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恋のキューピッド8
「十川さん、どうしました?」
「どうしました? って俺の台詞です。望月さん、今日うちに何回も来てるでしょ。急ぎの用事なら、俺が清水さんの代わりにやりますよ」
それを言うために、わざわざ走って来てくれたの?
この人、意外と優しくて熱い人だったのか?
少し落ち着きつつある呼吸とは違い、十川さんの髪は乱れたままだった。
僕は無意識のうちにそこに手を伸ばし、気づけば手櫛で整えていた。
僕が急に触れたせいか十川さんは目線を逸らし、ありがとうございますと呟いた。
その反応を見て自分のした行為を振り返り、なんだか恥ずかしくなってしまう。
再び目線が合うと、僕とは違って目力がある彼に少しだけドキッとした。
「こちらこそわざわざお気遣いありがとう。でも仕事のことじゃないから、また明日にでも話すよ」
緊張しながらそれだけ伝えると、僕を見る目がさらに強くなった。
怒っているわけでもなさそうだし、睨まれているわけでもないのに、良い意味で視線が合っているとは思えない何かがあった。
「……じゃあ、何?」
「え?」
軽く会釈をし、あとはその場を立ち去るだけで終わる会話のはずだったのに、十川さんにそれを阻止される。
腕を強く掴まれ、彼の指が食い込んだ。
「仕事じゃないなら、清水さんに何の用?」
「……え?」
やはり何か気に食わないことでもあったようだ。
でも、まともに会話したことがないほぼ初対面のようなものなのに、彼のこの態度は何なのか。
動けないようにされていることも問い詰められていることも、意味が分からないのだけれど。
「何回言わせる気? 仕事じゃない用事で、何をそんなに必死になってるんですか? って聞いているんですよ」
「いや、必死ってわけじゃないし、仕事以外の用事があったって良いでしょ。どうして十川さんに言わなきゃいけないの」
もしかして清水さんの恋人だった? とそんな考えがよぎり、「彼氏?」とつい口から言葉がこぼれる。
というかそれくらいしかこの状況に対する説明ができない。
それなのに十川さんは、盛大な「はあ?」を漏らした。そこまで変わらないとはいえ年下のはずなのに、さっきから色々と失礼すぎるだろ。
「違いますよ」
「違うんだったらどうして君にこんなことされなきゃいけないの」
「いや、まあそれは……」
急に大人しくなった彼が、掴んでいた手を離した。
解放されたはずなのに、腕には強い感触が残っている。
「ほぼ初めましてなのに何でそんなに失礼なの」
「初めましてじゃないし」
「君、いちいち突っかかるね」
気がつけば敬語が取れていて、僕も先輩ヅラした少し嫌味な奴になってしまっていた。
でも、ここまでされる理由を説明もされていなければ納得もできていないのだから、当たり前に彼の失礼な態度を許せないし、こちら側のこの口調くらい大したことではないか。
「じゃあもう僕は行くから。気にかけてくれたのかと思ったら全然違うし、十川さん、本当何がしたいのか分かんない」
「仕事以外で深く関わるような間柄に見えなかったのに、すごい必死に探していたら気になったんですよ」
「はあ、今さら言い訳? だとしてももう少しマシな聞き方を学んだほうが良いよ。僕じゃなかったらキレられてたよ」
「望月さんじゃなかったら聞かないんで」
「はあ?」
せっかくこのやりとりを終わらせてデスクに戻ろうと思っていたのに、十川さんに蒸し返され、さすがにイライラしてしまう。
彼は僕を怒らせたいのか? だとしたら何のために?
何か言い返してやろうと一歩彼に近づくと、十川さんも一歩近づいてきた。
十数センチはありそうな身長差に少しだけ圧倒され一歩分下がると、彼は無言のままでまた一歩僕のほうに寄った。
「そ、十川さん、何か嫌な感じ……」
「はあ?」
「もう、本当に戻るから!」
「ちょっと……!」
また腕を掴まれそうになったけれど、今度はそれを振り払い、自分の席へと走って戻った。
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