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第3話
幼馴染の、狼のβはとにかく鈍い。
――――そのはずだった。
『柊。ちょい撫でさせて?』
『柊って、かわいい…。それにやっぱエロいよな』
‥‥‥急にだ。ここ最近、清人の様子がおかしい。
耳がダメなら頭を触らせてくれから始まり、「かわいい」だの「エロい」だの……一体どうした??
彼女にフラれ続け、さらに愛してやまない猫科の雌達に相手をされなくなったショックで狂ってしまったのか。清人が野郎相手に絶対言わないようなセリフを向けてくる。
そして、そんなことを言われ続けた柊・本人は――――。
「…‥‥うわっ!? 柊くん、すっごい顔になってるよ!?大丈夫!?」
凶悪面になっている柊に失笑しているのはウサギの獣人、真央
清人と柊を高校時代から知っている共通の友人の一人である。その性格は、鈍感すぎる誰かの幼馴染とは違う。
「‥‥‥いつもこんな顔だろ」
「いやいや、ただでさえ迫力ある顔がさらに増してて怖いよ。考え事?」
「…………」
「聞かなくても分かるよ、清人くんのことでしょ? 今度は何があったの?」
「‥‥‥‥って、言われた」
「‥‥おお、それは…。え、唐突に?」
さすがウサギの耳だ、ぼやくような声をしっかり聞き取る。
真央も「あれれ? 清人くんってそっちだっけ??」と珍しく首をひねっている。
「んー…」
確かに班目柊は美人だが、儚さと弱々しさなど一切感じさせない。高身長で雄々しく、服装もヒョウ柄だの派手な格好を好む。
βの中にもスペックを見れば、御子柴清人のようにα顔負けな規格外もいるが…。
――――αの柊は長年、βの清人に片思いをしている。
ずっと昔に勘づいていたし、柊も嫌そうな顔をするだけで否定はしなかった。
番には決してなれないし、子供も望めない。
これを「恋」なんて可愛い言葉で表すのは難しいかもしれない。
それでも柊は今まで一人も恋人を作らず、清人だけしか眼中にない。清人が彼女を作るたびに――腹の内では不安と嫉妬に苛まれていたとしてもだ。
変わらず、「清人にとって一番の友人ポジション」であることだけに執着していた。
「‥‥‥僕だったら、そんなつらい想いさせないのに」
「は? お前もαだろうが」
「あはは。健気に涙ぐましい努力をしている柊くんには負けるよ」
―――いっそ、諦めてしまえば楽なのに。
けれど、柊にとってこの言葉は地雷になる。
「羨ましいよ」
「……嫌味か」
「まさか!」
そこまで惚れることができる相手に出会えるなんてαとしては冥利に尽きる。
絶対に手に入らないと分かっているからこそ、燃えてしまうのか。
◇ ◇ ◇
学生たちが行き交うキャンパスの通路。
大きな木々の木陰に入ったところで、清人に呼び止められた。
「柊、あのさ…今夜はうち来れる?」
「悪い。今日も実家」
「あ、そっか」
ぶっきらぼうな言い方に、清人も内心焦っていた。
なんだか最近柊に避けられている気がする……。
俺に彼女がいないのに柊が来なくなるなんて、滅多になかったのに。
「お前んちに泊まる用事もねぇよ」
「いや、用事なくても泊まってたじゃん」
「……」
「なぁ、俺なんかした?」
清人の若干の苛立ちと焦りが、すでに表情や態度に出ている。
狼の気質なのか性格なのか、違和感に気づいてしまうと納得するまで引こうとしない。
「ごめんって、俺は柊をその……べつに変な目で見てたわけじゃないんだってば」
「………あ?」
ああ、そう来るか。清人。
相手を変な目で見ているのは、俺のほうだって……それくらい分かっていた。
βとの恋愛なんてうまくいかないと、誰よりも知っていて…。
「ヘンってなんだよ? お前にそういう気がねぇのくらい分かってる」
「じゃあ、なんで避けてるわけ?」
「…‥‥」
避けている、ああ。避けていた。
だってお前がヘンなことを言うからだ。
意識して、こっちは―――勘違いしそうなんだ。
「だってお前、俺を抱けないだろ?」
「――――は?」
周りの喧騒が嘘みたいに遠のき、時が止まったかのような、なんとも間抜けな顔がそこにある。
馬鹿だな。本当に最悪の気分だ。
お前との関係を、こんな形でぶち壊すなんて予定になかった。
でも、こんな形で感情を振り回されるのはゴメンだ。こうなった以上、取り繕うのはあとでいい。
「え、えっと…抱けないって…。えーと」
急なカミングアウトについていけないのだろう。目の前で明らかにオロオロして必死に言葉を探しまくっている。
「言うつもりなんかなかったんだよ、とくにお前には。俺はαで男だが、男に抱かれたいんだよ」
「―――ッ」
「まぁ、普通そういう反応するよな。それが正しいよ」
「違う!ちょっと驚いて」
「いいよ、お前は男なんて興味ねぇだろ」
抱かれたいのは、お前にだけ。
その言葉だけは、喉の奥にぐっと飲み込む。
「心配しなくてもお前に抱いてもらおうと考えちゃいねーよ。今はマチアプで、誰かと知り合えねぇか探してるだけ」
そうして性欲を発散させられたら、よかったのにな…。
どうしようもないお前への恋心を、どうにかして終わらせられたら―――。
「…‥‥‥」
「黙んなよ、お前だって女子と付き合うくせに。俺に性欲があったらおかしいのか?溜まったままで、発散させるなって言いたいのか?」
おどけるようにケラケラと笑ってみせるが――――清人の反応はない。
さっきまでの様子は消え去り、真顔で……じっと俺を見つめている。
ああ、苦手だ―――。
思わず背筋の毛が立ちそうになる、狼の圧だ。
「……そういうことだから。お前もまた適当に彼女作れよ」
「待って、柊」
「!」
背を向けて立ち去ろうとした瞬間、清人に強い力で腕を掴まれた。
「それ、もう誰か相手を決めたの?」
「は? これからだけど」
「じゃあ、柊。俺じゃダメか?」
――――あ?
本当に何を言うのか、このバカ狼は。
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