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第8話 この人ってストラディバリ的な人では?

俺はとっても元気になった。 だってさ、元の世界にいたとしても、素敵な恋人がいて毎日ラブラブに暮らしていたんなら、テレビ見たりゲームやったりなんてそんなにしなくてもいいというか、全然、そんなことより恋人といちゃいちゃして過ごしていたと思う! 恋人がいた事ないから分からないけど。 でももしタバトさんと恋人同士になれて、二人でデートしたりいちゃいちゃしたりできるなら、気になってるアニメの続きだって、年に一度のお笑い芸人のコンテストだって見られなくて構わない。 謎の異世界流コミュニーケーションはほんとに謎だけれども、でも筆談でのやりとりだから、大勢の人に囲まれてわいわいされて圧倒されることがなくなったし、手が疲れるからそんなに何時間もおしゃべりできなくて、ちょうどいい距離感だったりもして、俺は人との関わりをあまりしんどく感じなくなってきた。 タバトさんに満面の笑顔で紙の束を渡された時には、異世界文化ギャップで途方に暮れそうになったけれども、意外にもタバトさんが考えてくれた方法で、俺の気持ちは楽になった。 そうなると、俺はますますタバトさんのことが好きになるわけで、しかも俺はこの世界では綺麗で可愛い。ぐふふふふ。嬉しくてにやけてしまう。艷やかな黒髪で神秘的な黒い瞳なんだって。ぐふふ。日本人としてはごく平凡な特徴なのにね。 それにこの世界では俺は小柄な部類だっていうのも結構嬉しい。 俺は向こうの世界では結構な長身で割と筋肉質でゴツいほうだった。そんな俺が男が好きで、しかも抱かれてみたい側だってことが、もうほんとにしんどくて、背が高いことも体がたくましいことももともとは全然嫌ではなかったのに、なのに自分の体が嫌で、とても辛かった。 でもここでは俺は綺麗で可愛くて小柄なんだ。 どうやらこちらの世界には小柄な女性がもてるとか、長身の男性がもてるとかそういったことは全然なさそうだったけれども、俺の現代日本人的感覚は結構強固で、だからとても嬉しかった。 そして、今日はタバトさんが楽器職人さんのところに連れて行ってくれる。 王都一の楽器職人さんにお願いをして、ギターを作ってもらえるんだ。 俺はギターを作ってもらえるのもタバトさんと2人で出かけられるのも心の底から嬉しかった。だってデートみたいじゃない? タバトさんと馬車に乗って楽器職人さんのところに行った。 馬車にはたまに乗るけれども、わりとガタゴトする。 道が石畳だし、車輪にゴムがないからだと思う。どうもまだゴムは発明されていないらしい。うろ覚えの知識ではゴムの材料の木は暑いところにしか無かった気がする。 それで馬車に備え付けのクッションの上に、タバトさんが持参したクッションをさらに置いてくれて俺はそこに座るんだけど、とにかく揺れるから、タバトさんに抱えるよう支えてもらっているんだ。 それが嬉しくって、前までは普通に俺を抱えていたタバトさんがちょっと困ったような顔をしているような気がして、楽しくてたまらなかった。 そんな感じで俺はタバトさんとの外出を楽しんでいたんだけれども、楽器の工房について、思わず立ちすくんでしまった。 王都の端にある工房はとても大きかった。楽器職人さん本人が出迎えてくれてまずは挨拶をした。職人さんは大勢の弟子を抱えている人で、工房の中を見学させてもらったら、お弟子さんたちが全員職人さんと俺を見て深々と頭を下げてきた。 あ、ちょっと待って。 もしかしてこの人って。 完成したバイオリンがたくさん並んでいた。 ここで乾燥されているらしい。 全部新品だけれども、すごく美しくて、繊細な曲線をしていて。 ヤバい。この人、向こうの世界で言ったら、ストラディバリみたいな人だ! 俺は確信した。 何百年後も作った楽器が残っていて、しかも現役で演奏に使えて、そして何百万とか何千万とかの価値がつく、そういった楽器を作っている人だ。 え?俺、この人にギターを作ってもらうの? この世界のストラディバリさんに?しかも本名もストラディさんっていってなんか似てるし。 俺は尻込みして、タバトさんの袖を引っ張って部屋の隅に連れて行ってコソコソと話をした。 「ねえ、この人ってすごい偉い人でしょ?そんな人に新しい楽器作ってって頼んでもいいの?失礼じゃない?」 「なぜ?異世界人の願いは常に優先されますよ」 え、異世界人ってそんなに偉いの?偉いっていうか、そんなに? 「それに異世界の楽器を作るなんてこと、王都一の職人に頼まなければそっちのほうが怒ると思いますよ。楽器職人は気難しいですから」 声、でかっ! 「ああ、わしは気難しい楽器職人だが、わしの腕では不満か?異世界人殿」 ストラディさんがやってきて、俺は慌ててブンブン首をふった。 ああ、もう!タバトさんには内緒話って概念はないみたい。 「いえ、あの、ストラディさんはすごい方ですよね。そんな方に頼むなんて申し訳ないって思って」 「すごくはないさ。ただの楽器職人だ」 「だ、だって、ストラディさんの楽器は何百年も使われてて、それで何百万円とか何千万円とかって値段になるんですよっ」 ストラディさんは目を見開いてしばらく俺を見つめていて、それから楽しそうに笑った。 ちょっと不機嫌そうに見えるシワの多い顔が、くしゃっとなってとても愉快そうだ。 「何百年も?ふっふっふ。そりゃ嬉しいねぇ。わしの作った楽器が何百年も壊れずにずっと音楽を奏で続けるなんてねぇ」 あ、全然信じてない。そりゃこの世界は俺のいた世界とは違う世界だけども、でも絶対そうなる。だってこの世界にはバイオリンがあるんだし。 俺は並べてあるバイオリンを見つめた。 俺の奏太郎って名前は両親がバイオリン奏者だったところから付けられた。 若いときはプロを目指していた二人は、結局はプロにはなれずに普通の会社員をしていたけれども、俺にバイオリン奏者になる夢を託そうとしていた。 子どもの頃はバイオリンが好きだった。先生も優しかったし、綺麗な音が出るのが嬉しかった。 でも、俺が同性愛者だって自覚をしたくらいから、親の希望には添えないんだって思って、望みを押し付けられているような気がして息苦しくて、バイオリンはやめてしまった。でも楽器を演奏することは好きで、それでエレキギターを始めたんだった。 あれっきり、バイオリンには触れていないけれども。 でも先生の先生のところで見せてもらった、貴重なバイオリンに、この工房のバイオリンはとても似ている。 「演奏してみてもいいですか?」 言うと、ストラディさんは何本かあるバイオリンから1本を選んで手渡してくれた。 構えて、音を出してみた。深みのある美しい音が出た。 そのまま少しメロディーを弾いてみる。 新品だけど、でもこれは絶対にすごい楽器だ。 俺は確信した。 このバイオリンは数百年後に、ストラディウスみたいな名前になって、演奏家の憧れの的になるものだ。 大勢の人たちが作業をしていた工房の中がしんとなって、俺が奏でるバイオリンの音色だけが空気にとけていった。 俺が長い曲の一章部分を弾き終えて、バイオリンを返すと、ストラディさんも見習いのみなさんもすごくびっくりした顔で俺を見ていた。 そうだよね。異世界の楽器が弾けるなんて驚くよね。 でもバイオリンは元いた世界のものと同じだったから。 タバトさんも驚いた顔をして俺を見つめていたけれども、俺と目が合うと、すっごく嬉しそうに微笑んでくれた。 「異世界人殿、お名前をお聞きしてもよろしいか?」 「あ、はい。佐藤奏太郎っていいます。言いにくいので、ソーでいいです」 「サトゥソータル?ソー?ソー」 俺は頷いた。 「ソー殿、ぜひわしに異世界の楽器を作らせてくれ、いや作らせてください。わしが全身全霊かけてソー殿の望み通りの楽器を作ってみせる!」 俺は尻込みしたけれども、ストラディさんは異世界の楽器を作れるなんてとても名誉なことだ!とやる気満々だった。 俺はあんまり得意ではない絵を描いて、こういう形で、ここに弦があって、ここの形はこうなっててって、俺が知っていることをできるだけ詳しく話した。 ストラディさんは何度も頷きながら真剣に聞いてくれて、細かい部分の形や材料なんかを色々質問してくれた。 俺はずっとエレキギターを使っていて、アコースティックギターは高校の時の軽音部で弾いていただけだったから、必死に思い出して説明した。 そしてその日はそれで家に帰って、それから何度もストラディさんに呼ばれて、試作を見せられて、違うところを教えて、また試作を見せられて、試演してみて、違うところを説明して、それを何度も繰り返して、それでようやく形も音色も元いた世界のものと同じアコースティックギターが完成したんだ。

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