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温めたい気持ち8

 翌日、楽の「ワッ!」と叫ぶ声で目が覚めた。    知らない間に僕の家に来ているから? それとも隣に僕が寝ていたから?  何に驚いているのかは分からないけれど、やはり昨日のことは覚えていないようだった。 「望月さんの家、初めてがこれかよ」  楽は少しだけ掠れた声でそんなことを言い、頭を抱える。  ……望月さん、か。  昨日は自分が僕に名前で呼び合いたいと言っていたのに。 「楽、おはよう。水飲む?」 「えっ! 楽!?」  変わらず動揺したままの彼の横で、何も気にしていない感じを装い起き上がる。僕は、意地悪したくなって名前で呼んでみた。    彼はさらにパニックになったのか、寝起きでまだ浮腫んでいる頬をパシパシと叩き始める。 「現実……」 「さっきから全て現実だよ」  さすがに酔いは覚めているだろうに、楽の反応が大袈裟すぎて少し面白い。  朝起きたら隣に好きな人がいるのだから、本当なら僕のほうが動揺するはずなのに。  自分よりパニックになっている楽を見ていると、そのおかげで冷静になれる。 「じゃあ、楽と楓さん呼びのあれ、夢じゃないってことか」 「えっ、覚えてるの!?」  油断した僕に、楽が爆弾を投げた。 「それだけ」 「それだけ……」  けれど、気にすることはないと、僕も現実を突きつけられる。    分かってはいたものの、実際に覚えていなと言われたら、想像していたより何倍も悲しい。  忘れてもらったほうが都合が良いこともたくさんあるけれど、昨晩のあのときめきは、僕だけじゃなかったと思ったのに。 「俺、なんか変なことしてないですか?」 「大丈夫だよ」  むしろ、したのは僕のほうだ。 「とりあえずさ、朝食の前にシャワー浴びたほうが良いかもね。歯ブラシも予備があるし、使って。服は……、僕が持っている中で大きいものを探しておくから」  先にベッドから起き上がると、楽にタオルを何枚か渡した。  それから彼の手を引いて、洗面所のどこに何があるか、シャンプーはどれを使うのかを説明した。 「俺、汚いままベッド使わせてもらったんですね。すみません。お詫びに一緒にシャワー浴びますか? 身体洗いますよ」 「ねえ、ふざけないで。まだ酔ってるの?」  せっかく案内している僕に、楽はよく分からない冗談を言う。 「……ダメか」  逆にダメじゃない状況って何? 「まさか本当に酔ってる?」 「酔ってないですって」  じゃあ遠慮なく使わせてもらいますと、洗面所の扉を閉めた楽に、ドア越しに「ゆっくりねー」と声をかけた。  今のうちに朝食でも作ろうか。  楽がシャワーを終えて出ると、一緒に朝食をとった。  サラダと目玉焼き、焼いたパンくらいしかないのに、楽は大袈裟なほど喜んでいて、それが可愛く思える。 「家に行って良いかって聞きにくくてなかなか言えなかったのに、こんなにあっさりと叶うなんて思いませんでした」  パンにマーガリンを塗りながら、楽がそんなことを言った。  僕と同じで、お互いの家で過ごしたいと思ってもらえていたことが嬉しい。 「……いつでもおいでよ」  僕も彼と同じようにマーガリンを塗りながら、素直な気持ちを伝えた。  恥ずかしくて視線を合わせることは難しいから、パンに集中しているふりをして、さりげない感じで。  そんな僕に対して、楽は「泊まりでも!?」と大声を出した。   その声があまりにも大きすぎて、思わず顔を上げると、顔を真っ赤にした楽が僕を見ていた。  家に誘っただけなのに、こんなに喜んでもらえるんだ。   「じゃあ楓さん、俺の家にも来てくれます?」 「……っ、」  突然の名前呼びに、僕も彼に負けないくらい顔が赤くなっていくのが分かった。  急に呼ぶのは反則じゃないか……?  手の甲を頬に、ぐりぐりと押し付けた。 「楓さん、来てくれる?」 「うん……、行きたい」 「はあ……なんだ、こんなあっさりと」 「……ふふ」  家に行くくらいで大人ふたりがみっともないくらいはしゃいでいる現状に思わず笑うと、楽も眉を垂らして笑った。   「楓さん、口についてますよ」 「え?」  楽の手が伸びてきて思わず目を閉じると、頬に触れられる感触がした。 「パンくず、どうして頬につくんです?」  まだ熱を持っているそこに触れられ、恥ずかしくなりながらゆっくり目を開けば、楽は迷いなく自分の口へと運んだ。 「えっ、食べ……!?」  楽の行動に驚くと、そんな僕を見て彼は「可愛い」と笑った。  目尻を垂らし、口角が綺麗に上がっている。ふざけたり、揶揄ったりしているわけではないと、楽の表情を見て分かった。    昨日から、なんか変なの。楽がいつもより僕に甘い気がする。 「あ……、」    昨晩言われた、「毎日可愛いって思ってるから」という楽の言葉を思い出す。  この気持ちを納得するまで、納得するやり方で温めたいと思っていたけれど、温めたら温めただけ自分がもたないかもしれない。  楽だって、さっきみたいなことをさらりとしてしまうし。  僕はこのままで大丈夫かな。 「楓さん、何考えてるの? 眉間の皺すごいですよ」 「……うるさい」  これからについて心配や期待で色々考えてしまう僕をよそに、楽はこれまでで1番笑っていた。

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