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区切り2

 翌週、十川さんに会うのが少しだけ不安な気持ちを抱え、清水さんに用事があった僕は彼の部署へと行った。  どうせ昼休憩で過ごすのだから、今のうちに少しでもこの気持ちを落ち着かせていたほうが良いに決まっている。    彼を見かけたら、いつも通り挨拶をしよう。 「あ、楓くん! ありがとうね」  僕に気づいた清水さんが手を振った。僕の名前を聞けば十川さんがすぐに反応すると思ったのに、いつまで経っても何も聞こえてこない。  周囲を見ると、十川さんの姿はなかった。 「楽くんが気になる? たぶんもう少しで戻って来るよ」 「いや、気になるとかではないんですが」 「そう? でも楽くんは楓くんに会いたそうだったよ」 「え? そうですか?」  そんなやりとりをしながらも清水さんとの用事を終えると、彼女は僕にどら焼きをふたつくれた。 「これ貰い物なんだけどね、家にいっぱいあるから後で楽くんと食べてね」 「ありがとうございます」  清水さんから受け取った資料とどらやきを抱え、微妙に遠回りになるけれど、十川さんの席の横を通ることにした。  僕のとは違って、いつ見てもきれいに整頓されている。  そう思いながら見ていると、パソコンの横に僕があげたチョコと同じ箱のものが置いてあった。  僕があげたものか、それとも同じものを誰かにもらった?    思わずそれを手に取ると、井上さんに名前を呼ばれた。  井上さんとは話す機会がなかなかないから、すごく久しぶりに感じる。 「それね、今日の朝自慢してたよ。贈り主知ってる?」  僕の隣に立った井上さんが、箱を指さした。 「自慢、ですか?」 「ホワイトデーのお返しが貰えたんだ、良いでしょって、言ってた。これって十川さんがバレンタインに誰かにあげたってことだよね」  井上さんの言葉に、緊張が走った。  誰かに同じものをもらったなんてことはなくて、これは確かに僕が渡したものだ。  だって、先月の十川さんの発言的に、バレンタインに彼がチョコをあげたのは僕しかいなかったと思うから。  ここに来るまで不安だったのに、今は嬉しさと恥ずかしさしかない。   「あの十川さんが渡すって、想像つきます? 望月さんって仲良いから何か知ってそう」  さすがに僕ですとは答えられないから、知らない振りをして首を横に振った。 「うちの部署には、十川さんにキャーキャー言う人が少ないから良いし、彼も話をする人を選んでたみたいだから大丈夫でしょうけど、他の部署の人で、十川さんにチョコあげた人たちが聞いたらやばいですよね? だから置かないほうが良いんじゃ? って言ったんですけどね。賞味期限近くなるまで食べないんですって」 「へ、へえ……」  自分の頬や耳が赤くなっていく音が聞こえた気がした。  話し終えると井上さんに、「望月さんだから話しただけなので、十川さんには内緒にしてぐたさいね」と言われたけれど、こんな話を僕から彼にできるわけがない。  言われなくても言いませんよと思いながら、「早く食べたほうがおいしいでしょうにね」などと、よく分からないコメントを井上さんに返した。  それから、チョコを元の位置に戻す。    今、十川さんに会ってしまったらまともに顔が見られないかもしれない。  どうやら何の不安も抱かなくて良かったようだ。  昼休憩で会うときまでに、心を落ち着かせておこう。 「それじゃあ、僕はこれで」  井上さんに軽く会釈をし、清水さんに手を振った。それから後ろを向くと、人の気配がし、まさかと思いながら視線を上げると十川さんと目が合った。  こういうときに限って……、なんでいるの。 「あっ……」 「もしかして、見ました?」 「えっ、ああ、うん……」  ここに立っていて、見ていないと言えるわけがない。正直に答えると、十川さんが俯いた。 「十川さん?」 「ちょっと、来て」  手首を掴まれ廊下に出ると、ようやく視線がぶつかった。  僕のほうがドキドキしていたはずなのに、余裕のない十川さんを見ているうちに落ち着きを取り戻す。 「バレンタインのときに、調子に乗ってたじゃないですか」 「え? 誰が?」 「俺が」 「そうかな……」 「だからホワイトデーは、クールに決めようと思ったんですよ」 「ええ?」  そのわりには、貰う前まではしゃいでなかった?  貰ってから急にテンションが変わった気がしたから、何かまずいことをしてしまったのかと、僕はひとりで焦ったのだけれど……。 「クールとか気にするキャラだったっけ?」 「や、最近自分を見失ってて」 「そう、なの……?」  よく分からないけれど、とにかく僕が何も気にする必要はなくて、十川さんが勝手にひとりで何かを考えた結果だったようで安心した。  安心して良いのかも分からないけれど。 「つまり、喜んでくれているってことで良いんだよね?」  彼の顔を覗き込み、そう尋ねた。 「喜ぶに決まってるじゃないですか」 「そっか……」  お互いそれ以上何も言えなくなり、沈黙が流れた。  ちょうどそのとき、ガラス越しに清水さんが僕に気づいて、手を振って来た。  それから、目の前の十川さんを呼ぶようにとジェスチャーする。 「十川さん、呼ばれてる」 「え、今?」 「今だよ。まあ今って仕事中だからね」    本来はこんな話をここでしている場合ではない。  背中を叩くと、何か言いたげな顔をして十川さんが僕を見た。 「今日って昼休憩一緒ですよね?」 「僕はそのつもりだったけど」 「俺もです。じゃあまた後で」 「あ、十川さん。賞味期限に限らず、早く食べたほうが良いからね」 「えっ、それまで聞いたんですか!」  普段のほうがクールでは? と思うほどに、珍しく十川さんが狼狽えながら戻って行った。

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