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楽との日々11

「楓さんは、自分のほうが少しだけ年上だから気にするのかもしれないけれど、これから長く過ごしていく中で常に奢るのは無理だよ」 「そうだけど……でも……」 「俺はそんな関係になりたくない。ふたりで楽しむものは、ふたりでお金を出したい。そもそも誕生日プレゼントはしっかりもらったし、なんなら毎日がプレゼントだよ」  真剣な顔をしながら、いまだ僕の眉間を押し続ける楽に対し、思わず笑ってしまった。  僕なりに楽を思ってのことだったけれど、してあげたいの気持ちの押し付けになってしまってはいけないし。  楽の言う通りかもしれない。 「……そっか。ありがとう」  彼の気持ちを素直に受け止めると、微笑んだ楽に優しく頭を撫でられた。 「これからはふたりの財布を作っても良いかもしれませんね」  何か良さそうなものがあったかなと、楽は自分の鞄の中をゴソゴソと探し始める。 「ふたりの財布?」  一緒になって鞄の中を見ていたけれど、楽が何を探しているのか分からず、覗き込むのをやめて待つことにした。 「最初にふたりで同じ金額を入れておいて、デートのときはそこから出すんです。そしたらどっちが多く出したか気になることもないし、罪悪感もないでしょ?」 「なるほど、そんな方法があるんだ」 「日々の食費とかも、ふたりの財布にしようか? そのうち家計も一緒になりますけどね」 「……っ」  この前から、プロポーズみたいなことばかり言われている気がすると、鼓動が早くなるのを感じた。  楽はそんなつもりで言っていないのかもしれないけれど、それでも、今の僕との関係において、そういう発想が自然と出てくることが嬉しい。 「財布になりそうな、ちょうど良いものが何もなかったです。せっかくだから今から買いに行きません? お土産屋で見ましょう」 「……うん」  観光客が多い中で手を繋ぐ勇気はなかったけれど、僕は楽の服の裾を指先で掴んだ。    食べ歩きや観光を楽しんだ後は、再び電車に乗り、旅館へと向かった。  チェックインを済ませると、仲居さんが部屋まで案内してくれた。  彼女の後ろを歩きながら、楽がこっそり僕の手を握る。 「素敵な旅館ですね。部屋も楽しみです」 「期待してて」  こそこそと話しながら進むと、仲居さんが「こちらです」と部屋のドアを開けた。  靴を脱いで部屋へと上がると、ソファが向かい合わせに並んでいる広めの洋室があり、窓の向こうには露天風呂があった。 「うわ、露天風呂だ……」  思わず喜びが漏れたような、そんな声色に、仲居さんも微笑む。 「奥も案内しますね」  洋室の奥は、ベッドのある和室が広がっていた。  セミダブルのベッドがふたつあるにも関わらず、広々とした部屋で、夕陽が差し込んでいて雰囲気が良い。 「すごい素敵な部屋ですね」 「ね」  仲居さんから室内のこと、食事の時間、会場のことなど説明を受け、彼女が退出した後は、ふたりでソファに飛び込むように座った。    反対側にいる楽に笑いかけると、楽は眉を垂らし、それからすぐに立ち上がった。 「……楽?」  せっかく座ったのに、もう立ち上がるの? と、首を傾げなら楽を見つめる。 「楓さん、ありがとう」  楽は僕の正面まで歩いてくると、両手を広げ、くしゃりと笑った。  その姿を見て、抱きしめたいのだと分かり、僕はすぐに立ち上がると楽の胸に飛び込んだ。 「気に入った?」 「すごくね。しかも露天風呂まであるし」 「露天風呂、良いよね」  楽が力強く抱きしめた後、僕の鼻先にキスをする。  それから意地悪く、でもとびきり嬉しそうに、「俺とふたりきりで温泉に入りたかったんだ?」と笑った。 「……う、」  予約をしたときの僕の気持ちを言い当てられ、少し言葉に詰まる。  このまま特に何も言わないか、誤魔化すために「別に」と返事をするか。  そんなことを思いながら、口をもごもごと動かした。  けれど、僕は特別な気持ちでこの旅行を計画したし、せっかく楽しい気持ちで過ごしているのだから、変に隠そうとせずに素直に気持ちを伝えるべきだよね。 「……そうだよ。楽とふたりきりでゆっくりしたかったの」  一文字ずつ丁寧に伝え、それから楽に思い切り抱きついた。彼の胸に顔を埋め、鼻が潰れて痛いくらいに押し付けた。 「ま……じか。楓さん、あんたって人は……」  僕が楽にとって予想外な反応をしたせいか、楽はそれ以上何も言わなくなり、ただただ抱きしめる力を強めた。    食事前も、後も、何度も露天風呂を楽しみ、何気なくつけたテレビを見ながら、昼間に購入したふたりの財布に、明日の分のお金を入れた。  お札しか入っていないから薄っぺらく軽いけれど、これからのふたりの人生がここに刻まれていく気がして、楽しみな気持ちがわいた。  こんなことを考えてしまう自分が、少し恥ずかしいけれど。 「楽、明日も楽しくなりそうだね」 「当たり前だし、楽しいのは何年経ってもずっと、ですよ」  財布を握る僕の手に、楽が自分のを重ねながら微笑んだ。 「何年経っても……。うん、そうだね。そうだったら良いな」  楽にもたれかかりながら、こんな日々が永遠に続けば良いのにと、静かに、そして切に願った。

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