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予報は雨9
さすがに岡村さんや村田さんもいるからか、初回の打ち合わせは何事もなく終わった。
エレベーターまで見送る僕たちに、畠中先輩と岡村さんはお辞儀をする。
ひとまず今日は大丈夫だったと安堵したとき、狙ったかのように、畠中先輩が僕の手を掴んだ。
それを見た楽が、反射的に僕の反対の手を握る。
「ふふ、十川さん。楓から何を聞いているか知らないですけど、何もしませんよ? ちょっと話したいだけ。楓を借りますね」
畠中先輩は岡村さんに先に車に戻るよう促し、ひとりでエレベーターに乗せた。
それから目を細めて楽を見つめる。
事情を知らない村田さんが、「じゃあ先に戻りますね。また次回もよろしくお願いします」と言い、清水さんが「楽くん、行くよ」と楽の肩を叩いた。
「……僕は少しだけ話してきます」
楽に手を離すよう目で訴えると、楽は渋々手を離した。
大丈夫? と心配そうな視線をこちらに向ける楽に、僕はゆっくりと頷いて見せた。
「畠中先輩、あっちに座るところがあるので」
自販機前の休憩スペースを指さし、そっちに誘導する。
こういうときに限って誰もいない。誰かいてくれたら、畠中先輩も言葉遣いがマシだろうし、長い時間拘束されることもないのに。
「さすがの私も、仕事中には何もしないのに。何かすると思って、わざわざ加わったわけ?」
畠中先輩はどかっと椅子に座り、足を組んだ。睨まれているわけではないけれど、彼女の目力と語気の強さに圧倒されてしまう。
「……別に、村田さんが誘ってくれたから参加しただけです」
怪しまれないようにと彼女の目を見て即答したけれど、それは無意味だったようで、畠中先輩はけらけらと笑い出した。
「楓って嘘が下手だよね。目を見てれば、何を考えてるか分かるわよ」
「……っ、」
何となく座らずに畠中先輩の横に立っていた僕の顔に、彼女は自分の顔を近づけ、瞬きをせずに僕を見つめた。
「まあでも、おかげで楓と話す口実ができたし、良かったかな。楓は私が呼びつけたって来ないだろうから、今まで連絡しなかったけど、仕事なら逃げられないしね」
「……何がしたいんですか」
「何がしたいと思う? 楓のせいで私の人生狂ったんだから」
「僕のせいじゃないと思います。自分が、宗治郎さんとの関係に甘えていたんじゃないですか?」
声が震える。余計に怒らせてしまうとも思ったけれど、我慢できなかった。
手を強く握りしめたせいで、爪が皮膚に食い込む。
「……はあ? 何それ、うざ」
「うざくても構いません。……もう戻ります」
これ以上話しても分かり合えることはないから、ここにいる意味がない。
畠中先輩に背を向けて歩き始めると、背後から彼女が立ち上がった音がした。
「十川さんって、可愛い人だね」
「……え?」
どんな暴言を吐かれても、振り返らずに戻るつもりで背を向けたのに、畠中先輩の口から楽の名前が出たせいで、足を止めて振り返ってしまった。
畠中先輩は、にいっと口角を上げている。
「楓の目がね、宗ちゃんを見つめていたときの目にそっくりなの。楓を見てたら誰が好きなのかすぐ分かる。それだけずっと、楓のことを見てきたからね」
「……っ」
数歩分進んでいた距離を一気に詰め、思わず彼女の胸ぐらを掴みそうになる衝動を抑えつけた。
宗治郎さんに清水さんのことを話そうと決めて会ったあの日、畠中先輩はどこが僕を認めてくれたような、そんな感覚すらあったのに。
結局こうして、宗治郎さんが自分といつまでも関係を維持できないと分かると、こんなに分かりやすく取り乱すんだ。
自分が宗治郎さんに甘えてきた結果なのに、誰かのせいにしないと気が済まないで、相手を陥れることばかり考えて。
「……楓があの女を宗ちゃんに紹介したときは、宗ちゃんの元から、恋愛感情を持っているあんたが去ってくれてありがたいと思った。実際、少しだけあんたに同情もした。でもそれが間違いだったみたい」
「間違いって……。畠中先輩がしてきた選択の結果じゃないんですか?」
「はあ? その選択のタイミングを壊したのは、楓でしょ? 宗ちゃんは、あの女と結婚を考えてるし、こういうストーリーは私の中にはなかったの」
畠中先輩が片手で僕の両頬を力強く掴んだ。爪が食い込み、あまりの痛さに顔を動かして逃れようとしたけれど、その分力を加えられる。
僕は畠中先輩の手首を掴み、同じように爪を食い込ませた。
チッと舌打ちをして彼女が離れたけれど、頬には痛みが残っている。
「しかも、楓は楓でアイツと仲良くやってるみたいだしね。何なのアイツ? あんな明らかな態度を私に向けて馬鹿みたい。でもそれで楓とアイツの関係がよく分かって、むしろありがたかったけどね。私の計画に使えるからさあ」
「計画……って」
畠中先輩が1番されたくないであろう、宗治郎さんに言いつける行為をすぐに選択できないことが悔しい。
僕が自分のために宗治郎さんや清水さんを巻き込んだことの責任の取り方が、これで合っているのかも分からないから。
宗治郎さんや清水さんを傷つけたくないのはもちろん、僕は楽も守りたいし、どこまでも自分本位な考えだと思う。
事情を話し、謝罪し、畠中先輩を止めてくれと、そんなお願いをして良いわけがない。
それに畠中先輩は僕に対して色々言っているけれど、何か行動を起こしているわけではないから、宗治郎さんからしても幼なじみを侮辱されたと、そう感じてしまうかもしれない。
「楓、あんたが男と付き合ってくれて良かった」
「……っ、」
そういう僕の考えを全て分かっているからこそ、畠中先輩はこうして笑っているんだろうな。
僕がこの時点で宗治郎さんたちに話ができるとは思っていないから。
何も言えなくなってしまった僕の肩に、畠中先輩か手を置くと、トントンと何度か叩いた。
その触れ方がさっきまでとは違って優しく、それがまた不気味でたまらない。
「大丈夫だよ。職場の人にバラさない。プライベートなことを広めた私の印象が悪くなるしね。そんなことはしない。ただ、楓と宗ちゃん、それからあの女を傷つけるのに使える、最高の武器が手に入った気分。ついでに十川も傷つけられるし、良いこと尽くしだね」
もう一度だけ僕の肩を叩くと、それから手を離し、畠中先輩はエレベーターのほうへと歩き始めた。
「楽しみにしててね。馬鹿で可愛い楓、大好きだよ」
最後に振り返ると、投げキッスをし、ひらひらと手を振ってエレベーターに乗り込んで行った。
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