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駆け引きなんか知らない6
そわそわしながら待っていると、思っていたよりも早く楽が来てくれた。
かなり息を切らしている。電車に乗っていない時間は、全て走ったのかもしれない。額や首筋に汗が光っていた。
「楓さん!」と僕の名前を呼んだ楽に力強く腕を引かれ、そのまま何も話さずに彼の部屋へと連れて行かれた。
余裕のない楽を見ながら、僕も何を言ったら良いのか分からず、ただ黙って彼に続くしかできない。
「楓さん……」
玄関に入ると、靴を脱ぐ間もなく、彼に抱きしめられた。
汗臭いかもと言われたけれど、それはお互い様だ。
それに何より、一瞬でも離れたくないとそんな気持ちが強くあったから、僕も彼の背中へと腕を回し、しがみつくように抱きしめ返す。
「これって夢じゃないですよね」
お互いの吐息しか聞こえない静かな空間で、楽が先に口を開いた。
何も心配いらないのに、楽の声はやはり震えていて、どこか不安そうだ。
「夢じゃないし、夢にしないで」
「……良かった。夢だったら俺、死んじゃう」
「ええ? 死んじゃう?」
楽の発言があまりにも可愛くて、人生で1番頰が緩んでいるかもしれない。
思わず笑うと、「俺は本気なのに」と拗ねた声がした。
「ごめんごめん。馬鹿にしたとかじゃなくて、楽のこと可愛いなあって思っただけ」
「それなら良いですけど……。てか楓さん、色々とごめんね」
「ん?」
「楓さんの好みって宗治郎さんみたいな人だと思ってたから、俺のこと好きになってくれていたとは思わなくて……。嫌な態度ばかり、とってしまって……。本当にすみません」
段々と語尾が小さくなっていく楽の背中を、優しくトントンと叩いた。
「別に宗治郎さんがタイプだったから、彼のことを好きになったわけではないし……。楽を好きになったのは、楽が魅力的だったからだよ。誰と比べて、とか、そんなこと一切ないから。それに今こうしていられているから、もう何だって良いよ」
宗治郎さんのことは大好きだったけれど、自分の好みの基準に合うから好きになったわけではない。
それは楽も同じだ。楽が素敵だったから惹かれたんだ。
それに、ここ数週間のことは僕の中ですごくつらかったけれど、だからこそ、こうして誤解が解けた以上の出来事が起こったんだと思うから。
「……うわあ、やばいですね、これ。はあ、楓さん……。ここしばらくのこと、謝らないといけないのに、でも本当に嬉しくて。はあー……、やばい。俺、どうしようもなく勝手ですね」
僕を抱きしめたままで、楽は僕の肩に自分の頭をぐりぐりと当てた。それからこちらに視線を向ける。
顔が近くて、それに胸が鳴った。楽の頬が赤くて、愛おしさが募る。
「……楽のそういうところ、なんか新鮮かも。僕に好きだと言われたからって、そんなふうになるんだ」
「だって俺、あんたが思ってるよりも楓さんのこと大好きだよ。本当に覚悟したほうが良いよ」
僕を抱きしめていた手が離れたかと思うと、楽は僕を玄関のドアへと押し付けた。
突然の壁ドンに驚いたけれど、これだけのことで動揺はしないし、楽だって覚悟したほうが良いと、そんな気持ちになる。
「それを言うなら僕だって、楽のこと大好きだし……! それに両想いになったことがないから、僕のこの引き出された気持ちがこれからどうなるかも分からないよ」
僕は、すぐ目の前にある楽の顔からは少しだけ視線を逸らしながらも、できるだけはっきり伝わるように叫んだ。
「何でも良いです。楓さんがどうなっても、何しても、可愛いでしかないんだから」
「これからの僕を見ていないのに? よく言うよ」
「楓さん、こっち見て」
「……っ、」
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