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第27話 番外編 フランツ君の物語1

異世界人のお世話係になったときが人生の大きな転機だったと、フランツは確信している。 貧しい家に生まれて、本当だったら子どものうちから、どこかの家の下働きをするはずだった。 子どものうちは下働きをして、そのうち得意なことがわかってきたら、料理人の見習いになったり、庭師の見習いになったりして、職人になれればいい方の人生だった。 それは生まれたときから決まっているはずの未来だった。 お金持ちの家の子が学校に行っていることは知っていたし、世の中には本や新聞があって、読み書きができないとそういったものは読めないから、難しいことはわからないまま、もちろん難しい仕事はできないこともわかっていた。 自分は学校には行けないから、文官にはなれないし騎士にもなれない。役所の会計係にも大きな商店の店員さんにもなれない。なれるのは御屋敷の下働きか畑や牧場の労働者、運が良ければ職人になれるかもしれない。 それが自分の未来だった。  家事が問題なくできるようになり、どこかの御屋敷の下働きになるタイミングで、ソーさんが異世界からやってきた。 異世界人のお世話の仕事がフランツに回ってきたのはたまたまだった。フランツは子どもにしては物静かだったし、性格が温和だったから選ばれたのかもしれないが、物静かで温和な子どもは他にも大勢いるから、やっぱりたまたまだった。  だが、そのたまたまで、フランツの運命は変わったのだった。 異世界人のお世話係になると決まったとき、王都警備の詰所に呼ばれた。 ツァヴァトゥさんという王都警備の騎士様が仕事の説明をしてくれた。 家事に関しては問題ないから、主に異世界人のことについての説明を受けた。 究極の旅人である異世界人については、家にも小冊子があって、家のなかで唯一読み書きができるおじさんが読み聞かせてくれたから内容はだいたいわかっていた。 ツァヴァトゥさんは、異世界人取扱説明書の中の家事やお世話の部分だけを取り出して読み上げてくれた。 異世界人はかまどを使えない。 異世界人は毎日お風呂に入る。 異世界人は裸を人に見せない。 異世界人の服は毎日洗う。 異世界人は一人で暮らすことを好む。 多くの項目があった。 そして、 異世界人は一人一人違う。 と最後に言われた。 「俺も異世界人に会うのは初めてだけれども、異世界人はとても複雑で繊細な人たちらしい。こうだろうとこちらの常識に当てはめて考えたり、取扱説明書に書いてあるとおりだと思い込んだりしないようにしなくてはならない」 フランツはツァヴァトゥさんが机の上に積み上げている分厚い5冊の本を見ながら、内心驚いていた。 あんなに分厚い取扱説明書があるのに、それを全部読み込んだうえで、一人一人違うなんて。 「異世界からの旅人はどうやら迷子のような存在で、ここに来るつもりで来ている訳ではないようだ。それに元の世界に戻ることもできない。だからこの世界で幸せに暮らしてもらうために全力を尽くさなければならない」 フランツはしっかりと頷いた。 異世界人は豊穣を司る存在だ。異世界人が健やかに、幸せに生きてくれれば、災害は減り、実りは多いと言われている。 だが、ある日突然迷子になってしまい、元の世界には戻れないという異世界人のことを思うと、この国の豊穣がどうとか言う前に、この世界で健やかに過ごしてほしい。 フランツは自分が異世界人のお世話係の役目を担えることが誇らしくてたまらなかった。 はじめましての挨拶に行ったとき、異世界人はとても落ち着いていた。 パニックに陥って泣いたり叫んだりしている場合もあると聞いていたため、穏やかな顔で座っている彼にほっとした。 だが、自分がこれからお世話係になると伝えると、黒い印象的な眉毛がひそめられ、フランツは動揺した。 「フランツ君。君、子どもだよね?」 なにか不満でもあるのだろうか。フランツは身構えた。気難しい人なのだろうか。 だが、異世界人はフランツの前でしゃがみ込んで、フランツと目線を合わせてくれた。 そんなこと一度もされたことがなかったから、急に調子でも悪くなって座り込んだのかと思って焦ったが、異世界人が心配そうな顔で見つめていることに気がついて、安心して、緊張もした。 「ええと、フランツ君は子どもだよね?子どもに見える種族とかそういうのじゃないよね?」 子どもに見える種族ってなんだろう?と思いつつ、フランツは頷いた。 「ええと、学校は?この世界の教育制度が分からないんだけども」 「ええと、幼年学校は10歳から5年間行きます。高等学校に行く人はそこから3年間です」 異世界人は何やら呟いてから、再び俺に聞いた。 「ええと、きみは15歳以上には見えないけども」 「あ、はい。俺は12歳です」 でも家事能力に問題はないです、と続けようとしたけれども、異世界人が急に立ち上がって一人で何かしゃべり始めたから何も言えなかった。 中世ヨーロッパとか、児童労働とか、貧富の差とか、聞いたことのないような言葉がどんどん飛び出してくる。 なんだろう。この人はすごく難しい人なんだろうか。少なくとも自分は気に入られなかったようだ。 フランツはがっかりした。 ツァヴァトゥさんに異世界人のことを教えてもらってから、家でも小冊子を繰り返し読んでもらって、自分なりに準備をしてきた。 家事の能力はなかなかのもので、身長や筋力のいる作業でなければ、その辺の大人よりも上手にできる自信もあった。 「あのさ、俺は子どもにお世話してもらうわけにはいかないよ」 「大人がご希望ということですか?」 「う、うん。そうだけど。そうじゃなくって。フランツくんは学校には行かないの?」 「はい」 「なんで?」 なんで? 「家が貧しいからですけど」 「ああっ。この世界はそういう世界かっ。ええと?お金持ちしか学校に行けないの?」 「はい」 この人は何を言っているのだろう。 「でもそれじゃ読み書きできるようにならないでしょ?」 フランツは頷いた。 「ああああ、識字率低そうっ。貧富の差が大きい系異世界か。あー、でも、そうか。でも、そうか」 「ええと、俺ではだめでしたら、誰かほかの人に変わります。大人がご希望ですか?」 「あーあーあー。ええと、そうなると君はどうなるの?」 「別のお屋敷で働くことになると思いますけど」 「あー、そうだよねぇ。そうなるよね。フランツ君は学校に行きたくないの?」 フランツは首をかしげた。 行きたいか行きたくないかなんて考えたことはない。フランツは学校には行けない。それだけだからだ。 「ごめん。ええと俺かまどとか全然使えないから、とりあえず、あの、ご飯とか作ってもらってもいい?ちょっとゆっくり考えるから」 何を考えるのか分からないが、とりあえずはお世話係として受け入れてもらえたらしい。 フランツはほっと一安心した。

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