なら良かった!」 「あ!値段の事なら気にしないで。 ここね、売れない時にバイトしてた店なの」 「あ、そうなんだー」 ――鮨 やまざき。 昔からあるような、 古びたお鮨屋さん。 響は手慣れた感じで暖簾を潜り、 引き戸を開ける。 「ただいまー」 女将「あ!ワタル!おかえりー。 奥の個室、用意しといたわよ!」 「ありがとう!」 「で、この前話してた、 響を助けてくれた人??」 「そう! だから今日は、たくさんサービスしてねー!」 カウンターの奥から、 大将らしき人が、 「なんだ? 騒がしいなぁ……」 という感じで出てきたが、 響を見るなり、目を見開いた。 「お……! 響か……!待ってたよ! ……で、後ろの方が、 例の助けてくれた人かい?」 「そう!」 「先日は、響を助けて頂きありがとうございました」 大将と女将さんが、深々とお辞儀をする。 「あー、いや、良いですよ!そんな……」 「命の恩人だからねー」 「命に関わってたか?」 「少しは……」 「少しはーー??」 「あら、仲良いじゃない」 大将も女将さんも響も笑う。 「こんな入口でごめんなさい。奥へどうぞ」 女将さんに案内され、 奥の個室へ通される。 「大したものは出せませんが、 ゆっくりしていってくださいね」 「あ、ありがとうございます」 「ね、何飲む?」 「何がある?」 「色々あるよ。 無いものも、大将が色々飲む人だから、 何でも作ってくれるよ」 「カシスオレンジ、好きなんだよね」 「ちょっとまってよ! あんた! カシスオレンジ作れるかい?」 「カシスオレンジかぁ! おっ!できるぜ!!」 「出来るって」 「じゃぁ、それで」 「ワタルは?」 「青山さんと同じので!」 「はいよー。 ワタル、握りはお任せで良い?」 「もちろん!」 個室の扉が閉まり、二人きりになる。 向かい合わせになって座る青山と響。 急にかしこまりだす響。 「青山さん、 先日は、助けて頂いて、 本当にありがとうございました」 深々と頭を下げる響。 「良いよ。そんなに気にしないで」 「てか……、今日なんか……、 よそよそし過ぎません?」 「あ……、アウェイだからね……」 「会った時からずっと変。 オレに会った時もびっくりしてたし。 なんか、違う人と会ってるみたい。 ……違う人?……もしかして……」 ゴクリ……。 コンコンッ。 「はーい」 「お待たせ。カシスオレンジ二つね」 「ありがとう」 「お鮨ももう出来るからね」 「とりあえず乾杯しましょ」 「そだね」 「かんぱーい!!」 「写メ撮ろ!」 「またぁ?」 「良いじゃん! 撮ろ!」 相変わらず連写で、 何枚も撮りまくる響。 お寿司も届き、食べていく。 「やっぱり変!もしかして、気付いてます?」 ゴクリ。 「な……なにを?」 「やっぱり……、気づいてるんだー」 またかしこまって口を開く響。 「隠そうと思ってたんじゃないんです。 ……ただ、言うタイミングを……、 どうしようかなって……、 LINEで伝えるのも嘘くさいというか……、 それに、最初から“響ワタルです”って 名乗っても、なんか変じゃないですか。 倒れてて助けられて、 いきなり“実はアイドルです”って。 ……逆に怖いでしょ?」 青山は、少し笑った。 「確かに。怖いな」 「でしょ?」 響も同じように笑ったあと、 真剣な目で言った。 「でも、どっかで言おうとは思ってた。 青山さんは……、 そんなんで離れていくような人じゃないって、 信じてたから」 (何を身構えてたんだろう。 響は、なんも線を引いてなかった。 アイドルの響としてではなく、 一人の青年“響”として オレに会ってくれているのに。) 線を引いてたのは、 自分の方だったと気付いた瞬間、 我に返った。 「オレの方こそごめん。 今日、後輩と話してて。 その後輩が、FiVE DrinKのファンで。 後輩が私の推しを見てー!って スマホの待ち受けを見せてくれたんだけど、 そこにFiVE DrinKの響くんがいて。 めっちゃびっくりして。 それから、渋谷に着くまで、 オレ、今からアイドルと会うの? ってなって、緊張して」 「そうだったんですね! ま、いずれ分かる事だったし、 良いタイミングじゃないですか?」 「ま、そだね」 「ねぇ!今日どこから来たんですか? どこ住んでるんですか?」 「あ、それね。 オレも……、言ってなかった事があって……」 「えー? なんですかー? 青山さんもアイドル??」 「んな訳ないやろ」 「実は……、オレ……、関西に住んでんねん」 「え……?」 「だから……、 今日……、大阪から来た」 「えーーーー!ホンマに?」 「うん」 「マジでごめんなさい! てか、最初に聞いとけば良かったー! それ、最初に言っててよー!」 「ごめん」 「これって、おあいこやない?」 「おあいこ?」 「オレは、アイドルだということを黙ってた」 「青山さんは、関西に住んでることを黙ってた。だから、おあいこ!」 「おあいこなるん?」 「おあいこ!」 「じゃぁ、おあいこやな」 「ね、青山さんって、仕事何してんの?」 「……電車の車掌さん」 「え……? マジ……?」 「マジ」 「制服とか着て……?」 「私服でやらんやろ」 「えーー!!めっちゃカッコイイやん!! 次は〜、どこどこ〜、とか放送してんの?」 「次は〜。って、伸ばしてないけど、してるよ」 「出発進行!! とか言ってるの?」 「それは言わない。それ言うのは、運転士な。 車掌は、信号よし!って言ったりはするよ」 男の子なら誰もが一度は通る“電車” というカテゴリー。 響は、子供のように目を輝かせて、 色々聞いてくる。 青山も、答えられる範囲で答えていく。 お互い色々な話を進めていくと、 緊張も解れ、 次第に会話も盛り上がっていく。 「ねぇ、もう一回写メ撮ろ!」 「さっき撮ったやん」 「ダーメ! だって、さっきは、めっちゃ緊張してたやん。 今の青山さんと撮りたい!」 「一回だけやで」 「一回だけね!」 「はい、チーズ!」 カシャカシャカシャカシャカシャ……。 (やると思った……。) 「全然、一回じゃないやん」 「一回やん!」 めちゃくちゃ笑い合う二人。 しかし、 時間というのは有限で、 刻々と最終の新幹線の 時間が近付いてくる。 「ねぇ……、今日はこっちに泊まっていくの?」 「いんや、帰るよ」 「そうなんだ……。時間大丈夫?」 「あと……1時間くらいかなぁ……」 「え? もうそんなに?? なら、もう帰らなあかんやん」 「そろそろ、行かなあかんかな」 「じゃぁ……、品川駅までタクシーで送るね」 「え?良いよ。 流石にここからじゃ高いでしょ」 「新大阪から来るよりはマシ」 「あ……」 また笑い合う二人。 「今日は、お礼してくれてありがとね。 お寿司めっちゃ美味しかったよ。 何より、元気な響の姿見れたし、 響と楽しく話せて良かった!」 「うん! こちらこそ、ありがとうございました」 嬉しさと裏腹に、 広くて深い 寂しさに襲われる響。 店を出た瞬間、 空気が変わった。 さっきまでの賑やかさを、 扉の向こうに 置いてきたみたいに。 青山は、 変わらず楽しそうに 話している。 電車のこと、 仕事のこと、 他愛もない話。 でも、響は違った。 返す言葉は短く、 素っ気ない。 そして、 スマホばかり見ている。 タクシーに乗っても、 響は何度もスマホを手に取り、 いじっている。 (誰かとやり取りしてるんかなぁ? ま、アイドルだし、忙しいんやな。) そう青山は思っていた。 だから、 気にかけることも、 声を掛けることもしなかった。 響は、スマホを見ては、 青山の顔を、チラッと見る。 流石にチラチラ見られ気になる青山。 (オレの事、誰かに話してる?) ――それは違ってた。 響は、 青山とのLINEのトーク画面を開き、 今まで撮った青山との写メを眺める。 指先で画面を広げて、 青山だけを拡大する。 青山の裏表のない笑顔。 響に対して一切、 線を引いていない笑顔。 そして、 何よりも優しい笑顔。 ずっと見ていられる。 そして、 ずっと、見ていたい。 写メを閉じ、 響は何か文字を打ち始めた。 タ、タ、タタタ。 〈手を繋ぎたい〉 (あの、あったかい手で、 もう一度、温めてほしい。) 今も鮮明に、 この手に残っている。 (あの優しい感触、 そして、あの温もりが欲しい。) 親指が……、 送信ボタンの手前まで行く。 ……行って……、止まる。 消す。 タ、タ、タタタ。 〈もっと一緒にいたい〉 (拒絶されたら、 立っていられなくなる気がして、送れない。) 消す。 タ、タ、タタタ。 〈帰らないで〉 (この言葉だけは、送ってしまったら、 後戻りできない気がする。) 響は、 言いたいことをメッセージにして、 消して、また打って―― それを繰り返す。 結局、 どの言葉も送れないまま、 スマホをポケットにしまう。 何もなかった顔をして、 響は前を向いた。 ━━━━━━━━━━━━━━ 品川駅のホームに着いた。 夜風が吹き抜け、 新幹線を待つ時間がゆっくり流れる。 少しの沈黙のあと、 響が口を開く。 「……明日も、……仕事、頑張ってね」 寂しい。 離れるのは、正直すごく嫌で、 胸の奥が、きゅっと縮む。 それでも、 引き止める代わりに選んだ、 精一杯の言葉だった。 青山は、いつも通りの調子で言う。 「明日オレ、休みだからさ。大丈夫」 それを聞いた響は、咄嗟に。 「……なら、こっちに……、 一泊していけばいいのに……」 少しの間。 「いいよ。家でのんびりしたいし、 それに、泊まるホテルも取ってないしね」 なんだか振られた感覚。 分かっていた答えなのに、 胸の奥が、静かに痛む。 涙が込み上げてくる。 迫る別れの時間。 離れていく 心と心。 新幹線が入線し、 ドアが開く。 発車ベルが鳴った。 乗車口に向かって歩き、 新幹線に乗る前にホームで立ち止まり 響の方を振り返り軽く手を上げる青山。 響は、いつもの笑顔を作ろうとしても、 うまく笑えない。 口角だけを上げた。 完全に作り笑顔。 「……じゃあ」 ――時間が、止まる。 (分かっていた。 店を出た直後から、 響の態度が変わったこと。 それでもここで 帰らなきゃいけないと思った。 ここで踏みとどまったら、 今度は……、オレのほうが、 響から離れられなくなる気がしたから。 また、他人の心に土足で入り込み、 優しさを押し付けて、 相手を傷つけてしまうんじゃないかと。 だから…… 引くことが正しいと思った。 ……でも。 そんなことを、響に対して考えるのは、 逆にダメだったんだな。 響……ごめん) 響の頬を、一筋の涙がつたう。 「スンッ……」 ホームの黄色の点字ブロックを 跨ごうとしたその時、 響の鼻をすする音に気が付き 青山がハッとし、響の方へ振り返る。 次の瞬間 タッタッタッタッ バサッ 響は青山に駆け寄り、 抱きついていた。 そして、青山の耳元で、 震える声で。 「……帰らないで……」 悲しい声と共に、 苦しんでいる心の悲鳴の ようなものが聞こえた。 二人だけ、時間が止まったまま。 二人だけ、音のない世界。 すると、 ティンコンティンコン、 シャー、 ガチャン 新幹線のドアが閉まった。 そして動き出す新幹線。 ホームを離れゆっくりと闇へ消えていく 最終の新大阪行きの新幹線。 恋人や友人を見送った人達は、 次々と改札の方へ向かっていく。 その中でホームに残っているのは、 青山と響だけ。 青山が、ぽつりと言う。 「……行っちゃったね……、 どうしよう……。泊まるとこ、探さなきゃ」 響は、逃げずに言う。 「……ウチに、来て……」 沈黙。 「……それは……」 「……来てほしい……」 青山は、 小さく息を吐いて、 「……分かった……」 そう言って、 響の頭に、優しく手をポンと置いた。 ━━━━━━━━━━━━━━━ 響の言えなかった 言葉は消え、 残ったのは、 抱かれている感触と、 伝わる温度。 今、彼らの住んでいる 距離は約600km。 今、彼らの身体の 距離は0km。 そして今、 彼らの心の距離は………。

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