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何が僕の幸せ1

 あの日、先に帰った楽は、電話にも出ず、家にもいなかった。  このまま終わってしまったらどうしよう、僕の気持ちを伝えられていないのに、と不安を感じつつ、傷つけてしまった楽の気持ちにどう向き合えば良いのか分からずにいた。    楽の部署に行って、会って話したいけれど、でもそうする勇気がまだ足りないんだ。 「望月くん、元気ないじゃん。どうしたの?」 「……ちょっと寝不足で」 「ここまで元気ないのは初めてじゃない? 大丈夫? これ飲みな?」  そう言うと、西山さんは小さな瓶に入ったレモンの炭酸水を僕の机に置いた。  いつもなら「お気になさらず」と言って、一度は返すけれど、そのやりとりをする気力すらなかった。 「……ありがとうございます」 「別に今、仕事が立て込んでいるわけじゃないでしょ? それ持って休憩室行っておいで。時間休取るならそれでもいいけど、15分くらい休憩するくらい誰も何も言わないよ」 「すみません」  僕がこのままの状態でデスクにいることで西山さんに心配をかけてしまうならと、その言葉に甘えることにした。  これを飲んで、少ししたら気持ちを切り替えようと、あまり力の入らない脚で立ち上がる。  西山さんが僕の背中を軽く叩き、「ゆっくりね」と優しく声をかけてくれた。  僕が悪くて、僕が楽を傷つけたのに、こうしてひとりでショックを受けて、周りに迷惑をかけて、最低だな。  じわりと目に涙が出て溜まり、溢れる前に慌ててスーツの裾で擦った。  さすがに泣くのは良くない。ただでさえ、仕事中に関係のないことでぐるぐるして、こうして休憩までもらうことになっているのだから。 「……あ、楓くん!」  休憩室のドアに手をかけたとき、後ろから名前を呼ばれた。  振り返らなくても誰だか分かる。こうして下の名前で呼んでくれるのは清水さんしかいないから。    ゆっくりと振り向くと、清水さんは眉を垂らし、深刻な顔をして僕を見ていた。    ……楽のことを言われるんだ。 「楓くんさ、楽くんと話せているかなって気になって。ほら、あの日、楽くんが先に帰っちゃったでしょ。だから心配で……」  身振り手振りを加えながらそう話す清水さんを見ながら、僕はまた他人に気を遣わせてしまったんだなと、悲しくなった。 「その表情ってことは、話せていないんだね……」  清水さんは、ドアにかけていた僕の手をそっと握りしめた。 「楽くんね、タイミング悪く県外の出張が入っちゃったの。状況がこれだし、私が代われる案件だったしで、それを提案してみたんだけど、どうしても自分が行くって聞かなくて。楽くんも、楓くんみたいな表情してた。ふたりが心配だよ」 「……あ、そうなんですね」  今すぐとはいかなくても、せめて職場ではどうにか話したいと思っていたのに。  楽からは、その出張の連絡すらなければ、まるで僕を避けたくて行くことを選んだみたいだ。 「……僕、楽が大切なんです。でも、甘えすぎていたみたい。僕が、全部招いたことだし……」 「楓くん……」 「……ねえ、清水さん、僕たち元に戻れると思いますか」  楽は今、どんな気持ちでいる……?  泣かないと自分の中で決めた約束はあっけなく崩れ、ぽろぽろと涙が溢れ出した。  咄嗟に手を広げて僕を抱きしめてくれた清水さんの体温を感じながら、僕は彼女の胸の中で子どもみたいに泣きじゃくった。  楽が出張から帰る日を清水さんに聞いたものの、その日まで彼は一切僕の電話には出ず、メッセージに既読すらつけてくれなかった。  何度もトーク画面を開き、僕から一方的に送っているメッセージを読みながら、頬が湿っていく。  これ以上泣けないのでは? というくらいにずっと涙が溢れているのに、それでもまだこうして流れてくる水分があるのだから驚いてしまう。  でも、とうとうこの涙すら出なくなるほどに、楽と連絡が取れなかったら、きちんと話し合いもできないまま、僕たちは終わったことになるのだろうか。  数日経っても気持ちが落ち着くことはなく、せめて隣の西山さんにだけは心配をかけまいと、ひたすら仕事をこなした。  どうせ楽から返事が来ることはないのだから、タイミングを見てこちらから出向くしかない。  それも拒否されてしまったら、いよいよどうしたら良いのか分からなくなってしまうけれど。  清水さんが言うには、楽は今日は出勤日だし、出張の件を部署に共有することを考えれば、休む選択肢はないはずだ。  出勤直後に一度彼の部署に行ったときには、まだ席にいなかった。  かと言って、昼休みまで待っていたら、離席してどこかへ行ってしまうに違いない。  一度ここで様子を見に行ってみようかな。 「少し先を外します」 「はーい、行ってらっしゃい」  僕は西山さんに一言声をかけ、急いで楽の部署へと向かった。  入り口から中を覗いたけれど、清水さんもいなければ、楽も席にはいなかった。  会議だろうか……? 「どうかした?」 「……あ」  キョロキョロしていたからか、後ろから中年の男性に話しかけられた。かなり奥の席に座っているところを見かけたことがあるけれど、まだこの人の名前を知らない。  仕事の用事でもないからと、何もないですと下がろうとしたけれど、そういう場合でもないと思い、思い切って楽のことを尋ねることにした。

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