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第30話 番外編 フランツ君の物語4

異世界人、ソーさんとの出会いでフランツの人生は一変した。 大きなお屋敷の下働きをして、生涯読み書きはできないまま、何か技術を身に着けて職人になるか、力仕事をして生きるのだと思っていた。そして同じように読み書きできない誰か釣り合った相手と恋をして家庭を築き、それなりに幸せに暮らしていくのだと思っていた。 それがソーさんとの出会いで何もかもが変わってしまった。 フランツは幼年学校に編入することになった。裕福な平民と下級貴族の子弟が通う幼年学校で、10歳の子たちに交じって学ぶことになったフランツは、ものすごく浮いていた。お金に苦労しない家の子どもたちは無邪気で天真爛漫だ。年齢も2つ違うものだから、同じクラスの子たちとフランツでは考えていることも感じていることも全く違った。 子どもらしい意地悪や仲間外れにされたりもしたが、フランツは全く気にしなかった。学校が終ったらソーさんのうちに行って食事を作ったりお風呂の用意をしたりという大切な仕事がある。それにソーさんはこの世界に来たばかりで、知らないことも困っていることも多いから、お世話係としてできるだけソーさんの力になりたい。 そうなると、学校で学んだことを家で復習する時間など全くなくて、教えてもらったことはその場で全部覚えて帰る必要があった。 ソーさんにお金を出してもらっているのだから、成績だって良くなくては申し訳ない。 フランツは休み時間や昼食後の時間を使って、勉強の予習と復習をした。 幼年学校に行くのが当たり前の家の子たちは、すでにある程度文字を書くことができた。簡単な計算ができる子たちも多かった。 フランツは何もできなかった。かまどでご飯が炊けるし、洗濯だって掃除だってなんだって完璧にできる。まだ体は小さいけれども力はあるからお風呂の準備だって問題ない。 だが、学校では文字を読むのにも一苦労。みんなが知っている有名な物語を一人だけ知らないとか、そんなことが頻繁にあった。 学校では年下の無邪気で幼稚な子どもたちに馬鹿にされて過ごしていたけれども、ソーさんの家に行くと傷ついた自尊心はピカピカになるまで癒してもらえた。 ソーさんはフランツがなんでもできることをいつでも褒めてくれたし、いつもありがとうと言ってくれる。ごめんねもよく言われてそちらの意味は分からないままだったけれども、ソーさんにありがとうと言われると、嬉しくてたまらなかった。 ソーさんは繊細で複雑で、でも明るい人だった。 フランツにはソーさんが言っていることや悩んでいることが全然理解できないことがあったが、理解できなくてもソーさんはそう感じているのだから。と、必死にソーさんの気持ちに沿うように行動した。 ソーさんはこの世界の人が「生身」であることがしんどいと言ったり、「全部本物」なのが息苦しいと言ったり、「機械がない、水が蛇口から出てこない、あいえいちがない、すまほがない」とフランツには何かわからないものがないことを愚痴ったりしていた。 フランツは自分を学校に行かせてくれた大恩のあるソーさんの悩みを、何とか解決したいと思っていたけれども結局何にもできず、ソーさんを助けたのはツァヴァトゥさんだった。 フランツはできる限りのことをして、ソーさんにはいつもありがとうと言ってもらっていた。 だが、ソーさんの心の悩みを取り除いて、ソーさんの世界の方法でのやりとりをこの世界に持ち込んで流行らせたり、ソーさんの欲しがっていた楽器を作ってもらえるようにしたりして、ソーさんが生き生きと暮らせるようにしたのは、ツァヴァトゥさんだった。 そしてソーさんが愛したのもツァヴァトゥさんだった。 18歳になったフランツは、かつての自分を振り返っていた。 子どもの本気でソーさんが好きだった。 綺麗でかわいくて、繊細で複雑で、火が怖くて馬も怖いのに、ソーさんにとっては異世界であるこの世界で笑って暮らしているソーさんが好きだった。 この世界の在り方や人々の考え方が自分の考え方と違うのに、それを変えようとはせずに、でも自分の周りだけは自分の考え方に合わせたいと願う、その謙虚さとその強さが好きだった。 ギターを弾きながら、空を見上げて異世界の歌を歌うソーさんが好きだった。 ツァヴァトゥさんと明らかに両想いなのに不安がったり、よくわからないことを恥ずかしがったり、怒ったり慌てたり驚いたりするソーさんが好きだった。 子どもの好きの気持ちの間は、ソーさんのなにもかもが好きだった。 ソーさんが嬉しそうにツァヴァトゥさんの長身を見上げているところも、ツァヴァトゥさんと結ばれて幸せいっぱいな様子も、ツァヴァトゥさんとの関係が深まるにつれて、凛とした美しさに色気が混ざってくる変化も、全部が大好きだった。 心からソーさんの幸せを願っていたし、ソーさんがツァヴァトゥさんと結ばれたことも心から嬉しかった。神様が街中を花だらけにしたみたいに、自分の心の中にも美しい花が咲き乱れたようだった。 それが、いつからだろう。 子どもの本気が、大人の本気になってきてしまったのは。 自分が子どもから大人になっていくうちに、自分の気持ちもそのまま子どもの好きから大人の好きに変わってしまった。 初めから叶うはずのない初恋。 万が一にも叶うとしたら、それはソーさんとツァヴァトゥさんの幸せな関係が壊れることを意味するわけで、叶ってはいけないし、叶えたくもない初恋だった。 ソーさんのことを心から愛しているし、ツァヴァトゥさんのことは心から尊敬している。 だから叶わない方がいい初恋は無事に叶わず、そして今日でソーさんのお世話係は終わりになる。 ああ、ソーさんに運命を変えてもらったなあ。 フランツはしみじみ思う。 フランツは読み書きができるようになり、高等学校にまで通わせてもらって、今日、首席で卒業した。この後は、騎士団所属の文官として働くことになる。 しかもただの文官ではない。異世界人と異世界文化の専門家として、すでにある程度の地位と収入を保証された身分で仕事を始められる。 全部ソーさんのおかげだ。 そして、身分の釣り合ったちょうどよい相手と恋愛をして家庭を築くはずの運命も変わってしまったことに、フランツは気が付いていた。 あんな、繊細で複雑で、可愛くて綺麗で神秘的で、儚くてもろくて強くて明るい、あんなに美しい年上の人を愛してしまった自分が、ここから普通に健康で優しいだけの人と普通に恋愛をして普通に家庭を築けるなんて思えなかった。 フランツは、ソーさんが自分を見上げ、フランツの成長を誇らしく思ってくれているという話を聞きながら、ぼんやりとそう思った。

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