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好意の在処3
先に数歩だけ歩き始めた十川さんに追いつこうと身体を向けたとき、「楓!」と後ろから名前を呼ばれた。
こんな場所で誰が? と悩むことも、振り返ることをしなくても、誰に声をかけられたのかすぐに分かった。
改札を出てからもそれなりの人混みなのに、すーっと耳に入ってくる声。
「……っ、」
間違いない、宗治郎さんだ。
急に呼ばれた僕の名前に反応し、先を歩いていた十川さんがこちらを見る。
その十川さんと少しだけ視線を合わせた後、僕もゆっくりと振り返った。
「やっぱり楓だ!」
「宗治郎さん……」
それなりの大きさで呼ばないと声が聞こえないくらいの距離を、走ってきた宗治郎さんが一気に縮めた。
会わない間に少しだけ髪が伸びていた宗治郎さんを見て、大学生の頃を思い出し懐かしくなる。
清水さんを紹介する前に会ったとはいえ、久しぶりの宗治郎さんに胸が苦しくなった。
近いうちに向き合うべきだと思っていたもののこうして予期せぬタイミングで会ってしまったからか、心臓が騒がしくなり動揺する。
一瞬呼吸の仕方を忘れてしまい、思わず咳き込んだ僕の背中を宗治郎さんが咄嗟に摩ってくれた。
「大丈夫か?」
「あ、はい。すみません」
自分の動揺っぷりには呆れるけれど、それでも宗治郎さんに会えた嬉しさは想像以上に大きく、自然と笑顔が溢れた。
それにつられるように宗治郎さんも笑い温かで穏やかな空気が流れ、それもまた嬉しく思える。
宗治郎さんは、目尻に皺を作り優しく口角を上げ、僕の髪に触れた。
そっと頭を撫でられ、彼の手の感触にまた、心臓が一段とうるさく跳ねた。
「楓、久しぶりだね。後ろ姿を見かけたからついね」
「お久しぶりです」
宗治郎さんに返事をしただけで、後ろにいる十川さんに対し何のフォローもできないままでいると、十川さんが僕のほうへ戻って来て背後にぴたりと立った。
宗治郎さんが僕の目から徐々に視線を上げ、後ろにいる十川さんへと意識を向ける。
「……あ、ごめん。邪魔したね。楓はこの方とふたりかな? 初めまして、楓とは大学からの知り合いで。大貫と言います。急に呼び止めてしまってごめんね」
「どうも。望月さんとは違う部署ですが、同じ会社の十川です」
気のせいかもしれないけれど、十川さんが「望月さん」と僕の名前を呼ぶときに、いつもより力が入っていたように思う。
「……十川? もしかして楽くん?」
「え? 何で俺の名前を知ってるんですか」
「ああ、沙織から聞いていてね」
清水さんが十川さんのことを話しているのは同じ部署だし、よく一緒に仕事をしているから当たり前のことだろうと何の驚きもしなかった。
けれど、宗治郎さんが「沙織」と名前呼びになっていたことで、先月から付き合ったふたりの距離が、また近づいていることを思い知らされてしまった。
楓、と僕の名前を呼ぶとき以上に声色が優しい気がする。……って当たり前か。彼女なんだから。
「……沙織? えっ、清水さんですか?」
宗治郎さんと清水さんの事情を知らない十川さんが、ふたりはどういう関係だ? と気にしているような顔で僕のほうを見た。
さっきから僕は自分のことばかりで、十川さんが戸惑うだろうことに何の配慮もできていなかったと気づき、手でごめんねと示した。
「その通りで、十川さんの思っている清水さんだよ。……宗治郎さんと清水さんは付き合ってるの」
「……え、あ! もしかして望月さんが以前紹介した相手って」
「……うん、そうだよ。紹介したのは宗治郎さん」
「なんだ、そうだったんですね」
そうだったんですね、と答えた十川さんを見て、これで僕が何に落ち込み、何に悩んでいたのかを知られてしまったかもしれないと思った。
そう答えた彼の表情に特に変化はなく、それにほっとしたような、でも油断もできないような気持ちになった。
宗治郎さんに偶然会ったことも含めて、やはり落ち着くタイミングはなさそうだ。
「沙織と今から適当に食べようかって約束をしてて。でも少し遅れるって連絡が来て待っていたところ。楽くんと楓は?」
宗治郎さんも特に何の表情の変化もなく、気軽に話しかけてくる。この中で色々と勝手に考えてぐるぐるしているのは、どうやら僕だけみたいだ。
「ああ、清水さんは僕らが出るときにまだ残ってましたもんね。僕たちはふたりです。仕事がずっと忙しくて、いったん区切りがついたのでプチ打ち上げみたいな」
「プチ打ち上げ、なんか良いね。楽しそうだ。……あのさ、もし良かったらだけど、一緒に食べない? 沙織も喜ぶと思うし、楓とも久しぶりに話したいしさ」
「えっ……」
さすがにそろそろ宗治郎さんとの会話を終わらせなければ、とそう思い始めたタイミングで、彼からまさかの提案がなされた。
宗治郎さんに何の意図が? と思ったけれど、純粋に誘ってくれているだろう表情でそれにも戸惑う。
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