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選択のすれ違い6

「宗くんが学生時代に好きだった人にね、“あなたのことを試したりせず、まっすぐに愛情をかけてくれたり、その人が笑うと、思わずこちらも笑い返したくなるような温かい人と結ばれてほしい”と言われたって、そんな話をされたことがあるの」  清水さんは、僕を見つめ、優しい声色でゆっくりと話を始めた。  清水さんは、巻き込まれた被害者なのに、誰よりも落ち着き、そして穏やかな表情をしている。   「宗くんは、その学生時代に好きだった人とは結ばれなかったけれど、彼にとっても、お相手にとっても、お互いが大切だったことは伝わった」  結局、これまでの時間で、宗治郎さんが僕のことを好きだったと明言したわけではないけれど、清水さんが今話をしているエピソードの相手は僕であることは間違いない。  やはり宗治郎さんはぼくのことを好きでいてくれたのだと、ようやく飲み込めた気がした。  清水さんは、確認するように、宗治郎さんにも視線を送りながら言葉を続ける。 「そのうえで、彼が、そういう存在が君だよって言ってくれたの。私からまっすぐな愛情を感じて、自分も愛情をかけられて、お互いを思い合う関係が、沙織となら作れるし、これからも続けていきたいって」  その言葉に嘘はないよね? と宗治郎さんに尋ねると、彼も静かに頷き、「間違いないよ」とはっきりとした声で答えた。  これだけのことが起きた後だけれど、ふたりの絆は何も揺らいでおらず、むしろ強くなったようにすら感じる。    畠中先輩は一度顔を上げ、宗治郎さんのほうに少しだけ視線を動かし、彼の表情を確認していた。  目を見れば分かると、口癖のように言っていた彼女だからこそ、今のふたりを見て何か思うことがあるのかもしれない。 「私は、楓くんが宗くんを私に紹介したときを思い返してみたり、宗くんが楓くんの話をするときの様子を見ていて、お互いに大切な存在だったことは伝わっていたし、私が思っているよりもっと深いものかもしれないとも感じていたの」  僕と宗治郎さんに再度視線を送った清水さんは、今日の中で1番穏やかに笑っていた。  ああ、強い人だなあ……。清水さん自身が強いってことだけではなくて、宗治郎さんとの絆が、宗治郎さんへの信頼が、そう思わせる。  僕は、自分のことばかりで、大切な楽のフォローも何もできなかったのに。追いかけることも、抱きしめることも、些細なことも何もできなかった。  僕の頬を、涙がぽろぽろと流れた。 「だから畠中さんがこうして全てを伝えてくれたけれど、分かってすっきりした、ってそんな気持ちしかないよ」  清水さんは、今度は畠中先輩のほうを向くと、さっきまでとは違い、少しだけ声色が強くなった。   「過去に誰を好きだったのか、どれほど好きだったのかは、私には関係ない。だって私にも過去にすごく好きな人がいたし、結婚も考えていた。この人と結婚したいと思ったのは、宗くんが初めてではないもの」  畠中先輩は顔を上げることはしないけれど、言葉を発して遮ったり、さっきのように乱れる様子がないのを見ていると、清水さんの話を聞いているのだろうと分かった。 「それでも、その人と結ばれなかったからこそ、宗くんに出会い、付き合うことができて、今も彼に向き合えている。それは彼もそうだと思う」  清水さんは、畠中先輩を椅子に座らせるときに支えていたその手で、彼女の肩に二度、軽く触れた。 「畠中さんなりにも色々感じることはあるのは分かる。その気持ち自体を、分かるとは言えないけれど、小さい頃から彼を見ていて、彼を好きになり、畠中さんなりに気持ちを温めてきたという事実に対しては、理解を示せる」  そのまま肩に置いた手を離さず、清水さんがグッと力を入れる。  それが痛かったのか、何なのか、それとも何かを感じたのか、畠中先輩がようやく顔を上げた。  泣きすぎたせいで、化粧が全て崩れ、目元が真っ赤になっている。乾いた涙の跡で、頬もぱりぱりだ。  かと言って、畠中先輩が可哀想だから許してあげようと、そういう気持ちは一切わかなかった。 「でもね、タイミングがって言っていたけれど、タイミングを自分で作ることもせず、自分の選択に責任を持つこともせず、こうしてふたりが大切にしてきた気持ちを掘り出して、自分の一方的な解釈だけで、ふたりのことを語り、ぐちゃぐちゃにしたことは許せない」  清水さんは、畠中先輩の肩に触れていた手を離すと、「ふーっ」と息を吐き、それから「一発叩かせてね」と畠中先輩の頬を思い切り叩いた。  パンッと、ドラマで聞くような効果音が店内に響き、その瞬間、畠中先輩の目に、一気に涙が滲んだ。  畠中先輩はその目で清水さんを睨むと、口をきつく結んだ。  少しだけ、叩かれた頬が赤くなっているような気がする。 「痛かった? でもふたりの心は、こんな痛みじゃ済まないからね」  目元で光っていた涙は、ぼろぼろと畠中先輩の頬を流れ出した。彼女はそれを拭うこともなく、そのままにしている。  畠中先輩は、しばらく清水さんのほうに向けていた視線をゆっくりと床へ落とし、それから肩を震わせ、声を上げて泣き始めた。  言葉でうまく伝えられない小さな子どもが、泣いて自分の気持ちを表現するみたいだ。 「畠中先輩……」  思わず彼女に手を伸ばすと、力なく握られた。  ゆっくりと顔を上げた彼女は、微かな声で「……ごめんね」と呟くと、僕の手を離し、蹲るようにして座り直す。  そんな彼女を見ながら、僕もしっかり宗治郎さんや清水さん、それから畠中先輩に向き合わなければならないと改めて覚悟が決まった。  僕は、ふう……と息を吐いた。

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