13 / 28

第13話 誰を責めればいいのか

 見落としていた真実に繋がる手がかりの存在を示され、顔色を悪くする僕を、店主は試すようにじっと見る。だがその直後、彼はコロリと表情を明るいものへと変えた。 「――それはそうと、ヒーラーのお兄さんと剣士の旦那は恋仲だったんですねぇ」 「へっ……!?」  こちらを揶揄うように話を振ってきた店主が、最終的に取り出したのは、手のひら大の容器に入った軟膏だった。 「いかがでしょう。今なら特別に、銅貨七枚でお譲りしますが……複雑な関係の起爆剤になってくれるかもしれませんよ?」  夜の女も使うということは、多少の催淫作用がある薬なのだろう。彼との関係を『恋仲』と言われて動揺する僕に店主が囁いた売り文句は、無条件にそれに飛びついてしまうほど魅力的なものだった。 「買います」 「まいどあり!」  一応持ち歩いていた銅貨を手渡し、軟膏を手に入れる。押し売りにあったのも、衝動買いをしたのも初めてだ。まるで普通の人間のようなやり取りを自分がしたことに無邪気な高揚を覚えながら僕は自室に戻り――夕食を終え、夜になってから軟膏の蓋を開けた。  ヒト族が作った催淫剤が夜魔の自分に効くかは分からない。だが少なくとも、アレクにはしっかりと効果を発揮してくれることだろう。  念のために試しにと、自分の腕に残っていた傷跡に軟膏を薄く塗り込んでみる。その瞬間、全身に燃え上がるような熱が広がり、まるで発熱をした時のように産毛が総毛立った。 「え、な、なに……なんで、ぇ……?」  恐らくヒト族に対しては普通の効き目の催淫剤だったのだろう。店主が明確な悪意を持って僕を騙したのなら話は別だが――今の彼に、そんなことをするメリットはない。  となれば、ヒト族には害が少なくても夜魔には異常な効き目を発揮してしまう代物だったと考えるのが妥当だ。真実がどうあれ、僕の体が制御不能なほどの興奮状態にあるという状況は間違いないのだが。 「うう、ど、どうすればっ……ええと、アレクさま、と……?」  自分がこの後何をしようとしていたのかも分からなくなり、僕は直前まで計画していた自分の思考を思い返す。  そうだ。僕はこの軟膏をきっかけにして、アレクと親密になろうとしていたんだ。軟膏の効果も確かめられたし、このまま彼の部屋に行ってしまおう。  自分の体に起きている異常のことは何故か頭から抜け落ち、僕は高熱に浮かされるかのようなぼんやりとした意識のまま、彼の部屋を訪れる。  そしてそこで暴走して、彼に全身を触らせて、彼を拘束状態にして精を搾り取って、それで―― 「やっちゃった……」  翌朝、全てを思い出した僕は、自分の行いを再認識して頭を抱える。  軟膏によって正気を失っていたとはいえ、彼に対して取った態度はほとんど娼婦のような振る舞いばかりだ。いや、娼婦だってあんな醜態は自ら晒さない。あれは精液を注ぎ込まれるためだけの性処理人形の行いだ。  その上、よく分からないうちに体が動いて、勇者に教え込まれた痴態まで披露して、よがり狂って喘いでいるところもしっかり見られて。 『頼む……性欲があり余ってるなら、自慰でなんとかしてくれっ……それならもう、俺は何も関与しないからっ……』  きっとあの一言が、最悪の状況の引き金になったのだろう。思考が閉じ込められて、勝手に体が動くあの感覚。首輪による支配が、偶発的に行われたのだ。  本当は、どうしてそんなことになったのかを考えなければならないのに、僕はそれよりも、彼の言葉で頭がいっぱいになってしまっていた。 「アレクさまに……嫌われたっ……」  嫌われた。呆れられた。性欲しか頭にないバケモノだと思われた。軽蔑される。もう二度とあの優しい声で、呼びかけてもらえないかもしれない。  でも、アレクも悪い。僕はこんなにも彼のことを想って、何度も暴走しているのに、全然気付いてくれなくて。だけど、気持ちを伝えて受け入れてもらえるか分からなくて、それが怖い自分のせいでもあって。 「バカ……、バカぁっ……!」  稚拙な罵倒を口にしながら、枕に顔を押しつける。それが誰を責める言葉なのかは、自分でも分からなかった。

ともだちにシェアしよう!