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バレンタイン6
「鼻歌? 可愛いね」
「え?」
「歌ってましたよ、ご機嫌ですね。良いことあったの?」
「……あ、いや、別に」
今が楽しいから、とそう言えるわけもないから、最近よく聴いている曲で頭から離れなくなったことにした。
でも鼻歌は無意識だったから、何の曲だったのか自分でも分からない。僕は何を歌っていたんだ……。
「よく聴いてるんだ?」
「う、うん……」
頼むからそれ以上曲について突っ込んでこないでと、心の中で祈った。
恥ずかしすぎる……!
「はっ!」
「今度はどうしたの?」
「いや、何でもない……」
鼻歌だけではなく、実はスキップまでしてしまっていたかもしれないと、自分の手足に意識を集中させ、動きの確認をした。
そうこうしているうちに、手と足を同時に出してしまうようになり、それを見た十川さんに笑われる。
「ねえ、望月さん。わざとやってる?」
「……なわけないでしょ。もう何も言わないで」
恥ずかしさがピークになった頃、「着きましたよ」と声をかけられ、顔を上げるといつの間にか店に着いていた。
まだ何を食べるか決めていなかった十川さんが、外に置いてあるメニュー表に意識を向けたため、少しだけ緊張が取れ、恥ずかしさも薄まった。
「何名様ですか?」
入り口に立っていると、店員さんに声をかけられ、「ふたりです」と十川さんが答えた。
「こちらへどうぞ」
案内された席は、よく座っているいつもの席で、「またここですね」と十川さんが笑った。
この店のどこの席で食べたかなんて、どうでもいいことなのに、それをわざわざ覚えてくれて、こうして伝えてくれることを嬉しく感じた。
「最近、ずっとこのお店ですもんね」
「そうだね。近いし、予約なしで入れるしね」
急な仕事が入ることもあるから、予約して行くようなお店よりも、仕事が終わった時間に合わせて行けるほうが良いからと、最近は同じこの店ばかり利用している。
十川さんはとんかつ定食に決めたようで、お冷を持ってきてくれた店員さんに、そのまま僕の分まで注文してくれた。
氷が入っている水を、身体が冷えそうと思いながら口に含む。
「たまには違う店も行きたいですよね」
十川さんも同じように水を飲み、それから僕に微笑んだ。
僕は、同じお店でも何でも良いのだけれど、十川さん的には新しいお店を開拓したいのかな。
「じゃあ、何系のお店にする? 僕が探すよ」
「あの、ご飯も良いんですけど、甘いもの食べに行きません? 望月さん、甘いもの好きだし」
「例えば?」
「パフェとか」
「パフェかあ」
これまではランチか、金曜日の仕事終わりの食事しかしていなかったのに、甘いもののお誘いは初めてだ。
でもさすがに夕飯をパフェで済ますのは違うように思うし、二次会ってことなのかな?
それに勝手なイメージだけれど、パフェがあるお店に、仕事帰りのスーツの男ふたりで行くのは場違い感がすごそう。
「パフェはすごく好きだけど、スーツの男ふたりでお店に入りにくくないかな?」
「仕事帰りじゃなくて、休日に行きましょうよ。ちゃんとお洒落をしたら、そこまで浮きませんよ。大丈夫」
「……十川さんの言うお洒落が分からないや。僕、アウトだったらどうしよう」
「どうせ望月さんは何を着ても可愛いですよ」
「どんなお世辞だよ」
てっきり夕飯のレパートリーを増やしたいのだと思っていたのに、まさかのまさかで休日のお誘いだった。
金曜日に食事に行けたら、パフェはないってこと?
金曜日にいつも通りに食事に行っても、その週の土日に追加で会うってこと?
詳しく尋ねる勇気はなかったけれど、十川さんがせっかくの休みも僕との時間に使おうとしてくれることが素直に嬉しい。
最近、十川さんといると楽しいし、この居心地が良い関係をずっと続けたいとも思う。
相変わらず、彼の意図は分からないままだけれど、それでも前向きに受け取ってしまおう。
「とんかつ定食のお客様」
「あ、はい。こっちです」
回転の早いお店だから、少し会話をして待っているだけで料理が運ばれてくる。
僕の定食もすぐに続けて運ばれ、ふたりでいただきますと手を合わせた。
「パフェも楽しみですね」
「……うん」
十川さんに微笑まれ、やっぱりどこかふわふわとした感覚を持った。
お腹が空いていたはずなのに、これだけのやりとりでもう満足してしまい、エビフライをひとつ、十川さんにあげた。
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