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日常の変化2

「うっ……」 「大丈夫です?」  突然強く吹いた風に前髪が持っていかれ、目に直接触れられたような痛みがした。砂埃が入ったわけでもないけれど、ツンとして涙が出てくる。  歩くのを一旦やめて溢れ出てくる涙を指先で拭っていると、「なんか目に入ったの?」と十川さんに覗き込まれた。  そうではないと伝えると、「とりあえず俺の後ろ歩いてよ。風除けにでもしてください」と、彼の背中にぴたりとくっつくように腕を引っ張られた。  「うっぷ」と背中にぶつかると、それを笑われた。ふわりと清潔感のある匂いがする。 「そういえば言ってなかったですけど、今日も洋食にしましたよ」 「ねぇ、十川さんさ、よく色んなお店知ってるよね。お弁当屋さんもそうだけど、今日のところももしかして新しい店?」  同じお店に行くときはそれで良いかと確認されるから、それがなかった今回はきっと新しいお店なのだろう。  後ろから顔を出すようにして尋ねると、振り返った十川さんと至近距離で目が合った。  ふっと彼の目が細くなり、目尻が垂れる。最初では考えられなかった嫌味のない優しい笑顔だ。  珍しく彼から逸らさずに見つめていると、やっぱり後ろにいると気になるから隣に来て、と再度腕を引っ張られた。  隣に並んだのに彼は、僕の腕から手を離さず掴んだまま。  シャツを捲り上げているせいで、直接体温が重なる。  秋になりつつあるとはいえまだ暑いほうではあるからか、触れられたところが火傷しそうだ。  けれどそれをいちいち指摘するほうが意識しているとバレてしまいそうで、何もいえずに大人しく引っ張られるままに歩いた。 「……今日も新しい店です。まあでも、元々は何も知らなかったんですけどね」 「えっ」 「望月さんのために調べているだけなんで」 「そうだったの!? ごめん! てっきり色々知っているんだと思っていたからずっと任せちゃってた。今度は僕も調べるし、同じ店ばかりでも良いし、何ならまた夕飯の残りの持ち寄りでも良いし……!」  十川さんの言葉に、焦って早口で返事を伝えると、彼は数秒だけきょとんとし、それからプッと吹き出した。お腹に手を当てながら笑っている。  出会った頃の僕なら彼のその態度にモヤッとしそうだけれど、今では彼のこういうところに安心感すらある。  特に今回のは僕が悪いし、気にしないでと気遣われるよりもありがたい。  それにこの反応ってことは、十川さんも嫌々探していたわけではないのかもしれない。  だとしても、甘えすぎて良い理由にはならないけれど。  どんな反応を返せば良いのかも分からず、足元にあった石ころを靴先で転がした。  転がった石は十川さんのほうへ行き、彼の靴にコツンと当たる。  さっきまで彼に掴まれていた腕は解放され、「あ……」と十川さんを見上げると、頬に当たっていた陽の光が一瞬遮られ、気づいたときには彼の手が俺の頭に置かれていた。  ぽんぽんと、二度優しく撫でられる。  僕は思わずそのわずかな時間だけ目を閉じた。 「良いんですよ。望月さんが何が好きなのか、少しずつ探っていける感じが楽しかったです。だから全然大丈夫。例えば、和食のときより洋食のほうが頬が緩んで選ぶのに時間がかかっているから、好きなもの多くて迷っているんだろうなあとか。意外と子どもっぽい舌だなあとか。魚は白身で焼いていないとダメそうとか」  触れられた部分に少しだけ熱を感じながらゆっくり目を開けると、変わらず十川さんは優しく微笑んでいた。  今だけ時間がゆっくり流れているように錯覚する。何だろう、これは……。 「望月さんの表情の変化で、何を考えているのか分かることも増えて来ましたし」 「……そ、そうなの? それはちょっと恥ずかしい気もするけど」  さすがに今は分からないよね?  自分でも何を考えているのか、何を感じているのか、いまいち分からないけれど、今はあまり見つめないでほしいと、そんなことを思った。 「……でもさ、どうしてここまでしてくれるの?」  再度、石ころを蹴る。今度はまっすぐ跳ねていった。 「興味があったし、俺から声をかけたし。仲良くなりたかったんですよ。今は望月さんと過ごせることが嬉しい」 「あ……」  僕が尋ねたのに、いざ答えてもらったら、ストレートな表現に戸惑って、うまく言葉が出てこなかった。  何だよそれ、とか、ありがとう、とか、そういう何でもないような返事だけでもすれば良かったのに。  改めて真っ直ぐ伝えられた言葉に、なぜだか急に彼の顔が輝いて見えた。 「ん? 眩しい?」 「いや、大丈夫……」  思わず顔を歪め、光を遮ろうとした僕の手を彼が掴んだ。少し急ぎましょうと、そんなことを言いながら。  さすがに手はどうかと思ったけれど、「軽く走ろう」と強く引かれ、彼の大きな一歩に置いていかれないようにすることを優先した。   「そういえばさ、俺が一生懸命頑張らなくても、望月さんは食事に行ってくれるってこと?」 「……そりゃあ、もちろん。僕も提案する。探すよ」 「最初あんなに嫌がってたのに?」 「うう……、ごめんてば」 「ははっ」  昨日の夜に降った雨でできた水溜りを飛び越える。やっぱり少しだけ、何もかもがキラキラして見えた。

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