3 / 8
第3話 雄々しい筆跡
「知恵、ですか……?」
不安そうに見上げてくるヒーラーをそっと立ち上がらせ、椅子を引きずってきて机の上が見えるように座るように促す。机の上に広げられているのは、簡素なレターセットと書きかけの便せんだ。
「今回の一件を王都に伝えないといけないだろう? ここは王都から遠く離れた町だが、教会にある転移魔法陣を数カ所経由すれば、数日で連絡できる。手紙程度の小さな荷物しか送れないから、死体そのものは俺たちが運ぶしかないだろうが……」
転移魔法陣は、中規模程度の町には必ずある教会に備え付けられた術式だ。設置された場所から魔法陣そのものを移動させることはできず、転移できる品物にも制限があるが、遠く離れた場所にある町へと瞬間的に物品を送ることができる。
転移できる距離には限りがあり、一日に数度しか使えないという不便さはある。だが、この町のように四方を魔物の出る森で囲われた場所で外の情報を得たり、助けを求めるには非常に有効でなくてはならないものだ。
そして、送ることができる情報が少ないという状況は、俺たちには好都合だった。
「王都に勇者の死を伝える手紙を書く。表向きは真相が誤魔化せるように、だが知るべき人にだけは違和感を抱かせたいんだ」
勇者の死の真相を偽装したのは、勇者の名誉のためではなく、国のメンツのためだ。自分たちの判断が正しいと思ってくれる人には、むしろ真実を伝えたい。
しかし、王都の中枢への手紙ともなると、中継地点で間違いなく部外者が目を通すことになる。そういった人々に真相がバレたら、勇者の死は国の汚点として国内外に噂が広がることだろう。王への不信感につながりでもしたら、この国そのものが危険にさらされる。
ヒーラーは、難しい顔をしてペンを握る俺をじっと伺った後、たどたどしい喋り方で話し始めた。
「アレクさま、は……お優しい、ですね」
「……優しくなんてない。これは勇者のためじゃなく、国のためにやっていることなんだ。俺は、むしろ冷酷な人間だよ」
「いいえ、お優しい、です……」
ぎこちなく息継ぎをしながら、眩しいものを見るように目を細めて、ヒーラーは喉を震わせる。
「国のため、に……危険を冒す、のは、優しくないと……でき、ません……」
彼の言葉は、まるで聖者に罪を許されたかのような響きで俺の胸に染み渡り、俺は知らずの内に苦笑していた。
「……ありがとう、少し気分が楽になったよ」
本当に、清らかで優しい青年だ。その身のうちの魔族の本能を抱えていたとしても、罪なき彼が首輪に縛られていていいわけがない。
これから始まる旅路で、何とかして彼を服従の首輪から解放しなければ。
決意を新たに拳を握りしめ、気を取り直して彼に目を向ける。
「それで……お前に頼みたいのは、文章の確認なんだ。一応文字は書けるんだが、言い回しがこれでいいか見てもらいたくてな。……お前も意思はなかったとはいえ、魔法を学んでいたなら文字は読めるだろう?」
自分の至らなさが原因で困っていると告白するのは恥ずかしかったが、ヒーラーはそれを指摘せず、ただ頷いてくれた。俺は密かにそれに感謝しながら、彼へと便せんを手渡す。彼は黙ってそれに目を通し――困ったような顔で黙り込んだ。
「ど、どうだ? 言い方が悪かったりするところがあれば、遠慮無く言ってほしいんだが」
「……いえ、内容、に問題は……ないと、思います、でも……」
「でも?」
「その……アレクさまの、字は……少々、雄々しいの、ですね……」
気まずそうにそう言いながら、ヒーラーは便せんで隠していた目元をちらりと覗かせる。その言葉の意味を理解し、俺は赤面した。
ともだちにシェアしよう!

