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第4話 この世界のいいところ
フランツ君がタバトさんに話をしてくれたんだと思う。
タバトさんはお仕事を休んで俺の家に来てくれた。
「馬で遠乗りしないか?」
タバトさんは心配そうな瞳の割に軽い口調で声をかけてくれた。はじめは見慣れなかった水色の瞳だったが、意外に感情が分かりやすい。冷たい水面のようだと思っていたのに、心配そうなときはその水色が曇り、嬉しいそうなときにはきらきらと輝いている。
俺はあんまり気が進まなかったけれども、馬で遠乗りをするのならば他の人と話すこともないし、どこか景色のいいところに連れて行ってもらえたら少しは元気が出るかもしれないと思って頷いた。
馬の背中は想像より高い。自転車みたいな感覚でいると全然違う。正直ちょっと怖い。
俺はタバトさんに後ろから抱えてもらって乗馬を楽しんだ。
タバトさんは何も言わないけれども、俺が怖がっていることがわかっているのだと思う。
他の街の人たちは
「ソーさん!馬怖いのかい?大丈夫!怖くない怖くない」って話しかけてくれるけれども、タバトさんは何も言わずに俺の不安や恐怖心を取り除いてくれる。それがすごく嬉しかったし、俺のことを分かってもらえている気持ちになって安心できた。
もしかしたらそういったことも異世界人取扱説明書に書いてあるのかもしれないけれども。
馬でたどり着いた先は小高い丘の上だった。そこにちょうど倒れた木があって、ベンチのようになっていた。
タバトさんは俺を馬から降ろすと、そのまま抱き上げて木に座らせてくれた。
「わあ、すごい」
この世界の様子が眼下に広がっていた。
近くに見える街は俺が降りてきて住んでいる街だろう。
こうやって見ると、昔見た写真集の街並みによく似ていた。あれはどこだったかな。フランスかドイツだったと思う。古都の景観を守るためにビルの建設が制限されているとかそういった説明を読んだ。
本当に綺麗だ。
ここは俺のいた世界とは違う場所だけれども、でも何百年も経ったらこの街もこの世界で、美しい古都として守られるのかもしれない。
少し遠くに教会とお城が見えた。
「あそこが王城です」
タバトさんが教えてくれた。
俺はしばらくその美しい光景を眺めていた。
日本で暮らしていた頃は、こういった光景はだいたいパソコンの画面で見ていた。
本物だ。
この世界には本物しかない。それが窮屈で、でもそれが美しかった。
「ソウ、なんか困っていることある?知りたいことは?」
俺はいったん首を振って、でも、前から聞きたかったことを聞いてみようと思い直した。
「あのさ、この世界にやってきた異世界人はみんなここで幸せに暮らしていけているの?」
先人の異世界人たちはみんな適応してやっていけているのだろうか。俺の適応能力が低いだけで、みんなこの世界に馴染んで幸せに暮らしているのだろうか。
俺みたいにしんどい気持ちになったりもしたのだろうか。
馴染めないままになってしまった人はいないのか。いたとしたらその人はどうなったのか。
タバトさんは、目を見開いて俺を見つめた。
水色の瞳が揺らいでいる。
俺は真っ直ぐにその目を見返した。
「ソウの瞳は真っ黒で吸い込まれそうだ」
そう言ってタバトさんは俺から目を逸らした。
「異世界から降りてきた人たちの中には、どうしてもこの世界に馴染めなかった人たちがいます」
タバトさんは苦しそうに言った。絞り出したような声だった。
「元の世界に帰る方法をずっと探していて、絶望してしまった人も」
暗い声だった。
「絶望した人はどうなったの?」
タバトさんは聞かれたくなかったんだと思う。でも俺は聞いてしまった。
だってそれが俺の行く末なのかもしれないのだから。
「あの、ふさぎ込んでしまった方や、病気になってしまった方、自死してしまった人も」
最後の言葉は風でかき消されそうなほど小さかったが、しっかり俺の耳に届いた。
やっぱり。そうか。
まだ俺は死ぬことを考えているほどではないけれども、このままだといずれは俺もそうなるような気がする。
遠くにその道がうっすらと見える。
「あのっ、ソウ!恋人を作るのがいい!ここでうまくやっている異世界人はみんなここで恋人や家族を作っているからっ」
恋人?
「ソウに合う人を探してくるよ、俺。どんな人がいい?かわいい人?綺麗な人?」
俺は俯いて首を振ってしまった。
こんなところにまで来てたのに、異世界にまで来たのに、同じ悩みが俺を追いかけてくる。
可愛い人も綺麗な人も好きじゃない。俺が好きなのは。
「俺は男が好きなんだ」
言ってしまった。
初めて口に出して言ってしまった。
田舎にいる時だって自分から告白したわけではなかった。単にエロ本が見つかってバレただけ。
口に出して言うと、俺は居た堪れない気持ちになった。
「え?そうなの?じゃあ男の人を探してこようか?それとも俺でいい?」
軽く聞かれて俺は驚いてタバトさんを見上げた。
タバトさんは照れたような顔をして笑っている。
「あ、ごめん。俺じゃだめか」
いや!俺でいいとかだめだとかそういうのじゃなくって!
「俺は男が好きなんだぞ。同性愛者なんだっ」
「そうだね。ソウは男だから、男は同性だよね」
なんだこの噛み合わなさは。
俺は言葉を失ってただタバトさんを見つめていた。
タバトさんは、しばらくきょとんとしていたが、はっとしたように顔色を変えた。
「あれ?もしかして知らなかったの?」
何を?
「この世界は同性でも異性でも愛に違いはないってこと」
ええ??
「え?え?あ、ごめん。俺、言わなかったよね。うん。ごめん。確かに取説に書いてあった。異世界では異性愛がスタンダードだって」
うん。異性愛がスタンダードだよ。異世界では!?
じゃあこの世界は?
「え?でも街で見たでしょ?同性の恋人同士や夫婦を」
「恋人?ええと?ただの友達とかではなくて?」
「友達!?友達とは手をつないだり腕を組んだりしないよ」
衝撃の連続だった。
「え?じゃあ街で見かけた手を繋いだり腕を組んでる人たちは?全員恋人か夫婦ってこと?」
「うん。子どもは別だよ。あと怪我してる人の介助とかも」
そりゃそうだよ。そんなこと聞いてないよ。
でも、そうなの?だって女性同士も、男性同士も結構たくさん見たよ。
確かに男女が多かったけれども、結構たくさんいた!!
「え?じゃあ、この世界は同性でも結婚できるの?」
「できるよ、そりゃ」
「子どももできないのに?」
タバトさんが不審そうに眉をひそめた。
「え?ソウの世界では、男女で結婚したら絶対子どもが生まれるの?子どもが生まれない夫婦とか、生まない夫婦とかいないの?」
「いるけど」
「ん?その人たちは結婚できないの?」
「できるに決まってるよ」
「できるに決まっている?なんで?だったらなんで同性だと結婚できないの?」
真正面から聞かれて俺は困った。
なんでって聞かれても、それは、だって、その。それは多分良くないことで、隠さないといけないことだから。
「異世界はここよりも文明が発展してて、考え方も進んでいるんだよね?子どもが労働しちゃいけないとか、貧しい家の子でも学校に行けるとか」
うん。
「なのになんで、同性で結婚できないのか分かんない。不思議な世界だね」
う、うん。そう言われたら変かもしれない。
だって俺は生まれつき男が好きで、そして誰にも迷惑かけてないのに、なんであんなに隠してコソコソして苦しまなくてはならなかったんだろう。
え?ちょっと待って!
「ということは、ここでなら俺は、男の恋人を作って結婚もできるってこと?」
「もちろん。子どもが欲しいなら孤児院から引き取れるよ」
当たり前みたいに言われて、この世界ではそれが当たり前なんだって理解した。
急に目の前が明るくなった。
え?ほんとに?
現代日本では、恋人の一人もできなかった。できたとしても大っぴらに手をつないで歩いたり、結婚したりなんてできなかった。
もちろんそうしている人がいることは知っているけれども、それはとても勇気と覚悟のいることだと思う。俺には勇気も覚悟もなかったし、異性愛者だったら何の勇気も覚悟も必要じゃないただの恋愛なのにと思ったら、そんな苦難を乗り越えるなんて嫌だと思ってた。
え?ほんとに?
じゃあ俺はこの世界で恋人を作って結婚もできるってこと!?当たり前みたいに?
心がうきうきしはじめた。
テレビもゲームもインターネットもないこの世界が、急にきらきらと美しく輝き始めた。
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