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駆け引きなんか知らない5
「この間、楓さんは大した話はしていないって言ってましたけど、聞いてたんですよ」
「うん……」
「宗治郎さんみたいな人、見つかったんですか? 俺が前に、まだ誰にも告白しないでほしいし、うまくいかないでって我が儘を伝えたことがあったけど、楓さんはもう先に進むつもりなのかなって、あのときのあんたの様子を見て思いました」
やっぱり清水さんが大きな声を出したときの発言だけ聞かれていたんだ。
でも楽がそのときの僕を見て、僕が先に進むつもりがあると感じたから、避けて今に至るんでしょ……?
それに宗治郎さんみたいな人って、何?
「そのときに、すぐに何かして先に進むつもりだったわけではないけど、でも、この気持ちにちゃんと向き合おうと、ずっとそう思ってたよ。でもそれを、楽が拒否したから……」
拒否という言葉は楽にとっては言い過ぎかもしれないけれど、僕からそれ以上だったから、このくらいの表現は許してほしい。
「え? どうしてそこに俺が関係するんですか。俺の気持ちが邪魔だったから?」
「どうしてって、だって……。邪魔って、何それ、違う。もう、意味分かんない」
「意味が分からないのは俺のほうですよ」
「だって楽は、僕の気持ちに気づいたから避けたんじゃないの? 困るって、思ったから」
さっきから何の話をしているんだ?
僕もそうだけれど、楽がはっきりしないから分からない。
暑い中、外にいることも影響しているのかもしれないけれど、頭が回らなくなってきている気もする。
「楓さんの気持ち? 違う人に向けられた楓さんの気持ちなんか知りませんよ」
楽の声がさらに震え、もしかして泣いているのかと、そんなことを思った。
「……楽? 泣いて、る……?」
「楓さんのせいだ……。ねえ、楓さん。どうして、俺じゃないの……?」
「……っ、」
……ああ、そういうことか。
さっきまでは楽のこと分からなかったのに、もしかして? と思った今、彼の言動の全てが繋がった。
楽は、僕のこの好意が楽ではない他の誰かに向けられていると、そう思っているんだ。
そして楽ではない誰かに向けられたその好意に、怒っている。
ねえそれってさ、楽も僕のこと……。
「違う人って、それが違うんじゃん」
さすがに自惚れてしまっても良いよね。
だって、そういうことでしょ……?
「……楓さんは、何の話をしているんです?」
「楽の話だよ」
「……俺?」
さっきまで全身に入っていた力が抜け、僕はへたりと座り込んでしまった。
これから起こるだろうことを想像し、期待で胸が高鳴る。
頭が回らないなんて嘘だ。こんなにも期待で騒がしくて、うるさいのだから。
僕が好きになった人が、僕のことを好きでいてくれる事実が、色んな思考や感情になって、次から次に押し寄せる。
溺れないように、流されないように、立っていることが難しい。
嬉しくてたまらない。
全身が震えて、自分の心臓の音がうるさく響いて、でもそれに幸せを感じる。
だってさ、こんなことが僕の人生に起こるなんて、信じられない。
「楽が、僕の気持ちを引き出したのに、引き出しただけで委ねさせてくれないってこと」
「……は? だからそれは、って……、え? 俺……?」
「……うん」
「え……もしかして楓さん、俺のこと好き、なの……?」
ビデオ通話をしているわけではないから、楽の姿は見えていないのに。それでも彼がどんな表情をしているのか分かる気がした。
もしかして自分のことが好きなのか? と気づいて驚く彼の声から、隠しきれない嬉しさが伝わる。
僕が抱いた好意を、こんなふうに喜んでくれる相手が楽であることに涙が溢れてきた。
「うん。……大好き。楽のこと、好きだよ」
「えっ、ちょっといったん、電話切って良いですか? いや、切らずにそのまま。……待って、うそ……えっ、本当に?」
「本当だよ」
「うわあ、待って待って。やばすぎる。え、俺だったの? かっこわる……、最悪じゃん俺……」
喜んだり落ち込んだり、それから焦ったり、電話の向こうの楽はあまりにも忙しそうだった。
僕だってこれが夢ではないかと、まだそんな気持ちがあるのに、楽が動揺しているせいで冷静にならざるを得ない。
「楓さん、今どこいます? 実は俺、楓さん家にいるんですけど……」
「え? 家!? 僕は、楽の家の前です……」
「ええっ、俺の家!? まじか、」
お互いが同じことを考えていたと、それにまた驚く。耳元で大きな音がし、楽がスマホを落としたのだと分かった。
画面が割れたのかもしれない。慌てた声が一瞬聞こえたけれど、「いやそんなことはどうでもいい」と、ひとりで突っ込む声が続いた。
「割れちゃった? 大丈夫?」
「割れたけど、大丈夫です。ちょっと待って、……、って、俺、さっきから待ってしか言ってないような気がするけど。とりあえずそこで待てます? すぐ戻るんで」
ぽろぽろと流れ続ける涙を拭いながら、僕は笑みがこぼれた。
これから楽に会えること、そしてこの気持ちを隠さなくて良いこと、もういっぱいいっぱいで、どんな表情で彼を迎えれば良いのか分からないけれど。
走って行くから一度電話を切りますと、楽にそう言われ、すぐに会えるのに名残惜しい気持ちで閉じるボタンを押そうとしたとき、「楓さん」と僕の名前を呼ぶ声に手をとめた。
「どうした?」
「俺も楓さんのこと、大好きです。死ぬほど好き。……待っててね」
「……っ、うん。待ってる……」
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