89 / 110
楽との日々11
「楓さんは、自分のほうが少しだけ年上だから気にするのかもしれないけれど、これから長く過ごしていく中で常に奢るのは無理だよ」
「そうだけど……でも……」
「俺はそんな関係になりたくない。ふたりで楽しむものは、ふたりでお金を出したい。そもそも誕生日プレゼントはしっかりもらったし、なんなら毎日がプレゼントだよ」
真剣な顔をしながら、いまだ僕の眉間を押し続ける楽に対し、思わず笑ってしまった。
僕なりに楽を思ってのことだったけれど、してあげたいの気持ちの押し付けになってしまってはいけないし。
楽の言う通りかもしれない。
「……そっか。ありがとう」
彼の気持ちを素直に受け止めると、微笑んだ楽に優しく頭を撫でられた。
「これからはふたりの財布を作っても良いかもしれませんね」
何か良さそうなものがあったかなと、楽は自分の鞄の中をゴソゴソと探し始める。
「ふたりの財布?」
一緒になって鞄の中を見ていたけれど、楽が何を探しているのか分からず、覗き込むのをやめて待つことにした。
「最初にふたりで同じ金額を入れておいて、デートのときはそこから出すんです。そしたらどっちが多く出したか気になることもないし、罪悪感もないでしょ?」
「なるほど、そんな方法があるんだ」
「日々の食費とかも、ふたりの財布にしようか? そのうち家計も一緒になりますけどね」
「……っ」
この前から、プロポーズみたいなことばかり言われている気がすると、鼓動が早くなるのを感じた。
楽はそんなつもりで言っていないのかもしれないけれど、それでも、今の僕との関係において、そういう発想が自然と出てくることが嬉しい。
「財布になりそうな、ちょうど良いものが何もなかったです。せっかくだから今から買いに行きません? お土産屋で見ましょう」
「……うん」
観光客が多い中で手を繋ぐ勇気はなかったけれど、僕は楽の服の裾を指先で掴んだ。
食べ歩きや観光を楽しんだ後は、再び電車に乗り、旅館へと向かった。
チェックインを済ませると、仲居さんが部屋まで案内してくれた。
彼女の後ろを歩きながら、楽がこっそり僕の手を握る。
「素敵な旅館ですね。部屋も楽しみです」
「期待してて」
こそこそと話しながら進むと、仲居さんが「こちらです」と部屋のドアを開けた。
靴を脱いで部屋へと上がると、ソファが向かい合わせに並んでいる広めの洋室があり、窓の向こうには露天風呂があった。
「うわ、露天風呂だ……」
思わず喜びが漏れたような、そんな声色に、仲居さんも微笑む。
「奥も案内しますね」
洋室の奥は、ベッドのある和室が広がっていた。
セミダブルのベッドがふたつあるにも関わらず、広々とした部屋で、夕陽が差し込んでいて雰囲気が良い。
「すごい素敵な部屋ですね」
「ね」
仲居さんから室内のこと、食事の時間、会場のことなど説明を受け、彼女が退出した後は、ふたりでソファに飛び込むように座った。
反対側にいる楽に笑いかけると、楽は眉を垂らし、それからすぐに立ち上がった。
「……楽?」
せっかく座ったのに、もう立ち上がるの? と、首を傾げなら楽を見つめる。
「楓さん、ありがとう」
楽は僕の正面まで歩いてくると、両手を広げ、くしゃりと笑った。
その姿を見て、抱きしめたいのだと分かり、僕はすぐに立ち上がると楽の胸に飛び込んだ。
「気に入った?」
「すごくね。しかも露天風呂まであるし」
「露天風呂、良いよね」
楽が力強く抱きしめた後、僕の鼻先にキスをする。
それから意地悪く、でもとびきり嬉しそうに、「俺とふたりきりで温泉に入りたかったんだ?」と笑った。
「……う、」
予約をしたときの僕の気持ちを言い当てられ、少し言葉に詰まる。
このまま特に何も言わないか、誤魔化すために「別に」と返事をするか。
そんなことを思いながら、口をもごもごと動かした。
けれど、僕は特別な気持ちでこの旅行を計画したし、せっかく楽しい気持ちで過ごしているのだから、変に隠そうとせずに素直に気持ちを伝えるべきだよね。
「……そうだよ。楽とふたりきりでゆっくりしたかったの」
一文字ずつ丁寧に伝え、それから楽に思い切り抱きついた。彼の胸に顔を埋め、鼻が潰れて痛いくらいに押し付けた。
「ま……じか。楓さん、あんたって人は……」
僕が楽にとって予想外な反応をしたせいか、楽はそれ以上何も言わなくなり、ただただ抱きしめる力を強めた。
食事前も、後も、何度も露天風呂を楽しみ、何気なくつけたテレビを見ながら、昼間に購入したふたりの財布に、明日の分のお金を入れた。
お札しか入っていないから薄っぺらく軽いけれど、これからのふたりの人生がここに刻まれていく気がして、楽しみな気持ちがわいた。
こんなことを考えてしまう自分が、少し恥ずかしいけれど。
「楽、明日も楽しくなりそうだね」
「当たり前だし、楽しいのは何年経ってもずっと、ですよ」
財布を握る僕の手に、楽が自分のを重ねながら微笑んだ。
「何年経っても……。うん、そうだね。そうだったら良いな」
楽にもたれかかりながら、こんな日々が永遠に続けば良いのにと、静かに、そして切に願った。
ともだちにシェアしよう!

