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区切り1

「望月さん、今日はホワイトデーですよ」 「……分かってるよ。そんなふうに言われたらプレッシャーなんだけど」  金曜日の仕事終わり、いつものように店に向かいながら十川さんがいたずらな表情をする。  昼休憩の時間が合わなかったから、この時間までお返しができずにいた。  同じ部署の西山さんたちには、気軽にお返しですと渡せたのに、十川さんには特別な感情があるからこそ、すんなりとはいかない。  だいたい選ぶのにだって時間がかかった。  十川さんに言われた通り、手作りにすべきかとも思ったけれど、渡すときの場面を想像したらあまりにも難易度が高すぎて諦めた。  それに、渡すときに添える言葉も何回もイメージして、自然に思われるようなものを考えたつもりだ。  それなのに今になって、少しは頑張ってみても良いのでは、という考えが浮かび始めた。  意識してもらえる言葉は何か、それを本当に言って良いのか。  そういうことで悩んでいるうちに、何が正しいのか分からなくなってくる。 「えっ、そんな眉間に皺が寄るほど困らせました?」 「……これは別のこと」  最近見つけたお気に入りの洋食屋さんに向かっているこの時間に、さすがに決め切らないとと焦るせいで、無意識のうちに早歩きになる。  時間を稼がないといけないのに、頭の中で考える内容が増え、処理のスピードが上がる度に、歩く速さも比例してしまう。   「今日の望月さん、面白いね」 「……だってさあ、」  全部十川さんのせいだよ! と言えるわけもなく、それ以上何も言えなくなった僕は、黙り込んで歩くスピードを緩めた。  今さらそうしても何の意味もなく、視線を上げると店のドアの前だった。 「早く食べたかったの? いつもよりすぐ着きましたね」 「お腹が空いてたの」  可愛げのない答え方をして、店員に案内された席へと座る。  メニューはお互いに決めていて、僕はオムライスで、十川さんはラザニアだ。  前回もオムライスを頼んだけれど、そのときに十川さんに「可愛いね」と言われた。おそらくお子様だね、の意味だと思う。  けれど、それは今日ラザニアを頼んだ十川さんにも言えるのでは? と思った。  まあそれを伝える余裕は今の僕にはないから、あえて言うことはしないけどさ。  料理が運ばれて来るまでの時間を、いつもなら次にどこに行こうかとか、最近忙しすぎじゃないかとか、何だかんだ話すことがたくさんあるのに、今日は何も浮かんでこない。  早く、渡してしまったほうが良いのかもしれない。帰り際のほうが良いかなと思ったけれど、抱えていられない。  何より、これだけ動揺しているのは僕だけだろうから、軽く貰う側の十川さんと気持ちの面でのギャップを大きくしたくない。 「チョコ、今渡しても良い?」 「いつでも! ずっと待ってたんで」 「そんなにチョコ好きだったっけ?」 「望月さんから貰えるから良いんじゃん」  子どもっぽい顔で、十川さんが笑った。  期待に応えられるかは分からないけど、と言い訳をしながら彼の前にチョコの箱を置いた。  良いことではないかもしれないけれど、十川さんからもらったチョコの値段を調べ、それに少し上乗せしたくらいのものにした。  値段が全てではないけれど、かけ離れすぎると失礼だと思ったし、彼がくれた以上のものを返すことで、ほんの少しでも僕の気持ちが好意的に伝われば良いなって。  良いものをあげるということは、それなりの気持ちがあると思ってもらえそうだから。  僕に今できるアピールは、それくらいしかないし。 「箱だけでおいしそう」 「箱は食べないでよ」 「ははっ。望月さん、ありがとう」  大事に食べますと言って、十川さんは鞄に入れた。  正直すぐにでも開けて、チョコの見た目について何かコメントをくれるのでは、と思っていただけに薄ら残念な気持ちがある。  でも飲食店で、食品を取り出すわけにはいかないから仕方ないのか。  あれだけほしいと言っていたわりに、思わぬ反応がもらえずに勝手に落ち込んでいると、頼んだ料理が運ばれて来た。 「これおいしそうですよ。望月さんも食べる?」  十川さんがスプーンでラザニアを取り分け、僕のお皿に乗せてくれた。  お返しにとオムライスを分けてあげると、十川さんが柔らかい顔をして笑った。 「オムライスもおいしいですね」 「うん、次来たときもこれにする」 「ラザニアじゃなくて?」 「オムライスには勝てない」 「ははっ、そうなんだ」  何気ない話をして食事を終えると、そのまま駅へと向かった。その間も改めてチョコに触れることはなく、あっという間に僕の最寄駅に着いた。 「じゃあまた来週ね」 「望月さん、お疲れ様」  次の日の予定も何もないのに、十川さんはそう言って手を振るだけで何も言ってこない。  もしかして、チョコが気に入らなかった? でもそんなことを気にするような人ではないと思うのに。  閉まるドアを見ながら手を振り続け、見えなくなるとゆっくりと改札へ歩いた。  やっぱり何か間違った? 手作りが良かった? いやでも……と、色んな考えが浮かんでは、「十川さんはそんなこと気にしないはず」で打ち消すことを馬鹿みたいに繰り返す。  帰宅してからもその思考は消えず、もやもやとしたまま週末を過ごした。  

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