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楽との日々9
「……戸惑わなかった?」
「うーん、最初はね。あ、もちろん悪い意味じゃなくて、まさか俺が男を? とは思いました。楓さんは可愛いけれど、女性と見間違えるような見た目でも体格でもないし」
言葉を選びながらも、楽は正直に答えてくれていた。僕はケーキを口に含みながら楽の話を聞く。
「じゃあ、どうして?」
「どうしてでしょうね。毎回会えた日は嬉しかったし、楓さんが来ない日は寂しかった。会いたいなあって思っていたし、可愛いもんは可愛いし。そう思っているうちに、膨らんでいった感じかなあ」
「そ、そうなんだ……」
話を聞いて思ったのは、何か特別な出来事があったわけではなく、些細なきっかけだったことへの驚きだ。
大きく気持ちを動かされる出来事があったわけではないのに、日々の積み重ねで誰かの心に自分が残るなんて想像もしていなかった。
こんなふうに、誰かの日常に僕がいることがあったんだ。
その事実がたまらなく嬉しい。
特別なことがないと、僕は誰にも好かれないと思っていたし、だからこうして両想いになれるなんてありえないはずだったのに。
僕も、他のみんなと同じ存在なのかもしれないと、ふとそう思った。
楽ってすごい。卑屈だった僕を、当たり前のように前に引っ張り出してくれる。
「引きました?」
「いや、驚いたけど、嬉しいって気持ちばかりだよ。でも、実際の僕を知って、それでも気持ちは変わらなかったんだ?」
「引かれていないのなら良かったです。それに中身を知っても、やっぱり可愛い人だなあって気持ちでしたよ」
フォークの先で苺を転がす。改めて聞いてみて良かったけれど、でもやっぱり恥ずかしいや。
「俺は今の会社に入って楓さんを見つけたとき、正直言って運命かもと思いました。めちゃくちゃ嬉しかった。でも、話しかけるチャンスもないし、楓さんに全然隙がなかったから」
楽の言葉に初めてまともに会話をしたあの日を思い浮かべてみると、今じゃ考えられないくらい最悪な出会いだったことを思い出して、思わず笑いがこぼれた。
あのときの僕に、今の楽はこんなに素敵で優しいよと伝えたら、絶対に信じてもらえないだろうな。
「それにしては最初意地悪だったよね」
くすくすと笑いながらそう言うと、楽は顔を真っ赤にした。
「それは……! 間違っただけで、って謝ったじゃないですか! だいたい好きな人が自分じゃない誰かを想っていたら、冷静でいられるはずがないし」
それ以上言葉には出さないけれど、楽が宗治郎さんのことで拗ねたような顔をした。
僕がどれだけ彼のことを好きだったのか知っているからこそ、そう思うのは仕方がない。
当時の僕は何も知らなかったとはいえ、楽にひどいことをしてしまったとは思う。
ごめん……と謝ると、それはそれで気に入らないようで、楽が唇を突き出した。
「それで? 最初は意地悪だった俺を、楓さんはどうして好きになってくれたんですか? もしかして流されただけ?」
じーっと見つめられ、何かものすごく大きな理由を求められている気持ちになった。
今では楽のことが大好きだけれど、期待されるほどの大きな理由があったわけではない。
それこそ、日々の積み重ねだから。
「流されたんじゃないよ! でも、楽みたいな、そういう運命的なきっかけではないから、何を言っても弱いかもしれない」
「別にいいですよ。言ってみて」
ひとりで慌てている僕を見つめたままで、楽が優しく笑う。
その表情があまりにも穏やかで、そういうところも好きだなあと思った。……それは今、言わないけれど。
「一緒にいる時間が長くなって、居心地の良さを感じたから。そばにいてほしいときに、いつも隣にいてくれて、強引だけど、でも大切なところではちゃんと僕のペースを尊重してくれたり。そういう日々の積み重ねかな」
「ふうん。……あと顔も? 最初から俺の顔は良いって言ってましたよね?」
「……顔も好きだよ。ってふざけないで」
「べつにふざけてないです。でも、楓さんに好きになってほしくて構い倒してたんで、好きになってもらえて良かったです。今じゃ恋人になって、こうしてお祝いしてもらえているんだから。きっかけとか何でも良いんです」
もっと上手に伝えられたらと思ったけれど、楽が満足そうに見えたから、これで良かったのかな。
「これで俺の気持ちがさらに伝わっただろうし、楓さんはもっと覚悟したほうが良いかもしれませんね」
皿に乗せていたケーキを食べ終わった楽が、残りのケーキを切り分け、また自分の皿へと乗せた。
僕のことを甘いもの好きだと言うけれど、楽だって相当な甘党じゃ? と思いながら、僕も残りのケーキを口へと運んだ。
「もっと……?」
「はい。俺の気持ちはまだまだこんなもんじゃないんで」
これまでの気持ちがこのサイズだとしたら……と、楽はケーキを使って示し始め、たったそれだけのことが面白く、思わず笑ってしまった。
「……なんかすごい。まだまだあるんだ」
「当たり前じゃないですか。好きになった理由も伝えたんだから、俺はもう伝えていないことが何もないんで。真っ直ぐ愛情表現するのみです」
「楽っていつもはっきり伝えてくれるね。僕も、素直に言えるように頑張るよ」
「じゃあ俺のこと好きって言って」と微笑む楽に、僕は「大好きだよ」と返し、クリームがついているその唇にキスをした。
翌週、用があって清水さんのところへ行ったとき、たまたま楽が席におらず、このタイミングだと思った僕は、彼と付き合っていることを報告した。
また大きな声を出してしまうかもしれないからと、わざわざ廊下に連れ出し、それから耳元でこっそりと伝えた。
「えっ! 本当に……!?」
僕がこっそりと呼んだ時点で、何かを察してくれていたのか、清水さんは口元を手で隠したまま目を見開いた。
元々、何も差別的な言動がなかったけれど、それだけではなくて、清水さんは自分のことのように喜んでくれる。
「私、楓くんも楽くんも、どっちも好きだから嬉しい。おめでとう!」
僕がしたように、清水さんも僕の耳元で囁いた。
「ありがとうございます」
自分の恋愛話を聞いて、喜んでくれる人がいることを初めて知った。
それを喜べる気持ちを持つことができたのも、やっぱり楽のおかげだとそんなことを思った。
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