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温めたい気持ち5

 やっぱり帰りたくない、もう少し一緒にいたい。  そんな気持ちがさらに大きくなって、今にも溢れ出しそうになった。  けれど、勝手に期待して盛り上がっているのが僕だけだったら悲しい。  それに今から僕の家に来たら、それこそ終電がなくなって、十川さんは家に帰れなくなる。  泊まりの用意もないのに、急に言われたら困るに違いない。  開きかけた口を閉じ、ぎゅっと結んだ。 「望月さん、電車来ましたよ」 「……うん」  十川さんに手を引かれ、電車に乗り込んだ。  遅い時間だけれど、休日だからか人が多い。  僕たちは座ることができずに、反対側のドア付近で立つことにした。  「けっこう長い時間立たなきゃですね。もし席が空いたらさ、望月さんはすぐに座ってね」  どこまでも優しい十川さんが、僕を気遣ってそんなことを言ってくれる。  でも僕だけが座ったら、十川さんが目の前に立ってくれたとしても距離がある。  その後に遠い席が空いて、そこに十川さんが座ってしまったら、残りの時間が寂しい。  ふと、そんな勝手なことを考えた。 「……ふたり分空いたらね。そうじゃないなら一緒に立っておきたいかも」 「え?」  考えたのは良いとして、考えたそのままを口に出してしまったことに、十川さんの表情を見てから気がついた。  頰の熱が上がり、お酒を飲んだわけでもないのにみっともなく赤くなっているかもしれない。  誤魔化すように俯き、手の甲で冷やした。 「あ、でも、十川さん疲れてるだろうし、やっぱり十川さんだけでも座って」  早口でそう伝えると、十川さんは俯いた僕の顔を覗き込み、頬を緩めた。 「俺も、望月さんが立ったままでも良いなら、ふたりで近くにいられるほうが嬉しいのでこのままで……」  頬に当てていた手を、十川さんに掴まれた。  電車に乗るときに握ってくれたけれど、乗り終えるとすぐに離されてしまったから、こうしてまた触れてもらえることが嬉しい。 「……帰りたくないですね」  困ったように、十川さんが眉を垂らして笑った。  僕がここで頷けば、彼は「じゃあもう少し一緒にいますか?」と、そう言ってくれるだろうか。    「僕も!」と、十川さんに向かって言おうとしたとき、「楽しかったからまた来ましょうね」と十川さんに先を越されてしまった。  少しの間、迷ってしまったせいで、タイミングを逃した。  せっかく自然に気持ちを伝えられるチャンスだったのに。 「……うん、また来たいな」  やっと返せた言葉も、電車が揺れた音で掻き消されてしまう。 「じゃあ、ここで」  それなりに時間は経っているのに、あっという間に十川さんと待ち合わせをした駅に着いてしまった。  ここからは乗り換えで、別方向だからもう一緒にはいられない。 「十川さん、本当にありがとう」 「こちらこそありがとうございました」  離れ難い気持ちで手を振り、それから十川さんに背を向けてホームへと歩く。  もしかしてまだ僕を見ているかも、とそう思って振り返ると、一歩も進んでいない位置から、十川さんが手を振っていた。 「……っ、」  できることなら、今からでも戻って「やっぱり一緒にいたい」と、そう伝えたい気持ちもあった。  けれど、僕には手を振り返すだけで精一杯で、身体ごと向けてそのまま走り出す勇気はなかった。 「ふう……」  寂しい気持ちが溢れそうになりながら帰宅し、真っ先にシャワーを浴びた。  それから綺麗になった手で、十川さんからのプレゼントを取り出し、箱を開けた。  入っていたのは、綺麗な紺色の名刺入れだ。  シンプルなデザインだけれど、革の触り心地や見た目に上品さがある。それに十川さんからもらえたという事実で、より特別なものに感じられた。 「連絡しなきゃ」  プレゼントを開けたこと、嬉しかったこと、どう頑張っても短い文章にしかならないのに、その数行をしばらく考えてようやく送信した。  すぐに既読が着き、それから電話がかかってきた。 「えっ!」  慌てて出ると、「少しだけ良いですか?」と、遠慮がちな十川さんの声が聞こえた。 「どうしても声が聞きたくなっちゃって」 「……僕も」  駅のホームでは言えなかった言葉を、今回はこれだけはと思って頑張って伝えた。電話越しに、十川さんの安堵したため息が聞こえた。 「ふは、望月さんも? 嬉しいなあ……」 「電話をもらえて僕も嬉しかった」  画面越しに、少し低めの柔らかな声が響き、胸が締め付けられる感覚がする。  ああ、本当に十川さんのことが好きだなあ……。 「あ、望月さん。誕生日プレゼントですけど、あれ、実は俺とお揃いなんです」 「えっ!」 「まあ俺は、黒色なんですけどね」  まさかの情報に思わず声を上げると、十川さんがけらけらと笑った。  その反応は嫌がられてはなさそうだ、と言葉を続ける。  嫌がるわけない、むしろ……。 「望月さんならお揃いでも許してくれそうだなあと思ってさあ」 「許すも何も……うん、ありがとう」 「ええ? ありがとう? お揃いだとお礼言われるんだ?」 「……うん。嬉しいから」 「え、嬉しい? そっか、嬉しいんだ……」  嫌がられないだけでお揃いを喜ばれるとは思わなかったと、十川さんが少し驚いた反応をしている。  水族館のハンカチだけでも特別だったのに、こんな素敵なプレゼントがもらえるとは思っていなかった。 「十川さん、本当にありがとうね」 「さっきからお礼ばっかりじゃないですか。……ねえ、望月さん。まだ電話続けられます?」 「うん、続けられるよ」 「じゃあもう少しだけ話しましょう」  十川さんの誘いに、見えるわけもないのに頷いた。それからもうしばらく電話を続け、僕は信じられないくらいの幸せで満たされていた。

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