81 / 110

楽との日々3

 仕事終わりに買い物を済ませ、ふたりで僕の家へと向かった。  誕生日を祝うための手料理でも準備しておけば良かったと思いながら、いやいや平日で仕事もあったし……と心の中で言い訳し、予約していたケーキに全ての期待を込める。  どうかこのケーキで、僕の気持ちが伝わりますように。 「楓さん、ケーキの予約までしてくれてたんですね」  電車の揺れで傾くことがないようにと、丁寧に支えている箱を見ながら、楽が頰を緩めた。 「ケーキだけしかないんだけどね……。ご飯は惣菜になっちゃったし……」  食べて帰っても良かったけれど、早くふたりきりになりたいという楽の希望を叶えようとすると、仕事終わりに即帰宅する以外の選択肢がなかった。  それに誕生日は明日だから、明日しっかりとお祝いすれば済む話だけれど、とにかく一歩も家から出たくない、のんびりと過ごしたいと楽にそう言われ、それなら今日できることをしておかなければと、グダグダなスケジュールになってしまった。    手際良く料理ができれば……とは思うものの、そんなにおしゃれな料理は作れない。  素朴なご飯になるくらいなら、ちょっと特別な日に食べる惣菜のほうが良いかなと、彩りが綺麗なサラダやローストビーフ、お寿司、ヒレカツを購入した。  ケーキもそこそこなサイズのホールケーキにしたから、今日はたくさん食べないと。 「……ねえ、待って」 「ん? どうしたの?」  ふと、どこにも出かけないにしても、誕生日の明日に豪華な手料理を作ってあげれば良かったのでは? と気づいてしまった。  家から出なければ良いのなら、時間をかけて料理をしたって構わないはずだ。  それなのに、今日の惣菜とケーキのことしか考えられていなかった。 「明日が誕生日なんだからさ、明日のご飯を豪華にすれば良かったよね……。どこにも行かないことになったから、今日中にどうにかしなきゃって思ったけど、明日、家でそれなりの料理を作れば良い話だった……」  そもそも明日の予定も何も決めていない。  映画を見たり、ゆっくり話したりと、楽の希望は通常の休日と何ら変わらないものだったから、いつものようにふたりで過ごせることができれば良いなと、のんきにそんなことしか考えていなかった。  特別な日にするための演出も何もない。  初めてできた恋人の、初めて祝う誕生日に相応しいプレゼントだってない。  用意はしているけれど、気に入ってもらえるかも分からないし……。  段々と青ざめていく僕を見て笑いながら、楽は僕の頭を数回、よしよしと撫でた。 「俺が希望したせいなので、全然良いんですよ。とにかくふたりでずっと過ごしたかったの。楓さんを独占したかったんです」 「でも……」 「そんなに気になるなら、明日はピザでも頼みましょう? 俺はそうやって色々考えてくれているだけで充分嬉しいですよ」  ね? と、楽が僕の顔を覗き込む。ちょうどそのとき最寄駅に着き、僕はケーキを大切に抱えて立ち上がった。  そんな僕のことを察してか、人の流れに潰されないようにと、楽が僕より先を歩いてくれる。  それから、さり気なく手を繋がれた。前から来る人にも後ろから来る人にも、何となく僕たちが重なっていて手を握っていると気づかれにくそう。  僕は手を離すことなく、そのまま歩くことにした。  改札を出てしばらく歩くと、人通りの少ない細い道へと出る。  まだ夜にしては明るいけれど、誰も来ないからと改めて手を繋ぎ直し、今度は自ら楽の隣に並んだ。  ケーキのことを考えれば、両手を自由にして、意識をそれに集中させたほうが良いのだろう。  うっかり自分の脚に当たってしまったら崩れるから、自分の脚とケーキの間に一定の間隔をあけておかないと。  それでも、どうしてか離したくなくて、僕はケーキに視線を送りながらも、楽の手を強く握った。 「楓さん、どうしたの?」  手を握る力があまりにも強くなってしまったからか、楽の歩くスピードがゆっくりになり、それから完全に止まってしまった。  生暖かい風が吹き抜け、思わず目を閉じると、「まさか泣いてる?」と、楽が心配そうな声を出した。 「泣いてないよ。大丈夫だよ」 「もしかして、まだ誕生日のことを気にしてますか?」  僕は黙ったまま、楽を見つめた。なんて面倒な恋人なのだろうと、それにも落ち込んでしまう。 「楓さん。誕生日はこれから何十回だってくるし、今回は俺がこういう過ごし方が良いって言ったんだから」 「……でも、僕のときは楽が楽しいデートプランを考えてくれたでしょ? だから僕もそういう特別なイベントを作ったりして、思い出に残るプランを考えれば良かったなあって」 「その気持ちだけで嬉しいんですって。気にしないで。それに今回の誕生日だって、当たり前に思い出に残りますよ。今日と明日で楓さんにたくさん甘えるからさ。もう無理って言われるくらい、甘やかしてもらうんで」  隣にいられればそれだけで特別なんだと、楽がそう言って笑った。  それはもちろん、僕も同じだ。 「じゃあいっぱい甘やかしてあげる」 「ははっ、楽しみです」

ともだちにシェアしよう!