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第6話 密やかな取引
「はぁっ、はぁっ……、くっ……!」
行為の合間に確かに聞いた言葉。保身のために彼が発した方便だ。そう分かっているのに、彼にその言葉を告げられたことを嬉しいと思ってしまう自分がいる。
「こんなの、あの勇者と何も変わらないじゃないかっ……!」
哀れな囚われの姫を救う剣士のような気分でいるのはもう止めろ。俺はただの人でなしの野獣だ。彼を欲望のままに犯して、あんな風に媚びさせた時点で、下劣なあの男と同類でしかないんだ。
「はぁ……戻るか……」
床を汚してしまった白濁を、残っていた水で洗い流し、俺は宿屋の母屋へと歩き出す。
その時、裏口の方から誰かの話し声が聞こえてきた。
「――それはそうと、ヒーラーのお兄さんと剣士の旦那は恋仲だったんですねぇ」
「へっ……!?」
会話しているのが店主とヒーラーの2人だと気づき、俺は思わず物陰に隠れる。ついさっきまで自慰の材料にしていた彼と顔を合わせるのは気まずすぎる。無論、その前の部屋での会話のことも理由ではあるが。
物陰に隠れた俺には気付かず、店主と彼は話を続けているようだった。
「そりゃあ分かりますよ。あなたの手足の痣、剣士の旦那に掴まれたものでしょう? 情事の傷もそんなに残して、邪推するなという方が無理な話です」
「うう、あの……」
「ご安心を。誰にも言いふらしませんよ。そういう契約ですからね。その代わりに……こちらの商品をお買い上げしてもらえると、私としては嬉しいんですがね?」
店主はやり手の商人のような口調で、ヒーラーに何かを売りつけようとしているようだ。俺は、周囲に自分たちの関係がバレバレだったのではということで頭がいっぱいになって固まっていた。
そもそも彼と俺は恋仲ではない。彼としてもそんな風に思われるのは苦痛なはずだ。だがその誤解を解くためにはどう言い訳すればいいんだ。まさか慰み者だと素直に言うわけにもいかないのに。
ぐるぐると思考する俺をよそに、店主とヒーラーの商談は続いていた。
「――以上の効能がある素晴らしい軟膏なんですよ! 夜の女の間でも、そういう傷跡を消すためや実用的な用途でも使われていて……意味は、お分かりですね?」
「……」
「いかがでしょう。今なら特別に、銅貨七枚でお譲りしますが……複雑な関係の起爆剤になってくれるかもしれませんよ?」
店主の声の後半はうまく聞き取れなかったが、つまり店主はヒーラーの体に残った傷を案じて、軟膏薬を売ってくれようとしているらしい。
ヒーラーが治癒魔法を封じられている今、薬はいくらあっても足りない。気まずいが自分も話に入って、店主から軟膏を買い取ろう。きっとヒーラー1人では決断するのは難しいだろうから。
しかし俺が話に割り込むよりも先に、ヒーラーは力強く答えていた。
「買います」
「まいどあり!」
銅貨と物品が交換される音がして、そのまま店主とヒーラーは立ち去っていった。
「……そうか、道理の分からない小さな子どもじゃないんだよな」
無意識のうちに彼を侮る思考をしていたことが恥ずかしくなり、俺は木桶を持って再び井戸に向かっていった。
自分の思考に罰を与えるようにもう一度水浴びをし、店主の用意した夕食を食べてから自室へと戻る。
色々とトラブルは起きてしまったが、手紙は書かなければ。
ゆっくりと丁寧にペンを走らせるとインクが紙に滲んでしまい、かといって素早く書くと字が乱れてしまう。何度も書き直しているうちに夜は更け、休憩しようと大きく息を吐いたタイミングで部屋の戸がコンコンと叩かれた。
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