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区切り3

◇    年度が変わって数週間はお互いに忙しく、下旬になってようやく少しずつ落ち着いてきた。  それに伴って、長らくできていなかった休憩室でのランチを再開した。  食べに行ける余裕はまだないけれど、こうして職場でも一緒に過ごせることが嬉しい。 「望月さん、最近全然時間合わないね」 「ランチと金曜日の夕食はね。でも2週間前の日曜日に出かけたじゃん」 「たまの休日イベントがあれば、平日のこのランチはどうでもいいってことですか」 「そうは言ってないし、何拗ねてるの」  僕ではなくて十川さんのほうが残念そうにしている状況に笑っていると、いきなり休憩室のドアが開いた。  自由に出入りできる部屋だから、誰かが入って来てもおかしくないのに、普段は使う人がいなさすぎるせいで、ドアが開く音に過剰に反応してしまう。 「やっぱりここにいた。ここ使うのあなたたちくらいよ」 「清水さん……! 急に開いたからびっくりしましたよ」 「ノックするのも違うかなって。ごめんね」  笑いながら入って来た清水さんが、僕の正面に座る。  十川さんに急ぎの用事でもあるのかと思ったけれど、雰囲気的に違うみたい。 「僕に用ですか?」 「……うん」  どこか照れたような表情の清水さんが、遠慮がちに頷いた。 「メッセージ送れば良かったんだろうし、タイミング的にもっとちゃんと決まってからとかのほうが良いんだろうけどさ……」  もしかして、結婚の話……?  それが表情に出ていたのか、僕は何も言っていないのに清水さんが「違う違う!」と手を振った。 「そう思われるよね。全然違うの。今月から結婚を見据えて同棲しているだけで」 「あっ、そうなんですか!」 「婚約でも結婚でもないのか、って思ったよね? 紛らわしくてごめんね」  照れたままの清水さんが、何度も頭を下げた。いつもしっかりしているのに、こんなに可愛らしい人だったのかと、なぜかほっこりする。 「まだそれ以上のことは何も決まっていないし、今後どうなるか分からないんだけど。それでもね、楓くんにお礼が言いたくて」 「お礼ですか?」 「彼と出会ってから、すごく人生が豊かになったんだよね。びっくりするくらい穏やかに過ごせているの。それで、半年経った節目として、お礼がしたいなって」  今まで見たことがないくらい、清水さんの顔が赤くなっていた。 「良かったら、私たちと一緒に今度食事に行かない?……」  肩に力が入っていて、気軽に誘われているわけではないと分かる。  本当に心から感謝をされていることが伝わった。  僕のエゴを押し付けただけなのに。こんなふうに言ってもらえるなんて。 「それ、俺も行って良いですか?」  僕が返事をする前に、関係のない十川さんが答えた。 「どうして僕が返事をする前に十川さんが返事するの? そもそも呼ばれてもいないのに?」 「いや、目の前で聞いちゃったんで」 「だからって」  もしかして心配してくれているのだろうか。  僕がまだ、宗治郎さんのことでつらい思いをするかもしれないって。  十川さんのほうに寄り、僕は「心配いらないよ、大丈夫だよ」と小声で伝えたけれど、「そういうことじゃないんで」と返された。  ……じゃあ、どういうこと? 「私たちは構わないけど……。楓くんが良いなら、もちろん楽くんもどうぞ。ふたりっていつも一緒だもんね」  十川さんが入ってきたことで清水さんの緊張がとけたのか、いつも通りの彼女に戻っていた。  それに、いつも一緒だと微笑まれたせいで、僕のほうが緊張してくる。  確かにいつも一緒にいるけれど、改めて言われると恥ずかしい。 「そうなんです。俺たちふたりでひとり、みたいなものなんで、いつも一緒にいなきゃなんですよ」 「え?」  それなのに、僕の気持ちを知らない十川さんが、ふざけた返事をした。  「楽くん変なの」と、清水さんも笑う。それ以外言えないような、謎の冗談。 「十川さん、どういうつもり?」 「事実ですよ」 「楓くんといる楽くんって、たまに変だよね」  十川さんのよく分からないコメントに、よく分からないまま救われ、さっきまでの緊張は消え去った。  清水さんの緊張もほぐれたし、僕の気分も落ち着いたし、めちゃくちゃなことを言いながら実はこれを狙っていたのか? と、僕まで変なことを考えてしまう。  さすがにそんなわけないか。 「仕事の日はなかなか合わないかもしれないから、来月の土日のどちらかでも大丈夫かな?」 「土日なら大丈夫ですよ」 「楽くんも?」 「望月さんが行ける日に合わせられます」 「じゃあ候補日が決まったらまた連絡するね。ふたりとも、ありがとう」  清水さんが休憩室を出て行くと、十川さんが僕の肩にもたれてきた。 「俺が参加したら嫌だった?」 「え、今さら気にするの?」 「そりゃあ気にしますよ」 「あんなこと言っておいて?」  ふたりでひとりだもんね、と言って、もたれた彼の頭を撫でた。  「俺は本気で言ってたんですけど」と、拗ねた表情の十川さんが可愛い。 「本気にしては、ダサすぎる言葉だね」 「望月さん、ひどい」 「今度はもっと、面白いこと言って」 「え〜」  頭に触れるのをやめると、十川さんも僕の肩から離れ、それから手を握ってきた。   「何かあったらすぐに言ってね」  やっぱり心配してくれていたのかも。 「ありがとう」  僕は彼の手をそっと握り返した。

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