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第6話
「大丈夫か?」
ベッドまで運んでくれた将満が心配そうに顔を覗き込んでくる。
「大丈夫です……、ちょっと疲れただけです」
頷きながら、そっと掛け布を顔まで引き上げた。
恥ずかしい。
自分でも呆れてしまうくらい、無我夢中で喘いでしまった。
一体、何回絶頂に達しただろう。
浴槽の周りで三度愛し合い、湯舟の横にあった小上がりで気を失うまで貫かれた。
最後の方は記憶が曖昧だが、放つ欲も無くなり剛杭を受け入れたままイきっぱなしになっていたと思う。当然、そんな経験初めてだった。
自力で起き上がることができなくなっても将満の攻めは止まらず、まさに絶倫を体験させられた。
(でも……気持ち良かった……。何も考えられなくなるくらい良かったです)
筋肉に覆われた将満の体は熱く柔らかいのに、ふとした拍子に硬く雄々しい壁に変わった。
どんなに押しても掴んでも岩のように動かず、怒濤の快感を滝のように浴びせてきた。
(こんなHができるなんて……夢みたいです)
ロングスリーパーで夜、起きていられない体では一生無理だと思っていた。
それが、こんな形で実現するなんて夢の中にいるようだ。
(でも……、恥ずかしいっ! この後、まだ一緒なんですよね。しかも、会社も同じで……)
どんな顔をすればいいのか――。
いたたまれなくなって、掛け布団を頭の上まで引き上げた。
「こんなにエロかわいいなんて反則だ。どうしてもっと早く誘わなかったのか、めっちゃ後悔してる」
真面目な声で将満が言った。
「マッチョ好きでエロかわいいですって、言って欲しかったぞ」
「な、なに馬鹿なことを言ってるんですか!」
「ズルイだろう!」
「はい? 意味が分かりません」
思わず振り返って抗議の声を上げてしまった。将満は真顔でこちらを見ている。
じっと見詰められて言葉を失ってしまったが、少ししてからおずおずと尋ねた。
「あの『変態』って思わなかったんですか?」
大学の時、元彼は「犯され願望なんて変態」と罵ってきたし「色狂い」と軽蔑した。
愛し合うなんて言葉からはほど遠い抱き方をして、玩具で鳴く姿を撮って蔑み金を毟り取っただけだった。
「変態上等。俺も遠慮なく本性曝け出せる。一緒にHを楽しめるって最高じゃねぇ?」
そう言った将満が臍にキスしてきた。
「『もっと』とか『奥が好き』とか『凄いのでグチュグチュして』とか。堪んねぇ。思い出しただけで俺、イっちまう」
「あ、あの、い、言わないでくださいっ」
「ぅぅっ……ムラムラする」
「も、もう一旦、ストップですよ。ほら、夕食の時間が……」
「一旦ってことは、後でヤってもいいってことか?」
「あの、ヤることから一回離れてください!」
絶倫が最高だと思っていた。
イってもイっても逞しいままの楔に翻弄されるのに憧れたのは確かだ。
しかし、まさか間近にそういう人が居るとは思いもしなかった。しかも、今、その人と体を重ね合った。
(なんか、もう……なにが現実なのか分かりません……)
半ば混乱状態で将満を見遣り、困ったような怒っているような表情で時計を指さした。
「確か、十八時から食事ですよね?」
「大丈夫。俺等はココで食うってお願いしてあるから」
「ここで?」
「そ。だから気にせずゆっくりしてろ」
用意周到と褒めるべきなのだろうか。
しかし二人だけ別となると、変な風に思われないだろうか。そんな不安が顔に出ていたのか、将満がニカッと笑いながら「大丈夫」と首を縦に振った。
「主任は体調が優れなくて休んでいる。館長と旧知の仲のサイモンは、急遽受け入れてくれたお礼に旅館のシステムチェックをやってる、ってことになってっから」
「嘘、ではないですけど」
「嘘も方便って言うだろ? 大丈夫。本当だと思ってりゃ、それが本当になっから」
得意満面で屈託のない笑みの将満を見ていると、本当に「これでいい」と思えてくるから不思議だ。
どのみち、宴会場まで歩けと言われても無理だ。
ここは大人しく横になって食事を待つのが最善に思えた。
「……ほんとになんにもしない時間」
人に言えない欲を満たしてもらい、寝転がっているだけで食事が準備されて、それを片付ける必要もない。
ただ、甘えていればいいなんて最高だ。
まだ体の中に将満が居るような錯覚を覚えたままトロトロと浅い眠りに就いていると、複数の仲居がやってきて和室の長い机に食事を並べてくれた。
客のことを一切詮索せず、スンと澄ました顔で手際よく料理を並べていく。
最後に「ごゆっくりお召し上がりください」と笑顔を残してから出て行った。
「美味そう~」
将満の言葉に誘われ、里斗は体を起こした。
真ん中に大きな舟のお造りが置かれ、二人分の先附・焼物・中皿・煮物・小鍋・小鉢・釜飯・吸物に香物そしてデザートがズラリと並ぶ。枡酒も置かれていて、チロチロと揺れる小鍋の火が食欲を誘う。
「よし、食おうぜ」
将満が抱き上げてくれた。そのまま席まで運んでくれる。
「あの、歩けますから……」
「無理すんな」
そこで言葉を切った将満が唇を尖らせて小声で続けた。
「歩けねぇって言ってくれよ。足腰立たないくらいイイ時間だったって」
俺が満足させた、という称号が欲しいようだ。「なんだ、その称号は」と突っ込みたいところだが止めた。将満の胸にそっと頭を預けて呟いた。
「あの、本当にイイ時間だったって思っていれば……それが本当になるってことですよね」
さっきの将満の言葉を繰り返すように言うと、将満が嬉しそうに頷いた。
座椅子に敷かれた分厚い座布団に座り、二人向かい合って箸を取った。
「いただきます」
声が揃ったのがおかしくてフフッと笑い合った。さらに同じタイミングで刺身に手を伸ばし、再び笑い声が出た。
「やっぱりマグロがいいんですか?」
貝を先にいただきます、と言って将満にメインを勧めた。
お互いに譲り合いながら和気藹々と食べる料理は心まで満たしてくれる。
「マグロもいいが、やっぱり脂が少ない方が俺は好きかな。里斗は?」
「私は魚ならなんでも好きです。生も煮物も焼いたのも。強いて言えば煮付けが好きです」
「へぇ? 和食派なのか?」
「そうですね」
「でも、デスクにゃ、ゼリー飲料とかブロックの栄養食を置いてるよな」
「よく見てますね……」
「羊とカフェイン配合ガムとコーヒーが並んだ不思議なデスクだなぁって思ったんだよな」
「言われてみれば妙な取り合わせですよね」
「そういうチグハグな所って、なんかいいよな。人っぽくて」
「そうですか?」
なんでもない言葉を交わしながら、じっくり時間をかけて夕食を楽しんだ。
お酒は少しだけ。他愛ない話と旬の食材を心ゆくまで楽しんだ。
一時間以上かけてデザートまで食べ終えた時には「もう後は寝るだけ!」という最高の気分になっていた。
「あぁ、堪りません……」
畳に寝転がり、ほぅ、と溜め息を吐いた。
目を閉じれば直ぐ夢の中へ行けそうだ。今夜は満ち足りた夢が見られるに違いない。
「先にお風呂に入って正解でした……、もう、指一本、動かしたくない」
深い吐息を吐きながら言ったところ、将満に軽々と抱き上げられてしまった。
「承知いたしました、シンデレラ。ベッドまでお運びいたしましょう」
「あ、いえ、そういう訳ではなくて……」
「ははっ。甘えておけばいいんだぞ。ちょっとは頼れ」
優しくベッドに降ろされた。
見詰め合う形になる。
「……」
酒が入り、いい感じに酔った二人だ。
どちらからともなくゆっくりと顔を近付け、そのままそっと唇を重ね合った。
「ん……」
触れ合うだけの口付けが繰り返される。やがて唇をはむ仕草が続いたが、なぜか離れてしまった。
「せっかくだが仕事がある」
本当に惜しいという顔で将満が離れた。
(そうですよね。情シスは夜が基本……)
今日だって将満を頼る人が居て、それに応えているのだ。
そして、自分はもう半分夢の中に居る。
(時間が合わない人――)
ふっとそんな言葉が脳裏をよぎった。
ベッドに横たわったまま離れていく広い背中を見送る。
自分は二十一時には夢の中へ行く。
一方、将満は夜行性。
(時間が絶対に交わらない人です。今日は奇跡のような特別な日だった……)
年に一度の旅行の日。
そんな非日常だからこそ起こり得たことだ。
(時間が合わないと擦れ違いが続いて、我慢を強いて不満が積み重なる……)
そうなるのが分かりきっている。
夢は夢のままの方が良い。自分に言い聞かせながら眠りに落ちたのだった。
いい香りがする。
誰かの手?
ゆっくり頭を撫でてくれて、包み込んでくれる温もりが気持ちいい。
もっと――ずっとこうしていたい。
守られている感じが、すごく好き……。
そんなことを思いながらフッと目を開けた。
「……」
あぁ、ここは旅館だった。
しっかりと体を支えてくれるマットレスのお陰で熟睡できた。調整できる枕のお陰で首や肩の調子もいい。
そう思いながら視線を巡らせた。料理が並んだ和室の机が見えた。
「……朝ご飯?」
「おはよう里斗。朝飯、用意してくれたぞ」
頭の上から声が聞こえた。ハッとして肩越しに見上げると将満が見えた。
「ま、将満……さ、ん?」
「なんで『さん付け』になるんだよ。将満って呼んでくれよ」
「……えぇと……」
真後ろから将満に抱きしめられていて、肌が密着した状態だった。
浴衣を着て寝ていたはずなのに、見事にはだけてしまってほぼ裸のような状態だった。
(バックハグは反則です。抜け出せなくなってしまいます!)
フィジカル面でもメンタル面でもバッグハグは反則だと思う。
温もりに優しく包まれ、穏やかな呼吸音と渋く低い囁きを耳に落とされては抜け出せる訳がない。
「あぁ……、夢みてぇ」
将満が頬擦りしてきた。少し伸びた髭が肌に当たり、痛いようなくすぐったい感覚に体がキュッと反応してしまう。
将満は頬擦りが好きだ。すぐ距離を詰めて擦り寄ってくる。人のことが大好きな大型犬のようだ。
「女神様が俺の腕の中に居る……。もう絶対終わったって思ってたのに」
安堵の深い溜め息を吐く将満に、どう返事をすればいいのか迷っていると、足や尻にゴツッとぶつかるモノに気付いた。朝の男性の生理現象だ。
どうしよう、と焦っていると髪に繰り返し口付けされた。
「里斗、飯にしよう。食べながら今日行く場所を決めよう」
普通に話しかけられた。これは気付かないふりをした方がいいのだろうか。
「きょ、今日は自由行動でしたっけ?」
「社長と専務が秘書と一緒にゴルフ。その他はみんな自由で、午後二時集合だ」
将満が起き上がった。
同時にそっと起こされる。
「飯」と促されたものの、視界の端に立派な剛杭が映り込んだ。あまりの力強さに視線を奪われる。
「悪ぃ。気にしないでくれ」
ばつが悪そうに言った将満はそっと掛け布を引っ張った。
前の彼氏だったら時間を問わず「慰めろよ」と迫ってきた。
頭痛がするとか、だるくて辛い、なんて言おうものなら「自分優先」「思いやりがない」など散々けなされた。
しかし将満はそっと身を引いた。後でこっそり自己処理するのだろうか。
正直、迷った。
このままでも将満は気にしないだろう。
(でも……)
熟睡させてもらえたお陰か、頭痛はないし気分もすっきりしている。久しぶりの安眠に今日は心身共に調子が良い。
(それなら……)
将満の目を見た。なに? と微笑みながら首を傾げてくる。その優しい笑みを見ていると、体を許したくなる。
「ローションってまだありますか? アレで濡らせばすぐ……」
お風呂だってそこに――。
言ってから羞恥で顔が真っ赤に染まった。一体、自分はなにを言っているのだろうか。
(色狂いって呆れられてしまう)
誘っておいて後悔するなんて、本当に馬鹿だと思う。
「あの、ごめんなさい。わ、忘れてください」
消え入りそうな声で言ったが遅かった。
「こんなありがたい申し出、忘れられるかよ」
息ができないくらい強く抱きしめられた。
熱い束縛が緩んだ時、無骨な指が背中から脇、そして尻へと滑り落ちていくのを感じた。
その感覚だけで体の奥深くが疼いた。体は明らかに将満に抱かれたがっている。雄々しい剛杭に泣かされたい、と期待していた。
「一回だけ……すまない」
「謝らないでください。あの、わ、私も欲しいです」
「っとに! 最高だなっ」
将満が枕元をゴソゴソと探った。そこからローションのボトルが出てくる。一体、ナニをどれだけ準備していたのだろう。
呆れてしまうが、自分よりも将満の方が欲が強くてホッとする。
ヌルッと指が入り込んで来た。
ローションが注ぎ込まれ、指でたっぷりと塗り込められていく。
(将満の指で……中、掻き乱されて……、音が恥ずかしいのに、気持ち良すぎて腰止まらないっ)
淫らに腰を揺らしても将満は貶したりしない。
むしろ「もっと揺らして」と囁いてきて、一緒に「気持ちいい」と喜んでくれる。
すっかり秘所が蕩けたところで、お待ちかねの剛杭だ。
「ァァ……いい。気持ちいいぞ、里斗」
欲に満ちた言葉と重ねて吐かれる深い吐息があまりに扇情的で腹の奥がキュゥッと締まる。
屈強な男が自分の体に夢中になっている姿が好きだ。
配慮しながら責めていたはずが、段々と欲をぶつけてくる動きに変わっていくのもいい。
ベッドが軋む音を聞きながら理性を手放し、嬌声を上げながら絶頂に震える。
真っ白になる世界で指先まで痺れる悦楽に喜びながら、将満がイくのを待った。
しかし、これがなかなかイかないのだ。
向かい合わせで抱き合い、うつ伏せで奥を穿たれ、横向きで足を抱え上げられて責められる。様々な姿勢を取り、見詰めながら攻めてくるのが将満のスタイルだった。
最後はきつく抱き合った姿勢で欲の証を注がれる。
ドクドクと吐き出されたそれは、体の中に収まりきらなくて足を汚した。
「悪ぃ。また汚した」
そう言いながら露天風呂に運んでくれて、丁寧に洗い流してくれる。
見詰められるのは恥ずかしいが、優しく扱われるのが嬉しい。
甘い時間を堪能してから朝食となった。結構、遅めの朝食だ。
「いただきます」
焼き魚も味噌汁も冷めてしまっていたが、それでも充分美味しい。
「今日、どこ行く?」
焼き魚をきれいに食べながら将満が言った。
太い指が細い箸を器用に操る様は、いくら見ていても見飽きない。
「どこって……、将満は眠くないんですか?」
てっきり、バス集合時間まで寝るのだと思っていた。「仕事していたのでしょう?」と尋ねると将満はフフンと唇の端をつり上げた。
「夜行性って言ったって吸血鬼じゃねぇんだ。ちゃんと昼間だって動けるぞ」
「でも……」
せっかくゆっくりできるのだ。わざわざ歩き回って疲れなくてもいいと思う。
「里斗と一緒なら寝てなんていられねぇよ」
「そう、ですか……」
ストレートに言われると否定もできないし、嬉しいと思ってしまう自分もいる。
将満は迷い無く断言するから信じてしまいそうだ。
(いえいえ、駄目です。夜行性の人にロングスリーパーの私は合わない。無駄に我慢させてしまいますから)
胸がズキッと痛んだ。そんな胸を押さえながら考えるふりをしつつ食事に意識を向けた。
「なぁ。連絡先教えてもらえねぇ?」
「はい?」
なんというタイミングだろう。
一生懸命、意識を逸らしていたというのに、より距離が近付く方に話が進んでしまう。
「ほら、もし今日はぐれたら困るだろ?」
ほい、とメッセージアプリの連絡先交換QRコードを向けられると断る訳にはいかない。
(これは純粋に「困る」だけ? それとも、困ると言いながら何か意図がある?)
期待しそうになる自分が居る。
それをグッと押し止めながら「困るだけ」と脳内で繰り返して連絡先を交換した。
ピコン、という音と共に「お眠りシープ」シリーズのかわいい羊スタンプが送られてきた。
(このスタンプ私も持ってます! 癒やし系でかわいいし、穏やか口調がいいんですよね)
同じスタンプのほっこり系「ペコリ」を返した。それを見て将満が「お!」と嬉しそうな顔になった。うんうん、と頷きながらスマホを仕舞う。
「今日、歩いて回る所……。温泉はやっぱり癒やしだよな。どんな癒やしがあるか回ってみねぇ?」
実は調べたんだよな、なんて期待に満ちた目で見られると「行きません」とは言えない。
曖昧に頷いていると、タブレットまで取り出してきて施設情報を披露されてしまった。
特産品だの、限定スイーツだの、次々紹介されると行きたい気持ちが膨らんできてしまう。いつの間にか、真剣にコースを考え始めてしまった。
「じゃぁ、まず足湯からか?」
チェックアウトギリギリの時間まで部屋に居たのは自分と将満くらいだった。
バスに荷物を預けてから将満の案内で話し合ったコースをたどる。
「こっちだな」
肩を抱き、ゆっくりとした歩調で将満が案内してくれる。どこからどう見ても恋人にしか見えない寄り添い方だ。
(確かに腰はだるいし、支えてくれるのは嬉しいんですけど、ここまでひっつかなくても良いのでは?)
恥ずかしいと思いつつも、筋張っていて血管も浮き出た力強い腕に支えられる喜びも感じてしまう。
先導してくれる将満は心強いし、なにより「事前に時間を割いて計画を立ててくれていた」という事実が嬉しかった。
(私のために時間を使って、しかも癒やしのルート……)
二人でひとつのタブレトを見ながら目的地を探し歩くのは楽しかった。
一本道を誤ったせいで、細い裏道を抜けることになったが「大丈夫と思えば大丈夫!」と笑う将満と一緒だと本当に大丈夫だと思えた。
無事に辿り着いた足湯に並んで足を浸けた時は、二人で顔を見合わせてフフッと笑ってしまった。ちょっとした苦労が良いスパイスだ。
「少しぬるめですね?」
「お~。でも入りやすいな」
ズボンをたくし上げて足を浸ける。そうしていると、すぐ隣に五、六人の団体がやってきた。ワイワイ喋りながらザバザバと足を浸け始めた。
「里斗、こっち」
グイッと将満に引っ張られた。膝の上に乗せる勢いで抱き寄せられる。団体はこちらのことには気付かない様子で、夢中になっておしゃべりを続けていた。
「賑やかだな」
「海外の方はパワフルですね」
「ちょっとイラッとしたけど……里斗を抱っこできたから良いか」
「なに言ってんですか」
将満はこれ幸いに、とバックハグしながら耳元や髪に口付けしてくる。
足湯がメインなんだか、二人でじゃれ合うのが目的なんだか分からなくなりそうだ。
温まり過ぎると倒れそう、なんて言いながら足湯から上がると、ジェラートの看板が視界に入った。思わず視線が釘付けになる。
「やっぱ、そうなるよな」
二人で顔を見合わせ笑い合いながらジェラート店に入った。
シンプルなミルクはもちろん、季節のフルーツや野菜を使ったジェラートがあるらしい。
「野菜のジェラートって珍しくないですか?」
「おぉ。食ったことねぇな」
「シングル、ダブル、トリプル? カップに複数入れて貰えるんですね」
「二人でトリプル頼むと六種類楽しめる?」
「それいいですね。バニラ、イチゴ、サイダー、さつまいも、かぼちゃ……」
「里斗はどれが好き?」
「どれも美味しそうなんですが……、イチゴとさつまいもでしょうか」
「オッケー。トッピングも乗せようぜ」
「華やかになりますね」
店の一角がイートインスペースになっていた。
座って食べ始めたが、壁一面に並ぶメニューに圧倒あれてしまう。
「六種類どころじゃないですね」
「何回通えば全部食えるんだろうな?」
「期間限定商品もあるみたいですから、制覇するのは至難の業かと……」
「住まないと駄目だな」
「将満はリモートだから制覇いけるかも?」
「じゃぁ、まず専務を脅してだな」
「はい?」
「経理課にリモート制度導入させて、俺が環境設定して、だ……」
真顔でブツブツ言いながら将満が勝手な在宅ワーク化計画を立て始める。
「こっちの家の環境を……回線どうすっかな。経費で落とすなら……」
「将満、お仕事モードですか?」
マッチョが、カラフルなトッピングを乗せたジェラートを前に、小さなスプーンで宙になにやら描きながら真剣に考えている姿はギャップの塊で心奪われる。
そんな姿を真正面から見ているうちに、ふと思いつきでイチゴのジェラートをひとすくいスプーンにとり、口元へ差し出した。
「お?」
一瞬驚いたような表情の後、将満がパクッと食べた。
喜びを抑えきれないような笑みを向けてくる。
「めっちゃ美味い! こりゃぁ、本気で移住計画練らないとな」
「将満なら実現しちゃいそうですね」
「おう。里斗と過ごす時間を作るなら全力を出すぞ」
「それはありがとうございます」
ただ、盛り上がるだけの話にしては甘すぎて困る。
期待してしまいそうになるのをグッと堪えながらジェラートを分け合った。
思った以上に柔らかくて口の中で溶けていくジェラートは病み付きになりそうだ。しかも、将満が「ほら、あ~ん」なんて食べさせようとしてくるから困ってしまう。
口を開けないと悲しい顔をするので、周囲をチラチラと見ながら口を開けた。糖度が高すぎるジェラートだった。
(こんな時間が続いたら辛くなってしまいます)
夢のような時間は「非日常」が産んだ奇跡の時間だ。
二十一時のシンデレラは仕事と睡眠で一日を終え、夜行性の恋人に時間を割くことができない。元彼を傷付け、酷い仲になった苦い過去は繰り返したくない。
(この甘い時間は続きません)
自分に言い聞かせながらジェラート店を出た。
温泉街を歩きながら「蒸し三昧ってなんだろうな?」と目を輝かせる将満の隣に並ぶのはなかなか辛かった。
市場で野菜を買い、それを蒸し場と呼ばれる場所で蒸してもらって食べるという、温泉地ならではの昼食を楽しんだ。
旅館の夕食と朝食が食べ過ぎ気味だったこともあり、体をいたわる温かな蒸し料理はホッと一息吐ける昼食になった。
「ただの蒸し野菜って、味気ないんじゃねぇのって思った俺が馬鹿だった」
「健康的で美味しいって嬉しいですね」
もうすぐバスに戻る時間だ、と時計を見ながら思っていると、将満に「あと一カ所だけ」と腕を引かれた。
向かった先は土産店だった。
温泉まんじゅうやせんべい、どらやき、旅館のアメニティなど。様々なものが並ぶ中、将満は天然石や水晶が置かれたコーナーに入った。そこでひとつの水晶を手にする。
「こういうのは好みじゃねぇ?」
「アメシストですか。きれいですね」
「俺が贈ったら受け取ってくれるか?」
「はい?」
「ペアって訳じゃねぇけど……」
どうだ? と真正面から見詰められた。
将満はアメシストが使われた数珠と、大ぶりのアメシストがいくつも並ぶペンダントトップを持っていた。
「こんな立派な物をいただく訳には! それにペンダントはちょっと……」
「スマホとかに付けるキーホルダーにしてもらえるぞ」
「えっと……」
「俺が贈りたいんだ。不眠解消のお守りにもなるって」
(あれ? 不眠って話をしましたっけ?)
疑問が顔に出ていたのか。将満がクイッと片眉を上げて肩をすくめた。
「デスク周りにかわいい羊グッズとGABA入りチョコ並べているのを見りゃ想像つく」
「そ、そうですね……」
ごもっともです、と頷きながらも、さすがに金額を見ると気が引けた。
(要りません。いただくつもりもありません、とは言いづらいんですけど……ありがとうございます、と貰うのも……)
曖昧な返事をしているうちに将満が支払いを済ませ「キーホルダーにして欲しい」なんてリクエストしていた。
奥に居た老爺がパーツを出してきて、ペンダントトップはあっという間にキーホルダーに変わった。随分と豪華なキーホルダーだが、おしゃれで美しいのは間違いない。
「ありがとう、ございます……」
「これで俺を傍に感じてもらえたら嬉しい」
耳元でそっと囁かれ、ドキッと胸が高鳴った。
しかし、同時に刃で刺されたような痛みも感じてしまった。
(こんなに優しくされたら……忘れられなくなってしまいます……)
当惑する里斗をよそに、将満は晴れ晴れとした顔で肩に腕を回してきた。
「さぁ、バスに戻ろう」
「はい……」
ポケットに入れたキーホルダーが異様に重く感じる。
嬉しい。でも、苦しい。
将満の顔を見ると言葉にならない思いで胸が押しつぶされそうになる。
(これって、恋人に渡すプレゼント?)
そう思っていいのだろうか。いや、いいはずがない。
期待と戒めの感情で頭がパンクしそうだ。
不意に将満に強く抱きしめられた。そして――。
「俺と付き合ってくれ」
髪に口付けされ、告白されてしまった。
「順序がおかしいのは謝る。でも旅行中に見た里斗の笑顔も困った顔も意外な本性も、全部俺だけのものにしたいんだ」
「……」
押し殺したような声の後、顎に指が絡みついた。
クイッと上を向かされ、唇を重ねられた。
呆然としているうちに、甘く噛むような仕草が繰り返され、深いキスが続いた。
「好きだ、里斗」
将満は返事も待たずに愛を重ねてくる。
(なんて強引な……。でも……)
嫌いじゃない――。
でも――。
「……」
出発時間が迫っていた。
秘書がなにか言っているのが聞こえる。
「あ~、バス乗らないとな」
将満に促されて歩き出す。
結局、言葉を返せないままバスに乗ったのだった。
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