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駆け引きなんか知らない1
「楓くん!」
「清水さん、お疲れ様です」
自販機で飲み物を選んでいると、清水さんとばったり会った。
「最近暑いよね? すぐ飲みきっちゃう」
「分かります。僕も水筒のお茶なくなって……」
7月末になり、蒸し暑い日々が続いているせいで、駅から職場まで歩いて出勤した直後に半分くらいは飲むから、すぐになくなることが多い。
ペットボトルを毎回買うくらいなら、持参する水筒を増やすか、大きめのペットボトルを冷蔵庫に常備しておくかのどちらかが良いかもしれない。
僕も清水さんも、1番安くて量の多い水を購入した。
「楓くんってさ、最近特に表情が良いよね」
ペットボトルで頬を冷やしながら、清水さんが笑った。
いきなりそんなことを言われて戸惑いつつも、すぐに楽の顔が浮かんだ。
「あれ? 赤くなった? さては恋かな〜?」
「えっ」
珍しく意地悪に口角を上げながら、清水さんが近づいてくる。
後ろに下がると、自販機に背中がぶつかった。
「って、こんなこと言ったらセクハラになっちゃうね」
「や、清水さんにそんなこと思いませんけど……」
「ごめんね。つい、気になっちゃって」
清水さんが、ぶつけた背中を気にした様子を見せ、それも含めて「大丈夫ですよ」と答えた。
「そういえばね、楽くんも最近特に楽しそう」
「へえ。仕事がうまくいってるんですかね?」
この流れでまた楽の話になるとは思わず、少しだけ動揺しながらも、変な雰囲気を出さないようにと当たり障りのないことを返した。
実際、最近はさらに仕事が順調そうだし、間違いではないはずだ。
プライベートは、わりと僕と過ごしていることが多いから、それ以外で何が起きているかは全然知らないしけれど……。
彼は、どんなときに楽しいと思うのだろうか。
「うーん、仕事はね、あの子の場合、ずっとうまくいってるのよ。すごいできる子だから。ただ性格が、楓くんと仲良くなるまで微妙だっただけで」
「ふふ、微妙って……」
清水さんは性格のことを微妙だったと言ったけれど、その話をしているときの彼女の笑顔を見ていたら、楽が可愛がってもらっていることがよく伝わった。
仕事ぶりも、彼女が褒めるくらいだから、よくできるのだろう。
これまで楽と一緒に何かの仕事を担当することがほとんどなかったから、メインで動く彼をあまり想像できないけれど、さらっとこなしていそうなイメージはある。
褒められているのは楽なのに、どうしてか僕が嬉しくなってしまった。
思わず笑ってしまうと、清水さんが「ん?」と僕の笑いに興味を持ったような反応をする。
「いや、最初は十川さんのことよく知らなかったし、良い印象がなかったのに、今じゃこうして本人がいないところでポジティブな話をしていることに面白くなっちゃったんです」
「確かに! 最初のふたりからは想像できないくらいに仲良くなったよね。ランチに出かけたり、休憩室でご飯食べたり……」
宗治郎さんのことを紹介したくて清水さんに声をかけたあたりの楽は、本当に最悪だったし、仲良くなりたいタイプでは一切なかった。
でも、あのときの楽がどんな形であれ僕に話しかけて来てくれたから、こうした関係ができたのだと思う。
今ではものすごく感謝をしているし、それにいつのまにか片想いをしているのだから、人生何があるのか分からない。
「自分でもびっくりです」
楽に、たまらなく会いたくなった。そんな気持ちを誤魔化したくて、買ったばかりのペットボトルのキャップを回す。
「あ、そう言えば! ここ最近は、ふたりでランチ行ってないし、休憩室に行く回数も少ないよね。楽くんてば自分のデスクにいることも多いし」
「ああ……」
「ふたりの時間は変わらずあるの? 楽くんは楓くんがいないと、たまに刺々してくることあるからさ。息抜きしてもらわないとって思ってるんだよね」
「刺々してるって、何ですかそれ」
まさかの情報に口元が緩む。僕に会えなくて刺々している楽って、何?
まるで、僕に会えないことがストレスみたいじゃないか。
いよいよ何でもないような表情ができなくなりそうで、僕はペットボトルの水を流し込んだ。
「本当だよ。刺々してくるんだもん」
清水さんが、顔を顰めて口を曲げるような表情をし、思わず吹き出しそうになる。
それが楽の真似だとしたら、あまりにも面白い。
「ええ? まあでも、週末は十川さんがよく僕の家に泊まりに来るんですよ。それでずっと一緒なことが多いから、仕事の昼間にふたりでいなくても、あんまり接点がない感じはないですね」
「ずっと一緒?」
「……あ、」
そんな清水さんに油断しすぎたせいで、次に彼女の表情を見たときには、とんでもない爆弾発言をしてしまっていたことに気づいた。
清水さんが、何かに気づきました、みたいな反応をし、それから目をパチパチと動かす。
彼女に気を許しすぎてしまった。うっかり話してしまった自分を責めたけれど、それももう遅い。
ただの友人のエピソードとしての話にしてしまえば良かったのだろうけれど、今さらこの話を修正する技を僕は持っていない。
落ち込んだ僕を見て、「プライベートなことに踏み込んでごめん」と謝られた。
念のため周囲を確認すると、僕たち以外には誰もおらず、知られたのは清水さんだけだったことにだけ安堵した。
「う……。恥ずかしい……」
「でも、納得したかも。最初は楽くんを避けているように見えていたのに、あるときから楽くんと楓くんのふたりでいるところが多くなってたし、この前楽くんがおすすめのお店を教えてくれようとフォルダを開いたときにね、そのお店のご飯と喜んでいる楓くんが写っててさ」
「えっ……」
「仲良いんだなあって、ずっと思ってたんだよねえ」
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