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バレンタイン3

 正直食べている彼の姿を見て、手作りでもちゃんと食べるんだ、とか、メッセージ読むんだとか、そういうことで頭がいっぱいになってしまっている。  手作りだから食べないとか、メッセージカードを読まずに捨てて相手の気持ちを踏み躙るみたいな、そういう人であってほしいわけでは絶対にない。  でもどうしてかそれを願ってしまうような気持ちもあった。    別に本命チョコを嬉しそうに食べているわけでもなければ、メッセージにも興味がなさそうなのに。  それでもどうしてか、モヤモヤとしてしまう。    僕は2つ目のチョコには手を伸ばさず箱を閉めた。もっと穏やかな雰囲気で味わったほうが良いに決まっている。 「……お返し、するの?」  僕の勝手な感情をできるだけ抜きにして、自然に尋ねた。 「え? 望月さんだってするでしょ?」  期待したものとは違う答えを返され、僕は「まあ、そうだね」とぎこちなく返した。  でも、僕が返すのは、どう見ても義理だと分かるものに対してだけだもの。  同じく僕も義理チョコとして渡すだけであって、明らかに本命だと分かるチョコに、さらりとお返しなんかできない。 「だけどさ、本命は別でしょ?」 「本命? ああ、このチョコのことですか? だとしても俺には関係ないんで」 「え?」  変わらず、もらったチョコを口に運びながら、十川さんは迷いなく答えた。  関係ないって、どういうこと? 「あっ、雑に選ぶって意味じゃないですよ。当たり障りないものを適当に選ぶってことです。俺はあげたい人にはちゃんと渡したので」  思わず眉間に皺が寄った僕を見て、彼は慌てて付け足した。  けれど、それはそれで違うざわつきを僕に与えた。 「……え、そうなの?」  さっきのように自然に聞こえる返事を意識することはできず、心臓がぎゅうっと掴まれた気がした。 「えっ、あげたじゃん」  それなのに、十川さんはけらけらと笑いながら僕を指さす。  勝手に落ち込んだのは無意味だったようで、数十秒考えた後、彼がチョコをあげたくて渡した人が僕だと気づいた。 「え……、僕?」 「うん」  僕以外に誰がいるのか、とでも言うような表情で、十川さんがこちらを見る。  相変わらず意図は分からないけれど、ふざけているわけではないようで、それに動揺した僕の頬がじわじわと赤くなっていくのが分かった。 「へ、へえ……」  間抜けな声を出し、とりあえず十川さんから視線を逸らした。  震える手でペットボトルのキャップを開け、彼にほんの少し背を向けるようにしてお茶を飲む。  でもそれが不自然で、返って意識しているとアピールしているように思えて、キャップを閉めたと同時に、また彼のほうへと視線を動かした。 「……休憩終わりますね。そろそろ行きます?」 「うん」  椅子から立ち上がり、ゴミを袋に入れた。先に片付け終えた僕は、もらったチョコを袋に入れる彼を黙ったまま見つめた。  少しだけ、胸が苦しい。 「十川さん」 「ん? なに?」 「ホワイトデーにお返しあげるね」 「えっ」  彼の名前を呼んで、お返しの話をするまでの自分を、うまくコントロールできなかった。気づいたらそんな言葉を口にしていた。  どういう意味のバレンタインチョコかも分かっていないのに、僕はどんな気持ちをホワイトデーに返すつもりなの。 「……十川さんがくれたお店のより、おいしいチョコが見つかるのかは分からないけどね」 「もらえるなら何でも嬉しいです。手作りだったら特に」 「作ったことない」 「だから良いんじゃん?」 「……そうなの?」  十川さんが大きく笑ったその表情が、あまりにも嬉しそうに見えて、もう彼にどう思われても構わないからと一気に目を逸らした。  誤魔化しきれない頬の熱を、手の甲で冷まそうとして押さえつける。  自分が今日、僕にチョコをくれたのだから、お返しを貰うことに対しては肯定的な態度だろうと予想は当たり前につくのに。  想像を超えた、笑顔を向けられて、何の意図が込められたのか分からないこのチョコに、意味を持たせたくなってしまった。  ダメだ。期待してしまう。  期待しても、その先のことなんて何も分からないのに。  期待通りになったら、僕はどうするの。  十川さんは、僕に期待させて何がしたいの。  視界の端で、片付け終えた十川さんが見えたから、僕は彼のほうを向くことなく「行こう」とだけ声をかけ、休憩室の扉に触れた。  入るときには感じなかったのに、今はあまりにも扉が冷たく思えて、頬だけでなく全身が熱っていることを自覚する。 「望月さん」 「あっ……」  ドアを数センチだけスライドしたところで、僕の手に十川さんの手が重ねられた。  ドアはこのまま僕が開けるのに、どうして手を重ねるんだと、パニックになってしまう。  上手に息ができない。  視線を動かすと、僕の胸元が大きく動いているのが見えた。  自分のうるさい呼吸音が耳に響くだけではなく、視覚的にも動揺していることが分かって、それにまた恥ずかしくなる。 「あのさ、もし俺があのまま望月さんに」 「……僕に?」  重ねられた手に、十川さんが力を込めた。  彼の息遣いをすぐそこに感じる。  僕の鼓動も、背中から彼に伝わってしまいそうだ。  どうしよう、これ以上近くにいたら……。 「……いや、やっぱり今は良いです」 「えっ」 「すみません、また今度」  結局気持ちを揺さぶられただけで、十川さんは僕に何も言わなかった。  ただ、僕の手ごとドアを開けるものだから、彼の手の感触がいつまでも残っていた。 「望月さん、午後も頑張ってね」 「……ありがとう。十川さんもね」  休憩室から少ししたところで、それぞれの部署へと分かれて歩いた。  変わらず心臓が痛くて、「落ち着け、早く」と呪文のように何度も唱えながら、拳でトントンと叩く。  

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