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何が僕の幸せ3

「楽……!」  血の気が引く。必死に手を伸ばすけれど、楽には届かない。  僕は彼の足にしがみついた。みっともないと思われたとしても、僕にはそうするしかできないから。 「ちょっと、待って……」  けれど、楽は僕を置いてどこかに行くことはなく、頭を抱えるようにしてその場でかたまってしまった。  力が入らない僕は座ったままで、楽を見上げる。 「……待って、だって、俺は」  声を震わせながらそう言うと、楽は眉を垂らして僕を見つめた。それから手を伸ばし、僕を支えるようにして立ち上がらせた。 「はあ……本当、最悪だ」 「……っ」  漏れた言葉自体は温かいものではなかったけれど、僕に向けて言われているわけでもないようで、頭の中が混乱する。  相変わらず僕を支えたままで、楽は鞄から鍵を取り出すと玄関のドアを開けた。  僕も家に入って良いの? と許可をもらう間もなく、手を引かれて玄関内へと入る。  さっきまで僕の手を引いていた手は、いつの間にか背中へと回されていた。 「……楽?」  何が、起きている……? 嫌われたわけじゃないの? 「楓さん、俺……本当に最悪。ごめん」 「え、」 「謝っても済む話じゃないですよね……」 「どういう、こと……?」  僕を抱きしめる楽の胸を押し、少しだけ距離を取る。眉を垂らしたまま、今にも泣きそうな楽が見えた。  泣きそうというか、泣いている……? 「俺、楓さんが大貫さんを好きで、それで……忘れるために清水さんを紹介したって、……以前に聞いていたじゃないですか」 「……うん」 「楓さんが、大貫さんへの気持ちを整理できたことも、もちろん分かっていました。でも、それは、大貫さんが楓さんに対して好意を抱いていないことが前提だったから……」  語尾が小さく、今にも消えていきそうな声。  ここまで聞けば、いくら察しの悪い僕でも楽の言いたいことが分かってきた気がする。 「楽……」 「両想いだったと分かったら、楓さんの気持ちは、宗治郎さんに傾くかもって。楓さんを、信用していないとかじゃなくて、あの人への想いの大きさを知っていたからこそ、そうなってもおかしくないというか、それは責められるものでもないし、だから、俺が、身を引くしかないかなって……、それで……」  僕は、楽が声を震わせながら一気に話すのを遮らずに黙って聞いていた。  出会った頃は、僕は楽のことを恋愛対象としてみるようになるとは思っていなかった。  それに、友人としての関係ができたことで、気にかけてくれる楽に知っておいてほしいからと、あの話をしたのも僕だ。    まさか、宗治郎さんのことを伝えたことで、今の僕たちがこうなってしまうなんて想像できなかった。  楽が言ってくれたように僕を信用できなかったからではなく、これまで僕が宗治郎さんについて話してきたことが、楽をここまで追い詰めてしまったのだろう。  そしてそれだけ、楽が僕のことを大切に思ってくれているってことなのだろう。 「楽……」  何が僕の幸せか、ずっと考えていた。  確かに宗治郎さんのことが好きで、自分の幸せのためには、僕と宗治郎さんのこの関係を壊さないことが大切だと思っていた。  でも、楽と出会ってからそれが変わった。    気持ちを伝えること、そしてその気持ちが通じることの嬉しさ、ありがたみ、奇跡、幸せを、僕はこれまでいっぱい感じることができた。  宗治郎さんと両想いだったと、お互い大学生の頃に気づいていれば、楽との間に感じてきたことを、もしかしたら宗治郎さんとの間にも感じたかもしれない。  でもそれは、僕にはもう必要のないことだ。  当時その選択をしなかったからこそ、こうして楽に出会えて、気持ちを共有できたのだから。 「楽……!」  僕は、できる限りの強さで、楽を抱きしめた。少しだけぴくりと動いた彼は、僕のその行動に驚いたようだった。  けれど、僕のこの触れ方が何を意味するのか察してくれたようで、楽もさらに力強く僕を抱きしめてくれた。  離れていたこの期間を、すれ違っていた気持ちを埋めるように、どこまでも強く力を込め合う。  今はこの痛みも、僕たちの想いの証明になるはず。 「宗治郎さんが僕を好きだったと知って、正直驚いたよ。あのとき、お互いに気持ちを伝え合っていたら、未来は違ったかもしれないって……」 「うん……」 「でもね、この結末を知って過去に戻ったとしても、僕は同じ選択をする。楽に出会いたいから。楽のことが、大好きだから」  楽に頬を擦り寄せながら、少しでも震える声が落ち着くようにと、僕は大きく息を吸い込んだ。    どうか僕のこの気持ちが、楽に伝わりますように。

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