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何が僕の幸せ2
「あの、十川さんは今どこに……?」
「ああ、十川ね。十川は今日はもう帰ったよ」
「……え?」
どうやら、必要な書類を渡して引き継いだ後、休みを取って帰ったらしい。
徹底的に僕のことを避けるつもりなのか。
「急ぎの用事だった? 代わりに預かっておこうか?」
「……いえ、急ぎではないので。お気遣いありがとうございます。失礼します」
もしかしたら今度こそ家にいるのかもと思って、追いかけるために僕も休みを取りたかったけれど、こういうときに限って仕事が立て込み、それも叶わなかった。
どこかで会えないか? と震える指で打ったメッセージも、変わらず既読がつかない。
一方的に発信された自分のメッセージを見て、さらに悲しくなる。
定時とはいかなかったけれど、気持ちがぐちゃぐちゃのままどうにか仕事を終え、僕は急いで楽の家に向かった。
「お願い……」
願いは虚しく、やはりインターホンを押しても出てくれなかった。
一度エレベーターで下まで降りて、外から楽の部屋を確認したものの、部屋の電気はついていない。
こうして僕が訪ねて来ることが分かっているからこそ、家ににいないのだろう。
分かっていてそうするということは、僕に会うつもりもなければ、こうして僕が悲しんだり、不安になる気持ちよりも、楽が自分の気持ちを優先させているってことだ。
これまでだったらきっと、こんなことにはなっていないはずだ。
それだけ僕が楽を傷つけてしまったんだね。
「……僕たち、もう終わりなの?」
このまま伝えられなくても良いかと思えるほどの気持ちではない。終わりにしもしたくない。
どこまでも勝手だと思われるかもしれないけれど、とにかく楽に会いたい。
……絶対に手放したくない。
「……はあ」
どれくらい待っただろうか。
楽と同じ階の住人が出入りし、「わっ……」と声を出しているのを、俯きながら何度か聞いていた。
このままここに居続けたら、不審者として通報されるかもしれない。
それでも蹲ったまま身体が動かなかった僕は、もうしばらくここにいようと決めた。
通報されたほうがむしろ都合が良いかもしれないと、そんなことを思いながら。
顔を置いている膝が、涙で湿っていくのを感じながら、またぼーっと過ごしていると、誰かが階段を上がって来る足音がした。
今度こそ楽かもしれないという期待から、勢い良く顔を上げると、玄関前に座り込んでいる僕を見て、足を止めた楽がいた。
やっと、会えた。そう思うと、さらに涙が溢れ、視界が歪む。
この間に楽が走ってどこかに行ってしまうかもしれない。早く涙を拭いて立ち上がらないと。
「……あ、」
廊下に手をつき、立ちあがろうとしたけれど、身体が言うことを聞かない。
せっかく会えたのに、このまままた会えなくなるのは嫌だ。
「……楽、が、く、」
涙で変わらず視界が歪んだまま、僕は何度も楽の名前を呼んだ。行かないで、と心の中で繰り返し願う。
「楓さん……」
久しぶりに聞いた楽の声は、当たり前に元気はなく弱っているように聞こえたけれど、その中に優しさが残っているようにも感じた。
ゆっくりと僕のほうへ向かって来る。
僕は服の袖で、ゴシゴシと涙を拭いた。
「……俺のこと、待ってたの?」
「……うん」
「どうして?」
「……どうしてって、」
そんなの、会いたかったし、好きだから以外に何もないよ。
そう続けたいのに言葉が出てこない。僕は震える唇をぎゅっと噛んだ。
「話したいって、話があるって、それを言いに来たの?」
「……ん、」
「俺は……まだ、聞けそうにない。だから返信もしなかった。準備ができそうにないんです。もう少し経ってからじゃダメ……?」
楽は僕の前にしゃがみ込むと、冷たい手で僕の頬に触れた。震える指先が意味するものが、僕には分からない。
楽は、何の準備をするつもりなの?
僕に触れるその手に自分のを重ね、爪を立てるようにして触れた。
僕の指も、誤魔化せないくらいに震えている。
「どうして、まだ、聞けないの……?」
「どうしてって、そんなの」
「僕は……、僕は、楽が好きで、楽が……必要、なのに……」
「え?」
「楽は、僕との、関係を……、その、整理する準備を、始めるって……、そういう、こと? もう、僕とは、無理な、の……」
どうにか絞り出した言葉はとても小さく、楽が聞き取れたのかどうか分からない。
僕の言いたいことがどれだけ伝わったのかも、分からないや……。
そして、目の前の楽が、今何を考えているのかも。
楽に手を伸ばし、倒れ込むように抱きついた。嫌だ嫌だ離れたくないと、そう強く願いながら背中に回した手に力を込める。
「楓さん……、俺……」
それなのに楽は、抱きついた僕を引き剥がして立ち上がった。
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