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第26話 人としてあるまじき
魔物や魔族と戦う専門家として旅をしてきたが、一度も聞いたことのない単語だ。困惑する俺の内心を読んだかのように店主は苦笑した。
「知らないのも無理はありません。この辺りでは久しく観測されていない魔法ですから」
「そうなのか……」
では何故それをただの町民であるはずの店主が知っているのか。その疑問は一旦飲み込むことにし、俺は視線で話の続きを促す。店主は指を組み、深刻そうに話し始めた。
「『夜魔の呼び声』は、夜魔たちの間でも禁忌とされている本能的な魔法です。本来は繁殖期に入った強い夜魔が行使するもので、その効果は――声の届く範囲にいるオスを魅了し、殺し合わせるというものなんですよ」
「なっ……!?」
理解しがたい生態を語られた気分になり、俺は言葉を失って思考を巡らせる。
「な、何故そんな魔法があるんだ? 本能的なものと言ったが……」
「強いオスの精を受けるためです。夜魔たちは多種族の精で繁殖しますから。オス同士を殺し合わせて、できるだけ強いオスを選別するのは道理でしょう?」
「それも、そうか……。いや、だがそんな強いオスに犯されたら、夜魔本人は――」
「そこがこの魔法が禁忌とされる理由です。『呼び声』を行使した夜魔は多くの場合、生き残ったオスに死ぬまで犯される。古い時代にはわざとこの魔法を夜魔に行使させ、戦争に利用していた国もありました。『夜魔の呼び声』はそういう、ある種の自殺魔法なのです」
店主はまるで昔を懐かしむようにそう語る。彼の言葉が真実であるという証拠はなかった。だが語られた内容はある程度筋が通ったもので、これが本当のことなのだろうと納得してしまう。
だが、唯一納得できないこともあった。
「ヒーラーはなぜ、そんな魔法を行使したのでしょう。自分も死ぬと分かっていながら、周囲全てを殺し尽くすだなんて……」
「……それほどまでの苦痛を与えられたということでしょうね。何もかもを憎悪して、本能のまま呼び声を行使した。そう考えるのが自然でしょう」
「……ああ、そうか……そうだな」
今も眠り続けるヒーラーの真意は分からない。だけどその行動に裏にあるのが、殺意であったと信じたくない自分もいる。
勇者を殺した彼であれば、その激情を抱くのも当然だと分かっていても、彼がそんな決断を下したとはどうしても信じられない。
考え込む俺を店主はじっと見つめると、やけに威圧感のある眼差しのまま俺に尋ねてきた。
「今の話を聞いて、あなたはどうしますか」
「え……」
「旅の仲間とはいえ、彼は無辜の民まで巻き込んで殺戮を引き起こしたんです。そんな彼を――あなたは、許すんですか?」
「っ……!」
この数日、ずっと目をそらしていた事実を目の前に突きつけられ、俺は顔を強張らせる。
彼を許すのか。断罪するのか。勇者パーティーの一員としては断罪すべきだ。仲間とはいえ、そこまで人の道を踏み外した者を生かしておいてはいけない。
己の良識や正義感もそうするべきだと言っている。だから本当は悩む必要などないのだ。でも――
「……店主。俺は――あの時、ホッとしたんです」
顔をしかめ、懺悔のように身を丸めて俺は話し始める。店主はただ黙ってそんな俺を見つめていた。
「周りで人が死んでいるのに、その犯人がヒーラーかもしれないと分かっているのに、彼がまだ生きていたというだけで『良かった』と思ってしまったんです。他の奴なんてどうでもいい。死体となった人々に罪があろうがなかろうが関係ない。彼が生きているだけで、それでいいと。思ってしまったんです」
邪悪なる者を倒す旅をしてきた人間として、あってはならない思考だった。だけどあの時の自分も、今の自分も、それでいいのだと思ってしまっている。
「俺はっ……勇者の仲間として、失格ですっ……!」
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