26 / 28

第26話 人としてあるまじき

 魔物や魔族と戦う専門家として旅をしてきたが、一度も聞いたことのない単語だ。困惑する俺の内心を読んだかのように店主は苦笑した。 「知らないのも無理はありません。この辺りでは久しく観測されていない魔法ですから」 「そうなのか……」  では何故それをただの町民であるはずの店主が知っているのか。その疑問は一旦飲み込むことにし、俺は視線で話の続きを促す。店主は指を組み、深刻そうに話し始めた。 「『夜魔の呼び声』は、夜魔たちの間でも禁忌とされている本能的な魔法です。本来は繁殖期に入った強い夜魔が行使するもので、その効果は――声の届く範囲にいるオスを魅了し、殺し合わせるというものなんですよ」 「なっ……!?」  理解しがたい生態を語られた気分になり、俺は言葉を失って思考を巡らせる。 「な、何故そんな魔法があるんだ? 本能的なものと言ったが……」 「強いオスの精を受けるためです。夜魔たちは多種族の精で繁殖しますから。オス同士を殺し合わせて、できるだけ強いオスを選別するのは道理でしょう?」 「それも、そうか……。いや、だがそんな強いオスに犯されたら、夜魔本人は――」 「そこがこの魔法が禁忌とされる理由です。『呼び声』を行使した夜魔は多くの場合、生き残ったオスに死ぬまで犯される。古い時代にはわざとこの魔法を夜魔に行使させ、戦争に利用していた国もありました。『夜魔の呼び声』はそういう、ある種の自殺魔法なのです」  店主はまるで昔を懐かしむようにそう語る。彼の言葉が真実であるという証拠はなかった。だが語られた内容はある程度筋が通ったもので、これが本当のことなのだろうと納得してしまう。  だが、唯一納得できないこともあった。 「ヒーラーはなぜ、そんな魔法を行使したのでしょう。自分も死ぬと分かっていながら、周囲全てを殺し尽くすだなんて……」 「……それほどまでの苦痛を与えられたということでしょうね。何もかもを憎悪して、本能のまま呼び声を行使した。そう考えるのが自然でしょう」 「……ああ、そうか……そうだな」  今も眠り続けるヒーラーの真意は分からない。だけどその行動に裏にあるのが、殺意であったと信じたくない自分もいる。  勇者を殺した彼であれば、その激情を抱くのも当然だと分かっていても、彼がそんな決断を下したとはどうしても信じられない。  考え込む俺を店主はじっと見つめると、やけに威圧感のある眼差しのまま俺に尋ねてきた。 「今の話を聞いて、あなたはどうしますか」 「え……」 「旅の仲間とはいえ、彼は無辜の民まで巻き込んで殺戮を引き起こしたんです。そんな彼を――あなたは、許すんですか?」 「っ……!」  この数日、ずっと目をそらしていた事実を目の前に突きつけられ、俺は顔を強張らせる。  彼を許すのか。断罪するのか。勇者パーティーの一員としては断罪すべきだ。仲間とはいえ、そこまで人の道を踏み外した者を生かしておいてはいけない。  己の良識や正義感もそうするべきだと言っている。だから本当は悩む必要などないのだ。でも―― 「……店主。俺は――あの時、ホッとしたんです」  顔をしかめ、懺悔のように身を丸めて俺は話し始める。店主はただ黙ってそんな俺を見つめていた。 「周りで人が死んでいるのに、その犯人がヒーラーかもしれないと分かっているのに、彼がまだ生きていたというだけで『良かった』と思ってしまったんです。他の奴なんてどうでもいい。死体となった人々に罪があろうがなかろうが関係ない。彼が生きているだけで、それでいいと。思ってしまったんです」  邪悪なる者を倒す旅をしてきた人間として、あってはならない思考だった。だけどあの時の自分も、今の自分も、それでいいのだと思ってしまっている。 「俺はっ……勇者の仲間として、失格ですっ……!」

ともだちにシェアしよう!