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第10話 これもチートの一種

俺はこの異世界に自分が受け入れられていて、そして自分もこの異世界を受け入れ始めていることに気がついた。 あんなにしんどかった生身の人間同士の濃厚すぎる関係も、あまり気にならなくなってきた。 誰かと話していて、ちょっと疲れてきたら、一曲弾くねって言って勝手にギターを弾き始めてしまうと、みんなうっとりと聴き入ってくれて、俺はみんなの中にいても一人の音楽の世界に没頭することができたし、俺自身が異世界人の気の置けなさに慣れても来た。 ここの人たちはほとんどどんなことも失礼だと思ったりしないから、自分が疲れたら黙っていいし、眠かったら寝ていいし、帰りたかったら帰っても構わなかった。 なにせ俺の家以外の家にはノックもせずにいきなり入っていい文化なのだから、俺がどんなに気ままに振る舞ったって、この世界的にはまだまだ礼儀正しくて奥ゆかしいの範囲に収まってしまう。 俺の気持ちが楽になった理由は他にもある。 俺はお金を稼げるようになった。 元いた世界ではままならない人生の中で仕事だけが順調だった。 家族とも疎遠になって恋人もできなくてIHクッキングヒーターに鍋が一個しか置けないような、ままならない日々の中でも、仕事だけは問題なかった。 俺の自尊心の拠り所はどうもそこにあったみたいで、異世界人として生活費を支給してもらって生きていることに、ちょっと引っかかっていたんだと思う。 とはいえ異世界人の俺がこの世界で会社員になるのは難しい、というか会社がないけど。それに気持ちが塞いでしまっていて、それどころではなかったし。 だけど、俺は演奏家としてみんなを喜ばせているだけでなく、お金を稼げるようになった。 これが俺の自信と元気を完全に取り戻してくれた。 プロのバイオリニストになってほしいという両親の願いに逆らって、歌ってみたでは特に人気もなかった俺だけれども、ここでは世界唯一のギター奏者だったし、ストラディさんがバイオリンをくれたので、俺はバイオリンでも好きな時に弾いてみたをしはじめた。 バイオリンをやめた時には、もう一生弾かないと決めていたけれども、でもストラディさんのバイオリンは音色が良すぎた。 数百年後に何千万円の価値になるはずのバイオリンの新品をもらったんだって考えると、ものすごい興奮するし、だったら弾かなきゃもったいない。 この世界にバイオリニストはいっぱいいて、宮廷演奏家や王族のお抱えバイオリニストといった人たちがいるみたいだけども、俺は演奏力でその人たちと競う必要はなかった。 俺は元いた世界の曲を演奏するから、みんな異世界の音楽に興味津々だし、俺の演奏が拙くても、異世界音楽を演奏できるのは俺だけだし、それに俺は貴族のための演奏家じゃなくて、弾いてみたの中の人だから、だから身分なんて関係なく誰でも聴ける。 つまり俺はこの世界で唯一無二の存在だから、人と能力を比べたりコンテストで他人と戦ったりする必要が一ミリもなかった。 これもある種、異世界人のチートの一種かもしれない。 俺は誰とも喧嘩したことがないけれども、多分演奏で戦うのも向いてなかったんだって思う。 異世界には馴染めない、合わないって思っていたけど、元いた世界にも馴染めなくて合わないところがたくさんあったなって思うと、ますますこの世界で生きることが楽になるような気がした。 この世界の貧富の差はちょっと気になるけど、でも俺の音楽は誰でも聴ける。箱の中にお金を入れてもいいけど入れなくてもいいから、お金のない人だって好きなだけ聴けるし、大金持ちの貴族の人たちも広場に来ないと聴けないから、俺の音楽を聴くことに関しては貧富の差は関係ないって思うと、少し気持ちが楽になった。 俺はタバトさんに心から感謝した。 タバトさんが楽器を作ろうって言ってくれなければ、俺はまだ家に閉じこもったままだったかもしれない。 タバトさんの優しさと、真面目さが生み出すちょっと強引な解決方法が俺を救ってくれた。 タバトさんは俺が元気になったことを心から喜んでくれている。俺が嬉しそうにしていると、目を細めて見つめてくれるし、俺の演奏だっていつも聴きにきてくれる。 俺はタバトさんと二人きりの時に、タバトさんのためだけにギターを弾いて歌を歌った。 「ソウの音楽を俺だけが聴くなんてもったいないな」 と言いながらも、頬を紅潮させて喜んでくれる。 俺はこの世界では小柄で可愛くて綺麗だし、人気の歌い手だから、タバトさんと二人のときは、ここぞとばかりにラブソングばっかり歌った。 とろけるような表情で俺の歌に聴き入っているタバトさんと、そのタバトさんを見つめながら音楽を奏でていると、この世界にたった二人きりになったような気持ちになった。 元の世界も異世界も関係ない、俺たちだけの世界に浸っていると、永遠に二人だけでこうしていられるような気がした。

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