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恋のキューピッド11
「楽くん、一緒に戻ろうよ」
僕の気持ちを察してか、清水さんが十川さんに戻るように促してくれたけれど、「いや、望月さんと話したいことがあるので先に戻っていてください」と、それ以上は何も言えなくなるようなはっきりとした口調で返事をした。
清水さんは「楓くんごめんね」とそれだけ言って、僕とは反対側のフロアへと戻って行ってしまった。
ふたりきりになり、気まずい空気が流れる。気まずいと思っているのはきっと僕だけだとは思うけれど。
「望月さん、用事ってこれだったの?」
十川さんが口を開き、いよいよ逃れられなくなってしまった。
無視して立ち去ることは許されないだろう。
「だったら何? 全部聞いてたんでしょ? 君って本当最悪。趣味悪すぎ」
「何を言われようがどうでも良いです。さっきの話、望月さんから紹介の話題を振ったわりには、心から望んでない気がしたんですけど、それって俺の勘違いですか?」
「……っ」
「戸惑っているってことは図星? 紹介したくないのに、そういうことするってどんな心理? 清水さんのこと好きだった? そうじゃないならどんな意図があるんです?」
掴んでいた腕は解放され、両手を握られた。清水さんのとは違って、冷たい手。
絶対に顔を見たくないと俯いたままでいると、「ん?」と顔を覗き込まれた。
まさか覗き込まれるとは思っていなかった僕は、「ひいっ!」とみっともない声を出した。十川さんは、プッと吹き出すように笑う。
全てが嫌味な人だ。顔はすごくかっこいいのに中身が終わっている。
「十川さんって、本当にずっと失礼」
「じゃあ振り払って逃げれば?」
「逃がす気がないから、今日もこうして勝手に聞き耳立てていたんでしょ?」
「いくら使う人がいないからって油断しすぎでしょ。誰でも入れる休憩室で話しているほうが悪いですよ」
「またそんなこと言う。それで自分の行動が許されるわけじゃないからね」
睨みつけると、十川さんはそれさえも満足そう微笑んだ。
こういうところも嫌いだ。ほとんど知らない相手のことを、嫌いだと思うことなんてそうそうないのに。
「それでいつまでこうしている気なの? さすがに戻らなきゃ」
「望月さんが、自分の気持ちとは反対の行動をする理由を教えてくれるまで」
そろそろ離してほしいと手を振り払おうとしたら、さらに強い力で握られた。
ほうら、やっぱり離す気なんてないじゃん。
さっきまで冷たかった彼の手も、僕の体温が伝わったのかほんのり温かくなっている。
それだけの時間、どんな気持ちで僕の手を握っているんだろう。何がしたいのか分からない。
最近切っていなかった爪を彼の手に食い込ませると、ぐっと顔を近づけられた。
些細なことであっても何か抵抗をしようとすれば、こうしてそれ以上は何もできないように距離を縮められる。
宗治郎さんでさえも、こんな距離で見つめ合うことも、話をすることもなかったのに。
好きな人となら嬉しい距離感を、どうしてコイツに侵されないといけないのか。
「十川さんには関係ないでしょ。教えるわけないじゃん」
「関係ないから教えてくれないのなら、教えても良いと思える関係になりましょうよ」
「はあ? 今さら無理だよ。何も巻き返せない。君のこと嫌いだもん」
「そんなことで諦めませんよ。明日から楽しみですね」
キスでもされそうな距離まで唇が近づき、それに動揺している隙に、十川さんは僕の頭をポンポンと撫でながら背を向けた。
ここで何かを叫んだところで、彼の言う「明日から」は実行されてしまうんだろう。
僕はただ、自分の抱えてきた想いに区切りをつける準備がしたかっただけなのに。
自分の勝手な気持ちに、宗治郎さんと清水さんを巻き込んでしまった罰なのだろうか。
さっきまで握られていた手には混ざり合った体温と、十川さんの大きな手の感触が残っていた。
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