24 / 28
第24話 遅かった王子様*
まるで雷が至近距離に落ちたかのような衝撃だった。
大地を揺らし、窓をビリビリと震わせるその波が通り過ぎる。それが何だったのか理解できないまま十数分が経った頃、拘束から逃れようとずっと藻掻いていた体が、唐突に解放された。
拘束魔法をかけた術者に何かあったのか。先ほどの衝撃波に関係はあるのか。俺はぜえぜえと肩で息をしながら自分の為すべきことをするために立ち上がった。
「ヒーラーっ……!」
俺が考え無しなせいで地下室へと連れて行かれ、非道な陵辱を受けている大切な仲間。彼を守れなかった自分に強い不甲斐なさを感じながら、そんな感傷に浸っている暇はないと行動を開始する。
幸いにも奪われた装備は、同じ部屋に全てまとめられていた。その中の剣だけを掴み取り、鍵の掛かったドアを蹴り破って外へと出る。
先ほどの音が何だったのかは分からない。だが今はヒーラーを助けに行くのが先だ。
早く、一刻も早く、彼の元に向かわなければ。
後悔と焦りで空回りする思考のまま廊下へと飛び出る。そこに広がっていたのは、地獄絵図だった。
廊下にはあちらこちらに惨殺された信徒の死体が転がっていた。老若男女関係なく、無残に殺された彼らに残されているのは、獣の爪痕らしき惨い傷もあれば、剣で受けたと思われる切り傷もある。
「魔獣の襲撃……? いや、人間同士でも殺し合ったのか……?」
推測を口にしながら、慎重に教会の中を進んでいく。だが、この惨状を生み出した存在はどこに行っても出会うことはなかった。逃げたのか、もしくは殺し合った末に、そこらに転がっている死体に紛れているのかもしれない。
「何だ……何が起きたんだ?」
警戒を緩めないまま、俺は地下室へと続く階段へと辿り着く。階段の先からは、噎せてしまいそうなほど濃い血の匂いと悪臭が漂ってきた。
階下で獣によって組み敷かれていた彼。最悪の事態が脳裏をよぎり、転げ落ちてしまいそうな足を必死で動かして、俺は階段を駆け下りていく。
その先に待っていたのは――無数に折り重なる男たちの死体と、息絶えている複数の魔獣。そして、破壊された鉄格子の中で、猛然と何かに対して腰を振っている巨大な熊型の魔獣の姿だった。
「グゥゥ……グォォ……!」
夢中で行為に耽る獣は、こちらに気付いた様子もない。その巨体の下から青白い腕が力なく伸びていることに気付き、俺の頭は一気に真っ白になった。
「貴、様ァァアアアーー!!」
剣を強く握り、魔獣へと斬りかかる。魔力を帯びた刃は魔獣の肌を切り裂くことには成功したが、両断するまでには至らず、こちらの存在に気付いた魔獣は雄叫びを上げて俺に突進してきた。
「ウオオオオオ……!」
繰り出される牙と爪の攻撃には、明確な怒りが込められていた。それはまるで自分の獲物を横取りされそうになって怒り狂っているようでもあり、あたかも獲物とされている彼が獣の所有物だと言われているようで、必要以上に頭に血が上る。
「このっ、よくも彼をぉぉお!!」
威嚇じみた声でこちらも吠え、全力をこめて魔獣に斬りかかる。腹を切られ、怯んだ魔獣に飛びかかって体勢を崩させると、その喉に向かって勢いよく切っ先を振り下ろした。
「ゴ、ゴオォォォ……」
血のあぶくを吐きながら、魔獣は床へと倒れていく。俺は過剰なほど念入りに魔獣にトドメを刺していたが、しばらくそうしていた後にハッと正気に戻り、獣に押しつぶされていた彼へと振り返った。
「ヒーラーっ……!」
声をかけて駆け寄るも、彼はぴくりとも動かなかった。清らかだった肌は濁った精液で汚れ、ヒトにも獣にも陵辱されつくした体からは体温が失われつつある。
「あ、あぁぁあ……」
彼の体を抱きしめ、目を見開いたままボロボロと涙をこぼす。
俺のせいだ。俺が迂闊だったから。間に合わなかった。守ると誓ったのに。俺のせいだ。
後悔と絶望で体が動かなくなる。彼が感じたであろう恐怖を思い、吐きそうなほどの感情の波に呑まれる。
その時、血の気のない彼の唇が、かすかに動いた。
「ア、レク……さ、ま………?」
慌てて彼の顔を見ると、彼はまるで王子が迎えに来たおとぎ話の姫のように、幸せそうに微笑んでいた。
「たすけ、に…………うれ、し………」
それだけを口にすると、彼の体から完全に力が抜ける。取り落としそうになった肩を、俺は慌ててきつく抱きとめる。
そうだ。絶望している場合じゃない。できることをしなければ。
折れてしまいそうな心を叱咤し、彼を抱えて立ち上がる。そしてそのまま、今にも掻き消えてしまいそうな彼の命の灯火を守るようにしっかりと彼を抱きしめ、俺はその場から駆け出した。
ともだちにシェアしよう!

