83 / 110

楽との日々5

 食事を終えてしばらくして、楽に「一緒にお風呂に入りたい」とお願いされた。  けれど、今日のこの後のことを覚悟するならば、相当な準備がいるだろうと思い、なんとか断った。  耳が垂れた大型犬に見える楽を見ながら、西山さんが言う「十川犬」も、もしかしたら合っているのかもしれないと、ふとそんなことを思った。   「楓さん、本当に入らないの?」 「……うん」  お風呂が沸きましたの音楽と音声が流れる。  落ち込んだ楽が僕を上目遣いで見つめてきたけれど、それに流されることなく再度断った。  楽とお風呂に入ることは恥ずかしいだけで、別に嫌な気持ちがあるわけではないから、本当の理由を伝えてしまえば良いのかもしれない。  でも、楽が今晩、あるいは明日の夜にそのつもりじゃなかったとき、自分がショックを受けるかもしれないからという自己中な理由で、申し訳ないけれど黙ったままでいることにした。  キスやハグをすることと、服を脱いで実際に触れてみることは、同じレベルの話でないし、思っていたと違う、なんてこともあり得るだろう。  僕の筋肉が少なめとはいえ、それでも女性より硬い身体で、胸に膨らみもないから。  楽と付き合う前は、恋人になればもっと深い関係を望むことは当たり前で、そういう触れ合いには安心感があるものだと思っていた。  けれど実際にそれが現実になると、同じような気持ちでいてもらえることへの自信がない。  愛おしそうに名前を呼び合って、お互いへの気持ちに確信を持ち合ったとして、楽の僕への好意が大きなものだったとして。  それが必ず、何の抵抗もなく僕に触れられることに繋がるのかは分からない。  楽に対してこう思うことは失礼なのかもしれないけれど、それでも僕は何もかもが初めてだから不安にもなる。  楽ではなくて、僕の問題だ。僕に自信がないだけだ。 「じゃあお先にお風呂もらいます」 「……あ、待って。これ」  明らかに肩を落とし、ゆっくりと風呂場に向かい始めた楽の背中を叩き、少し早いけれど誕生日プレゼントを渡した。  何が良いか迷ったけれど、プレゼントはパジャマにした。  僕の家で過ごすときに、着てもらえたら良いなと思ったから。  センスがないかもと思ったけれど、僕がこの後色違いのパジャマを着ている姿を見れば、楽はそれだけで飛び上がるくらい喜んでくれそうだと思ったのも選んだ理由にある。  恋人感を、物でも雰囲気でも感じたかった。  お揃いのパジャマを着てお家デートをするなんて、自分にこんな発想があったこと驚きではあるけれど。 「……パジャマ! これってめっちゃ良いやつじゃないですか? 俺、自分で調べてたやつです」 「それなら良かった……! 1日早いけど誕生日プレゼントにと思って。さっそく着てもらえたら嬉しい……」 「絶対着ます! ありがとう、楓さん」  楽が喜び、僕を抱きしめると、それから頬と鼻、唇にキスをした。 「嬉しすぎる。楓さん、大好きだよ」 「……僕も好きだよ」  満足そうに笑う楽に、「ゆっくり入っておいでね」と、再度お風呂に入るよう促すと、「楓さん、待っててね」と小走りで洗面所のほうへ行ってしまった。 「今のうちに……!」  楽がお風呂に入ったのを確認し、僕はスマホの画面を開く。  自分の順番が来るまで、もう一度ネットで男性同士の行為とその準備について、見落としがないか調べておこうと思ったから。 「今までのやり方で問題ないよね……」  僕は少し前から実際に練習していた内容を思い浮かべ、頭の中で復習した。  行為に必要なものも買ってきて、ベッド近くの棚に片付けたし、問題はないはずだ。  楽から、実際に触れたいと言われるかどうかは分からないけれど、それでも恋人になった以上はこういう行為の可能性を考えていたほうが良いと思う。  それに僕は、好きな人と触れ合いたいと思うから、できる限りのことはしておきたい。 「楓さん!」 「……あ! 似合うね」  しばらくすると、僕がプレゼントしたパジャマを着た楽が「ぴったり!」と嬉しそうに笑いながら戻ってきた。  頼んだわけではないけれど、モデルのように僕の目の前まで歩いてくると、くるりと回り、それからキメ顔を見せる。  何をしているのかと思わず笑ってしまった。でも、喜んでくれたことも、こういう面白い一面を見られたことも、何もかもが嬉しい。 「これ、肌触りがかなり良いですよ。少しひんやりする感じもあるし、快適に寝られそう」 「ふふ」 「ん? 俺、何か変なこと言いましたか?」 「……いや、商品ページに書いてあったことをそのまま言うから面白くて」  裾を摘みながら、何度も触り心地を確かめる楽を見ながら、たったそれだけのことで愛おしい気持ちになった。  特別なことができなくても、こうして僕と過ごすこと、僕から何かもらうだけのことで、楽はこんなにも喜んでくれるんだ。 「なんか、すごいなあ」 「ん? 何が?」 「あ……、いや、何でもない」  僕の曖昧な発言に、楽が首を傾げる。  改めて言葉にするのは少し恥ずかしい気がしたから、僕は何も言わずに首を横に振った。  それから、楽が触れている裾を僕も摘む。 「確かに触り心地が良いね」 「でしょ? 楓さんもこれ、買ったほうが良いかも。俺がお返しでプレゼントするよ。お揃いにしようよ」 「……ふふ、まあ、とりあえず僕もお風呂に入ってくるよ」  もう持っているよと、今はまだ言えないから、僕は否定も肯定もせずに風呂場へと向かった。  楽からこのタイミングでお揃いという言葉が出るとは思わなかった。  僕がお風呂から上がったら、予想通りのリアクションをしてくれそうだ。  身体を綺麗に洗うこととか夜の行為とか、色々心配事はあったけれど、楽のおかげでお風呂から上がった後のことがとても楽しみになった。

ともだちにシェアしよう!