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温めたい気持ち1
先月に十川さんと少し不穏な空気になって以降、あっという間にゴールデンウィークが過ぎっていった。
あの日の翌日から今日まで、十川さんとは何事もなかったように過ごすことができている。
ただ、僕が勝手に、あの日のことを思い出して、戸惑うことはあるけれど。
「望月さん」
いつものように休憩室で昼食をとっていると、十川さんがスマホの画面を見せてきた。
「ん? 中華街?」
テレビのロケで見るような写真が並んでいる。
「今週の土曜日、ここ行きませんか?」
「えっ、行きたい……!」
思わず声をあげると、十川さんがほっとしたような表情をし、それから机に頰を当て、僕をじっと見つめた。
「最近ちょっと、俺たちよそよそしかったじゃないですか……」
「……そう、かな」
「全部俺が悪いんですけど。本当にすみません。それもあって、週末誘いにくかったところもあったんですけど、望月さんがそうやって喜んでくれて、ホッとしてます」
視線を少しだけ逸らした十川さんが、どこか気まずそうな雰囲気を出しつつ、そんなことを言う。
十川さんが悪いとは思っていなかったけれど、かと言って僕からごめんなさいを言う勇気もなく、それが正しいのかも分からずにそのままにしてしまっていた。
だから、こうしてきっかけを作ってもらえて嬉しい。
「喧嘩とは違いますが、俺と仲直りしてくれますか?」
十川さんが起き上がり、それから手を差し出す。その手を握ると、ただただ優しく包み込まれた。
「僕もごめんね」
ふたりとも謝り合って終わったはずなのに、手を離すタイミングが分からなくなり、しばらくそのままにした。
彼が指先で僕の手の甲を撫でるのが心地よく、繋いだままで僕は机に頭を預けた。
「……十川さんといると、楽しいよ」
「俺も、です」
「うまくできなくて、ごめんね」
彼の手をぎゅうっと握ると、十川さんも僕と同じ姿勢になり、それから強く握り返してくれた。
見つめあったまま、ふたりで穏やかに笑い合う。
「……中華街、行くの初めてかも。少し遠出だね」
「実は俺も行ったことないんですけど、来週の月曜日って望月さんの誕生日じゃないですか。そのお祝いで行きたいなって」
「えっ、あ、本当だ。僕の誕生日だ。よく覚えてたね。てか、何で知ってたの?」
そういえば、以前から僕の誕生日を知ってくれていたけれど、僕からその話をした覚えはない。
清水さんにでも聞いたのだろうか? でも、清水さんに話した覚えもない。
「望月さんのことは何でも知ってるんでね。当日はあまり祝えなさそうだから、前倒しになるけど良い?」
「何でも嬉しいよ。ありがとう」
まさか祝ってもらえるとは思っていなかったから。初めて行く場所だし、十川さんと食べ歩きなんて楽しそうだ。
「望月さんは、26歳になるの?」
ふと、十川さんに聞かれた。
「そうだよ」
自分で答えながら、自分の年齢にびっくりする。もう20代後半になってしまうのか。
中身がちっとも伴っていないような気がするけれど。
「次の俺の誕生日まで、一時的に2歳差かあ……」
相変わらず手を握ったままで、十川さんが少し残念そうな顔をする。
「年の差って言ってもさ、そんなにないのに。気になるの?」
「だって、どう考えたって望月さんに追いつけないじゃないですか」
彼の僕の手を握る力が、これまでより強くなった。
「そりゃあね。誕生日はどうにもできないからね」
「や、そうじゃなくて。大貫さんみたいな、大人の雰囲気を今の俺が出せないという意味で」
「宗治郎さん? あんなふうになりたいの?」
ここで宗治郎さんの名前が出てくることに驚く。それから、十川さんのが宗治郎さんを気にしていることにも。
「なりたいとかではないんですけど、望月さん的に後輩に頼ったりしなさそうだから。頼られる存在になりたいんですよ。俺なりに色々考えてるの」
「仕事面では十川さんに頼ることは少ないかもしれないけど、でも、普段は頼りがいがあるなって思うことだってあるよ」
彼が何を気にしているのか分からない。
僕が十川さんのことを後輩として可愛がって世話を焼いているのなら、少しでもそのお返しがしたいと思ってもおかしくないだろうけれど。
実際の僕たちは、後輩に世話を焼かれる先輩の図だと思う。
「例えば?」
「……そう聞かれると難しいけど」
ただ、説明しようにも、分かりやすい具体例が出てこない。
十川さんに対しては、頼りにしているよ、君になら何でも任せられるよ! みたいな、そういうことではないのかもしれない。
「やっぱりないじゃん」
また拗ねた顔をして、十川さんが唇を突き出した。
「そういうところは、年下っぽいなとは思うけどね。でも、出かけているときとか、十川さんのこと頼りにしてるし、一緒にいると安心感があるよ」
「本当に? 大貫さんよりも?」
「だから何で宗治郎さんが出てくるの? 宗治郎さんと比べるものではないけどなあ。でも今は、何かあったら真っ先に十川さんの顔が浮かぶよ。それじゃあダメなの?」
「それなら、今はそれで良いです」
たぶん納得はしていなさそうだけれど、十川さんはそれ以上聞くことはなく、黙って僕の手に触れていた。
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