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第4話 覚悟と現実

【登場人物】 ・青山コウタ(あおやまコウタ) 鉄道会社の車掌。 響のことを放っておけず、東京へ向かう。 木田とは中学時代からの同級生で、元恋人。 ・響ワタル(ひびきワタル) アイドルグループ FiVE DrinKのメンバー。 青山への想いを募らせているが、思わぬ事実を耳にしてしまい……。 ・木田アスカ(きだアスカ) FiVE DrinKのマネージャー。 青山とは中学時代からの同級生で、三年前まで交際していた。 ・黒川ジン(くろかわジン) FiVE DrinKのメンバー。 響の異変に気付き、そばで支える。 ━━━━━━━━━━━━━━━ 青山は何度も電話するが、 響は出ない。 電話なんて、どうだって良い。 LINEなんて、どうだって良い。 今すぐ、 響の元へ行きたい。 響を抱き締めてあげたい。 響に寄り添ってあげたい。 響の笑顔が見たい!! ダッダッダッ。 ガチャ……。 寝室のドアが開いた。 「はぁ……、はぁ……、はぁ……。 オレが助けてやるから……。 って言ったやろ?」 (あの時、なんであんな言葉が出たのか。 その理由が、今なら分かる気がした。 そう、あの言葉は、 今日のためにあったのかもしれない。) 「もう、忘れたん?」 「え………?」 我慢していた涙は、 もう堰き止められなかった。 響はベッドから飛び出し、 青山に抱きつく。 青山は、 そんな響をしっかりと抱き締めた。 「……コウタくん……」 「何も言わなくていい……。何も……。」 ━━━━━━━━━━━━━━━ ベッドの中で、 抱き締め合う二人。 「落ち着いた?」 「うん。ありがとう」 「良かった」 そう。 これが二人で初めて過ごした、 クリスマス・イブの夜になった。 ━━━━━━━━━━━━━━━ ――年が明けた1月。 あれから、 コウタくんとの関係が少し変わった。 お互いの予定。 日々変わる、 コウタくんの勤務時間や休憩時間。 それらをカレンダーアプリで 共有するようになり、 お互いの気持ちが少し軽くなった。 でも、 それは嵐の前の静けさだったのかもしれない。 ━━━━━━━━━━━━━━━ ――1月某日〈大阪〉 FiVE DrinKのメンバー、 黒川ジンが出演するドラマの撮影に 同行していたマネージャーの木田アスカ。 彼女は、 度重なるトラブルの処理。 響の体調不良。 グループの仕事や、 メンバー個々の仕事の急増。 その全てが重なり、 精神的にも体力的にも、 限界に近づいていた。 撮影が終わり、 黒川と別れた木田は、 BARで一人、酒を飲んでいた。 (アノ人には、もう頼らない。 そう、決めていたのに……。) スマホを取り出し、 LINEを開く。 三年前の会話で、 止まったままのやり取り。 (一言、声が聞ければ……。) そう。 それだけだった。 “音声通話”をタップする木田。 プルルルル……。 「もしもし……?」 「もしもし……」 「どした?」 「ちょっと、声聞きたかった……」 「ふーん。それで、元気してんの?」 「仕事が忙しくて、トラブルもあって……。 正直、今、キツイかな……」 「そかぁ……」 「そっちは?」 「特に、なんもないよ」 「強いて言えば、 東京に良く行くようになったことかな?」 「なんで?」 「まぁ、まぁ……。色々と……」 「新しい彼女出来たんだ」 「ん、まぁ……。ちょっと違うかなぁ……」 「片想い?」 「どっちかと言うと、 向こうの方が強いんじゃないかなぁ?」 「そかぁ。良いじゃん」 「まぁね。今は、楽しいよ」 「そかぁ……。ねぇ、今度……」 「あ! ごめん。 ちょっとその子から連絡来たから切るわ」 ピロロンッ。 通話が切れた。 スマホを置き、 ハイボールを口にする木田。 テーブルに置いてあった鍵を手に取り、 揺らす木田。 (早くこのカギ、返したいんだけどな……。) ━━━━━━━━━━━━━━━ ――3日後〈東京〉 FiVE DrinKが所属する、 事務所の会議室。 FiVE DrinKのメンバー全員と木田が、 3月14日のインスタLIVEで行う ホワイトデー企画の話し合いをしていた。 黒川「めんどくせぇ」 楓「で、他、何する?」 緑川「ドッキリとかしない?」 押部「誰にだよ!」 響「……黒川に」 木田「それ、もうドッキリになってなくない?」 楓「もう、“黒川に”って言ってるもんね!」 緑川「知ったうえで、ドッキリかかってよ、黒川」 押部「クックッ……。ダメだ……。クックッ……」 響「お願いします。黒川先生」 押部「辞めてくれ……。ひびき……」 黒川「黒川大先生だろ?」 押部「あ……無理……」 響「……じゃあ、黒川大先生。 3月14日、空けといてください」 木田「ひびき……。全員参加よ……」 一瞬の静寂。 次の瞬間―― 「っは……!」 最初に吹き出したのは、 押部だった。 「ダメだって……それ……ッ。無理……!」 机に突っ伏し、 肩を震わせる押部。 それを見た緑川が、 耐えきれず声を上げる。 「ちょ、黒川大先生って……ッ!」 楓も腹を押さえながら、 椅子にもたれかかる。 「てか、“大先生”でOK出すんだ……!」 そして遅れて、 黒川自身が顔を背けた。 「オマエら、 そんなに笑うけど……。大先生だぞ」 その一言が、 決定打だった。 会議室は、 しばらくまともに話が出来ないほどの 笑いに包まれた。 ふと、 木田の目に響が映る。 (珍しい……。あの子が、 あんなに笑ってるなんて……。) それは、 メンバー全員から見ても明らかだった。 楓「ねぇ、ひびきー……。 最近、良いことあった?」 響「ん……?なんで……?」 押部「最近、いやに明るくなった!」 緑川「そうそう! ダンスもミスらなくなったし!」 黒川「好きな人でもいるんじゃね?」 響「…………」 黒川「チッ……。当たったよ……」 黒川以外「えええええぇぇぇ!!」 木田「はい!全員集合!!」 木田「ここは事務所ってこと、 忘れないでねー」 木田「で、どこの誰なの?」 一つのテーブルに、 円陣を組むように響へ集まる 押部、楓、緑川、そして木田。 響「いやー……。それはー……」 押部「じゃあ、どんな人?」 楓「可愛い?」 緑川「胸デカイ?」 木田「そこ?!」 黒川「この前、話してた人だろ?」 円陣の外側から、 黒川が言う。 黒川以外「この前?!」 押部、楓、緑川、木田の顔が、 響と黒川を往復する。 楓「あ!なんか知ってる!あれ!あの〜…… ひびちゃんが倒れて、助けた的な?」 押部「渋谷の件か!!」 (レッスン中に逃げて、倒れたやつな) 緑川「練馬の件?」 (ここボケるとこだよね?) 木田「それはアナタね」 (練馬の件、大変だったんだから。寄りによってあの女に手を出すなんて。) 黒川「響の好きなタイプだもんな……」 木田「あの……、 倒れて助けてもらったって話の?」 (たしか、響が倒れて……。 私が迎えに行って……。) 響「ま……、まぁ……」 楓「ひびちゃんを、 ここまで元気にする人ってどんな人?」 響「めちゃくちゃ優しい人。 全てを受け入れてくれるし、 守ってくれる人」 黒川「…………」 スマホを触っていた、 黒川の手が止まる。 下を向き、 何故か唇を噛み締めている黒川。 木田(めちゃくちゃ優しい……、 全てを受け入れる……、 守ってくれる……、 病院の前で……。) 木田の中では、 ずっと引っかかっていた。 響を、病院へ迎えに行ったあの日。 見覚えのある男性を、 見かけていたからだ。 病院の入口に、 いるはずのないアノ人がいたような気がした。 (あれ……?コウちゃん……? まさかね……。) 木田は、 その時のことを思い出した。 ピピピピッ。 ピピピピッ。 木田のスマホのアラームが鳴った。 木田「はい!今日はここまで。 次のグループに会議室渡さないといけないから、片付けて」 ホワイトボードを片付ける緑川。 不要な椅子やテーブルをたたみ、 片付ける木田、押部、楓。 テーブルの上を片付ける、 響と黒川。 響「ねぇ、ジンくん。唇に血、付いてる」 黒川「唇に血?」 人差し指で唇を撫でると、 指先がうっすら赤くなっていた。 黒川「あ、ありがとう」 響「どしたの?」 黒川「んー?わかんね」 響「ふーん」 ブルブルッ。 響「あ……」 響はポケットからスマホを取り出し、 クルッと黒川から離れると、 LINEを確認する。 青山〈今から休憩だよ。響は何してるの?〉 響〈今、打ち合わせ終わった所だよ!〉 青山〈少し話す?〉 響〈何時まで休憩?〉 青山〈19:30には仕事の準備したいかな〉 響〈晩御飯食べなくて大丈夫?〉 青山〈15分あれば食べれる笑〉 響〈ゆっくり食べなよ。 オレは15分でも話せたら良いから!〉 青山〈ゆっくり食べれるかなぁ?笑〉 響〈19:10頃電話するねー!〉 青山〈ありがとう〉 響「ジンくん!」 青山とのやり取りが終わり、 黒川の方へ振り返る。 だが、 もう黒川は、 そこにはいなかった。 楓「ジンちゃん、もう帰ったよ」 響「???」 押部「なぁ、 もうちょっと企画詰めたいから、 オープンスペースで話さない?」 楓「ジンちゃんいないよ?」 響「オレは良いけど……」 押部「木田さん、 オープンスペース使わせてもらいますね」 木田「黒川くん来てから、 みんなで打ち合わせするなら良いわよ」 押部「なんでアイツ、速攻帰ったんだよ……」 緑川「今電話してるけど、出ねぇ」 オープンスペースで、 緑川は黒川に電話する。 楓と響は黒川にLINE。 押部は不貞腐れていた。 木田は、 気配を消すかのようにメンバーから離れ、 会議室を後にする。 人気のない場所を探し、 廊下を進む。 廊下の突き当たり。 少し開けた場所で、 木田はスマホを取り出し、 電話を掛ける。 だが、 相手は出ない。 何度も電話する。 それでも、 出ない。 時間を置き、 十分後。 「もしもし?」 「もしもし」 「なんで出てくれないのよ?」 「飯食ってたし。てか、何よ?」 「響ワタルって知ってる?」 「いきなりなんだよ?!」 「知ってるか?!って聞いてるの!」 「あ……、うん。まぁ……」 「……やっぱり……。そうなんだ……」 プップップップッ。 「あ!ごめん、ちょっと――」 「待って!まだ聞きたいことが!」 「なんだよ?」 「コウちゃんは、 ワタルのことどう思ってるの? 私は……」 カタッ。 紙コップが、 床に落ちる音。 木田が振り返る。 そこには、 スマホを耳に当てた響が立っていた。 響「え……?何……? ……今、コウちゃん……って?」 無音。 木田「ひびき……」 響は、 逃げるように廊下を走り、 オープンスペースに置いていた 自分の荷物を掴むと、 そのまま立ち去った。 青山「え?響?そこに響いんのか? なんで……?……とりあえず、一旦切る」 ピロンッ。 青山は、 何がどうなっているのか分からない。 すぐ響に電話する。 だが、 響は出ない。 何度掛けても、 出ない。 ピピピピッ。 アラームが鳴る。 “出場準備 19:30” 無情にも、 ホームへ向かう時間が来た。 青山はスマホを見つめる。 だが、 仕事へ行かなければならない。 仕方なくスマホの電源を切り、 仕事の準備をし、ホームへ向かった。 一方、 響の後を追いかける木田。 だが、 もう響には追いつけなかった。 一台しかないエレベーター。 5…… 4…… 3…… 遠ざかっていくエレベーター。 すぐ響に電話する。 だが、 響は出ない。 ━━━━━━━━━━━━━━━ --黒川の家の玄関前 ピンポーン。 ガチャ……。 ゆっくりと開く、 玄関のドア。 「ひびき……」 「ジンくん……。今日……泊めて……」 「いいけど……。どしたん?」 「もう無理かも……」 「何が……?」 「さっき、木田さんとコウタくんが 電話してるとこ、聞いてん」 「え?木田さんが?!なんで?」 「わかんない。でも、 電話で“コウちゃん”って呼んでた」 「青山さんに確認したの?」 「してない……」 「だったら、 木田さんが電話で話してた“コウちゃん”と、 響の知ってる青山さん、違うかもじゃん」 「でも……」 「でも?その後は?何か言ってた?」 「“ワタルのことどう思ってるの? 私は……”って」 「だったら、 電話の相手が青山さんの可能性は あるのか……。その後は?」 「びっくりして……。怖くて……。 その場から逃げた」 「木田さんは、何を聞きたかったんだろ? オレが木田さんに聞こうか?」 「やめて。怖い……」 「分かった。でも、 場所が分からなかったら困るから、 ここにいることはLINEで伝えるよ?」 「うん……」 黒川〈響、ウチにいます〉 木田〈ありがとう〉 黒川 〈後で聞きたいことがあります。 響が寝たら、連絡します〉 木田〈わかりました〉 「なんて?」 「“ありがとう。わかりました”って」 「もう風呂沸いてるから、先、風呂入る? それか、シャワー浴びてくる?」 「いい……」 「そしたら寝る?」 「寝れない」 「じゃあ、好きにして」 「オレは風呂入るから」 「好きにする」 「毛布だけちょうだい」 「どうぞ」 「どこにも行ったらダメだよ」 「分かってる」 響のことが心配だが、 風呂に入る黒川。 湯船に浸かり、 LINEを開く。 黒川〈一人になれました〉 木田〈響は?〉 黒川〈リビングでゲームしてます〉 黒川〈木田さんは、青山さんのこと知ってたんですか?〉 木田〈響を助けてくれた人だとは知らなかった。青山とは、中学からの同級生〉 黒川〈付き合ってたんですか?〉 木田〈三年前まではね〉 黒川〈で、なんで今日連絡取ったんですか?〉 木田〈事実確認をしたくて〉 黒川〈響からは、“コウちゃんは、 ワタルのことどう思ってるの?私は……” って言ってたって聞いたけど、 “私は”の後、なんだったんですか?〉 木田〈“私は、マネージャーとして聞いてるの” って言う前に、響がその場から立ち去って、 青山君との通話も切れたわ。 全てのタイミングが悪かったわね〉 黒川〈そうだったんですね……。最後に……、 青山さんへの未練はあるんですか?〉 木田〈ない。と言い切りたいけど、 0ではないわね。 一緒に住んでた時のカギもまだ返せてないし。 でも、この前連絡した時、 名前は出してくれなかったけど、 気になる人がいるって言ってたし、 今は楽しいとも言ってた。 そこに響から連絡が来て、 青山くんは迷わず私との通話を切った。 響には今、青山くんが必要。 だから、青山くんに色々確認したかったの〉 黒川〈分かりました。 いつも話を最後まで聞かず、 自分に悪いように解釈して落ちていく。 単純に響の勘違いっすね。 そんなことだろうと思いましたけど。 分かりました。色々アプローチしてみます〉 木田〈黒川くん、ごめんね〉 黒川〈今度、美味しいご飯お願いします〉 木田〈なんなりと。黒川大先生〉 風呂から上がり、 響を見る。 テーブルにある響のスマホは、 伏せられたまま。 響は、黒川を見ることもない。 「ねぇ、ひびき。この前の話の続き、 聞かせて」 「なんの?」 「助けてくれたお礼で、 ご飯行ったんでしょ?」 「行ったよ」 「楽しかった?」 「楽しかった」 「青山さんって、こっちの人?」 「大阪だって」 「地元一緒やん!」 「てか、今、遠距離なん?」 「何その言い方?まだ付き合ってないし」 「でも、響は付き合いたいんでしょ?」 「結婚したい」 「ブフォッ!!」 思いがけない言葉に、 飲んでいた水を吹き出す黒川。 黒川は一瞬、 言葉を失った。 響の口から、 “結婚” という言葉が出てくるとは、 1mmも想像していなかった。 「結婚したい」 「相手、男性だよね?」 「ダメなの?」 「いや……。法律上は……」 「じゃあ何?パートナー?」 「そやな。パートナーやな」 「で、向こうはどう思ってんの?」 「知らない……。 優しいし、 手を繋いだり、 抱き締めたり、 一緒に寝てくれたりはするけど……」 「キスは?」 「一度だけ……。ほっぺに……」 「ほっぺに?! ……可愛いかよ……。で、どっちが?」 「オレから……。青山くんが寝てる時に……」 「ピュアか! ……てか、寝込みを襲ってるから、 ピュアなのか?」 「寝込みを襲うって何よ? そんなの面と向かって出来る訳ないやん。 恥ずかしい……。 それに、 キスとか撮影以外ではしたことないもん」 「未使用、未経験の恋愛不器用って、 致命的やな」 「あ!でもこの前、二回も間接キスした!」 「え?何?そのどうでもいい間接キス情報」 「もう、とりあえず明日はMVの撮影だから、 寝るぞ」 「うん……。おやすみ……」 「おやすみ」 ━━━━━━━━━━━━━━━ ――翌日 11:20 宮城県仙台市某所。 結局、 現場に着くまで二人は無言だった。 ――13:00 撮影開始。 雲行きが怪しい中、 撮影が始まった。 ――14:00 撮影中断。 とうとう雨が降り、 撮影が中断。 木田(強くなってきたわね……。) 黒川(もう無理じゃん……。) ━━━━━━━━━━━━━━━ 時間を戻して―― ――昨日 19:30 大阪中央駅・乗務員詰所。 カバンに、 水とスマホをしまい、 トイレへ向かう青山。 響のことが、 頭から離れない。 だが、 ココで仕事以外のことを考えると、 事故に繋がりかねない。 青山は気持ちを切り替えるため、 冷水で顔を洗った。 顔を上げ、 鏡を見る。 もう、 車掌の顔になっていた。 その日の乗務が終わり、 シャワーを浴び、 仮眠室へ入る。 スマホの電源を入れる。 木田からの通知はある。 だが、 響からは何の連絡もない。 青山は、 仕事が完全に終わるまでは、 響へのアプローチはしない。 そう決め、 その日は眠った。 ――翌日 10:35。 仕事が終わり、 次回勤務の確認も済ませる。 急いでロッカー室へ行き、 着替える。 事務所を出て、 向かったのは新大阪駅。 東京に行けば。 響の家に行けば。 会える。 そう思っていた青山。 気持ちが先走りすぎて、 肝心なカレンダーアプリを 見ていなかった。 アプリには、 響がちゃんと、 “仙台で撮影” と入れていたのに。 品川駅に着き、 タクシーで響の家へ向かう。 マンションに到着。 だが、 カードキーは持っていない。 部屋番号を押し、 ベルを鳴らす。 ピンポーン。 ……。 応答は無い。 もう一度。 ピンポーン。 ……。 誰も出ない。 エントランスの外で、 響を待つ青山。 時間だけが過ぎていく。 マンションの住人が出入りする中、 傘も差さず、 一人ポツンと雨に打たれながら、 その場に座っていた。 二時間も経つと、 さすがにマンションの住人も 青山を怪しみ始める。 その視線を感じた青山は、 マンションから離れ、 向かいにある公園のベンチで、 響の帰りを待つことにした。 響に電話しても、出ない。 LINEしても、 既読にさえならない。 それでも、 諦めなかった。 いつ帰ってくるか分からない。 だから青山は、 一歩も動けずにいた。 夜になっても、 状況は変わらない。 ずっと、 同じ場所。 同じ姿勢。 ただ、 響を待ち続けた。 やがて、 雨が止んだ。 周りが少し、 明るくなってきたような気がした。 いや。 気のせいではない。 朝を迎えていた。 「ゴホンッ……。ゴホンッ……。 流石に風邪ひいたか……? 明日は仕事やし……。今日は帰ろ……」 ずぶ濡れになった青山は、 ベンチからゆっくり立ち上がろうとした。 ドサッ……。 何故か、 目の前に茶色い地面と、 水溜まりが見えた。 ゆっくりと、 目を閉じていく青山。 ザー……。 ピシャ……。 ピシャ……。 雨の音だけが、 青山を包み込んでいく。 「大丈夫ですか?!」 見知らぬ男性の声。 それに答える体力もなく、 身体も動かない。 瞼が、 完全に閉じた。 ━━━━━━━━━━━━━━━ 「青山さーん!青山さーん!」 ゆっくりと、 瞼を開ける青山。 (……ここは?) 「ここ、どこだか分かりますかー?」 「…………」 「早く暖めて!」 医師の指示が飛ぶ。 「低体温症だね」 再び、 意識を失う青山。 「ご家族に連絡取れた?」 「いや……。取れないんですが……」 「最近連絡取った人なら、 いけるかもしれません」 「その人で良いから、連絡して!」 ━━━━━━━━━━━━━━━ ――仙台 ブーッ。 ブーッ。 ブーッ。 ブーッ。 木田のスマホが鳴る。 “渋谷総合医療センター” 見覚えのある、 病院からだった。 「もしもし……」 「青山コウタさんを、ご存知ですか?」 「はい……」 「青山さんが、 洗足池西通り公園内で倒れているところを発見され、救急搬送されました。 現在、こちらの病院に入院されています。 低体温症で、まだ意識が戻っていません」 「今から、こちらへ来ていただけませんか?」 「え……?はい! わ……分かりました!」 通話を切る木田。 「響!黒川!東京に帰るよ!」 黒川・響「え?なんで?」 木田「青山くんが倒れたって!」 黒川・響「え?!どういうこと?!」 木田「分かんないわよ! とりあえず、渋谷総合医療センターに向かうわよ!」 ブッブッブッブッ……。 今度は、 響のスマホが鳴る。 「もしもし?」 隣人「ひびきちゃん?あのさぁ、 昨日の夕方前からずっと、 マンションの前にいた男の人がいてね。 途中から、 マンション前の公園に移ったみたいだけど。 何か心当たりある? 朝起きて外見たら、 救急車が来てて、 そのまま運ばれて行ったみたいだけど……」 三人は急いで、 タクシーへ乗り込む。 木田「仙台駅までお願いします」 響「ごめんなさい。それ、知り合いです。 ご迷惑をお掛けしました!」 通話を切る。 響「木田さん!コウタくん、 昨日の夕方前から傘も差さず、 ずっと外にいたって!」 木田「え……?どういうこと?」 黒川「ずっと、 ワタルの帰り待ってたんじゃない?」 響「え……?共有のカレンダーに、 仙台撮影って入れてたよ?ほら……」 響が、カレンダーアプリを見せる。 木田「ホントね……。 はぁ……。またか……。あのバカ……」 黒川「“またか”って?」 響「え……?」 木田「アノ人ね。そういう所あんのよ。 “こうだ!”って思ったら、 周りを見ずに突っ走るところ。 昔、大喧嘩してね。 私が彼の家を出てったことがあったの。 LINEで、“アケミの家に行ってる” って送ったにも関わらず、 広島の実家まで押しかけて行っちゃって。 親から連絡来て、ビックリしたわ。 後で聞いたら、『LINE見てなかった』って。 それ聞いて、笑ったけどね……」 響「そんなことが……」 木田「ひびき……」 木田は、 ニッコリ笑った。 「コウちゃんに、愛されてるじゃん……」 不安で震えている響の頭を、 優しく撫でる。 「……コウタくんに……。 悪いことしちゃった……」 俯く響。 膝の上で握られた両手に、 力が入る。 「響は、何も悪くない……。 あの状況になったら、みんなそうなるよ。 私こそ、ちゃんと話せなくてごめんなさい……」 響は、 木田にもたれかかった。 木田「急いで病院に行くわよ」 黒川「なんでオレも、 行かなきゃなんないんすか?」 木田「アナタは、見届ける義務がある。 そして……、青山くんを知る権利がある」 ━━━━━━━━━━━━━━━ ――仙台駅。 黒川「窓口あった!」 木田「もう予約してあるから大丈夫!」 黒川「仕事はぇー」 新幹線に乗り込む三人。 賑やかな車内。 その中で、 誰一人喋らず、 静かに座っている三人。 しばらくして、 木田が口を開いた。 「二人だけには、話すわね……。 コウちゃんとは、中学からの同級生でね……。 ちゃんと話すようになったのは、高校二年の時。 私が部活の大会の決勝で、負けた時だった。 みんなが、『頑張った』、『アスカは良くやったよ』って慰めてくれてた。 でも、アノ人だけ、『来年、勝ったら良くね?』って」 木田は、 小さく笑った。 「この人、馬鹿なんじゃないの?って思った。 それから……。 興味も無いくせに、色々話を聞いてくれてね……。 いつの間にか、練習や試合にも来てくれるようになって……」 窓の外を見ながら、 木田は続けた。 「今思うと、 戻れる場所。 休める場所。 安心出来る場所。 素直でいられる場所。 力を貯める場所。 そういう場所を、 あの人は作り出す天才なんだ……って」 黒川「そうなんだ……」 木田「黒川も、会ってみたら色々変わるよ。 きっと……」 木田の言葉を聞いた黒川は、 外の景色に目を向けた。 (……まだ、雨が降ってる。) 響「コウちゃんの好きな所はどこ?」 響が、木田を見て聞く。 木田「裏表のない、優しい所かなぁ……」 木田が、響を見て答える。 響「分かる……」 お互い、 ニヤつく二人。 「木田さん……。オレ……。 どんな顔して、コウちゃんに会ったら良いかなぁ?」 木田は、 少しだけ考えた。 「アノ人、好きな人の“笑顔”が、大好物よ」 響の脳裏に浮かぶ、 青山との写メ。 スマホを取り出し、 二人の写真を見返す。 木田が、 響のスマホを覗き込む。 「良い笑顔じゃん!コレとか!コレとか! ……コウちゃんが、響のこと好きになるハズだわ……」 ━━━━━━━━━━━━━━━ ――東京駅。 木田「事務所に車用意してもらってるから、 それに乗るわよ」 三人は、 迎えに来ていた事務所の車へ向かう。 木田の後輩マネージャー、 吉川が運転席に座っていた。 「吉川くん、ありがとう。 じゃあ、お願いします」 車は、 東京駅を後にした。 病院へ近付くにつれ、 次第に緊張感が、 車内を支配していく。 木田は響を。 響はスマホの写メを。 黒川は、 窓の外の景色を見ていた。 ━━━━━━━━━━━━━━━ その頃―― 渋谷総合医療センター 5F。 ━━━━━━━━━━━━━━━ ガラス越しに見える病室。 ピッ……。 ピッ……。 ピッ……。 ピッ……。 心電図の音だけが、 静かな病室に響いている。 ベッドに横たわる身体。 心音を読み取る配線。 腕から伸びる、 点滴のチューブ。 口元を覆う、 酸素マスク。

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