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駆け引きなんか知らない7
楽が僕の頬を鼻を摘む。それにつられて逸らしていた視線を向けてしまった。
一度しっかりと混じり合うと、楽の目力に引き込まれるように見つめたままになってしまう。
彼の背中に回さないでそのままにしていた手を動かすと、ドアノブに当たってしまい、大きな音を立てた。
その音に驚いて、さらに心臓が騒がしくなる。
「これからの楓さんを、見ていなくても分かりますよ。楓さんは、これをしたから可愛いとか、そういうことじゃなくて、全部が可愛いの。可愛いが何をしてても、可愛いままでしょ? そういうことだよ」
楽がさらに顔を近づける。
僕はこれ以上後ろに下がることもできなければ、視線を逸らすこともできず、ただただ楽を見つめることしかできない。
「……分からないよ」
「分からなくても良いよ。楓さんこそ、俺のこの気持ちを引き出した責任をとって、全部受け止めてくださいよ。俺だって何が出てくるか分からないですから」
「も……無理……」
色んなことが起きてパンクし、その場に座り込みそうになったとき、楽が僕の身体を支え、それから軽々と抱えた。
身長差と体格差があるにしろ、男の僕をこんなに軽く持ち上げられるなんて思っていなかった。さっきまでの緊張とはまた違った驚きが押し寄せる。
「重いよ! おろして!」
「重くないから」
靴を脱ぐように言われ、僕は宙に浮いたままで靴の踵同士を合わせてなんとか玄関へと落とした。
床に落ちる音がしたと同時に、楽も器用に靴を脱ぐとそのまま部屋の中へと運ばれる。
それからふたり掛けの小さめのソファへ僕を座らせると、楽は隣に座ることはなく、僕の正面に膝をついて座った。
「楓さん、俺と付き合ってくれる?」
まるで漫画やドラマのプロポーズかのような、そんな姿勢で僕を見つめる彼を見て、今度は僕が現実か夢か分からなくなる感覚がした。
僕は両想いになっただけではなく、大好きな人と付き合うことまでできてしまうんだ。
「……嬉しい。……うん。よろしくお願いします。でも僕、今まで付き合ったことがないから、付き合ったら何するかとか、何も分からないよ。それでも良い……?」
楽のほうへと手を伸ばし、彼の頬に触れると、その僕の手に楽がすりすりと頬を預けた。
再び目が合うと、優しく微笑まれる。
「付き合ったからって、これまでと何かが大きく変わるわけじゃないですけど、でも、遠慮せずに愛して良くなるんですよ。だから楓さん。覚悟だけはしてて、壊れないようにね」
「壊れるって……?」
優しい表情とは違って怖いことを言う楽に、僕が眉を上げると、楽は吹き出して笑った。
「構い倒してしまうかも、ってことです。俺もう我慢できないし」
「……え?」
立ち上がった楽は、僕をソファの背もたれへと押し付け、僕の肩を掴んだ。
「楓さん。付き合ったらさ、何しても良い? キスとか」
今日のどの瞬間よりも、彼の顔が近い。唇の皺まではっきりと見える。
「早く、ない……? もうしちゃうの……」
楽が初めて僕の家に来たとき、僕から彼の頬にキスをしたこともあるんだし、今さら何を縛ることがあるのかと思うけれど、尋ねられてしまうと素直に頷くことができない。
本当は、今すぐにでも触れてしまいたいのに。
「楓さんは我慢できるの? 俺とのキス、想像しなかった?」
「……してないと言えば嘘になるけど、でも」
「じゃあ想像と現実と、どっちが良いか確認してよ」
「……んっ、」
ゆっくりと目を閉じる暇もなく、気づいたときには彼の唇が僕のに重ねられていた。
「が、く……」
柔らかく、そして優しく合わせられる度に、溶けてしまいそうな感覚がある。
強引かと思ったのに、丁寧に唇だけが合わせられるそのキスに、じんわりと幸福感が胸に広がった。
「想像と現実と、どっちが良かった?」
唇が離れると、楽は意地悪な質問をし、口角を上げた。
さっきまで余裕のなさがあったように見えていたのに、今の楽からはそれが伝わらず、少しだけ悔しい気持ちになる。
「そんなの、現実に決まってるじゃん」
僕は楽に飛びつき、バランスを崩してふたりで床に寝転んだ。
カーペットも何も敷いていない床が、ひんやりと肌を刺激する。
「楓さん?」
僕だって現実のほうが良かったと、楽にそう言わせてやりたい。
それだけの気持ちで、ぎこちなさしかなかったけれど、自ら唇を押し当てた。
意地でも目は閉じないぞ! と、見開いたままにしていると、一瞬驚きからかかたまっていた楽が、僕の後頭部に手を回した。
「俺、覚悟してって言いましたよね? なのにこんなことしちゃうんだ?」
低めの楽の声を聞きながら、とんでもないことをしてしまったのではないかと気づいたときにはもう遅かった。
ねじ込まれた舌から逃がれることができない。
僕はゆっくりと目を閉じ、幸せも一緒に噛み締めた。
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