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第35話 慈悲じゃない
覚悟が決まらないまま夜となり、俺は緊張した面持ちでヒーラーの部屋を訪れた。
「ヒーラー、いるか?」
ノックをして声をかけると、ややって彼はそっとドアを開けて俺を迎えた。店主いわく、今日一日彼は大人しく部屋で寝ていたらしく、唯一部屋から出てきた食事の時は、心ここにあらずといったぼんやりとした様子だったらしい。
彼も俺と同じように今夜のことを考えてそわそわしていたのだと思うと、愛しさが胸に込み上げる。
「アレクさま……」
ドアを開けて、こちらを見上げてくる彼の目は色っぽく潤んでおり、俺は部屋の中へと入ってドアを閉めてから、彼の額に手を当てた。
「ひゃっ……!?」
「熱は、ないみたいだな」
発熱しているわけではないと確認していると、彼は俺の手をそっと取って頬ずりをし、請うようにこちらを見上げてきた。
「アレクさま、僕……一日ちゃんと、休んでまし、た。だから……」
「ああ、そのご褒美をあげないとな」
腰を抱き、ベッドへとエスコートする。緊張でガチガチになった彼はふらつきながらそれに従い、ベッドの端におずおずと腰掛けた。
遠慮がちな視線でこちらを見上げてくる彼を落ち着かせるように、頭と頬を優しく撫でる。俺自身も緊張で自分の鼓動がうるさいぐらいだったが、彼に余裕のなさを見せるのは嫌で平静を装っていた。
「あの……」
「なんだ?」
「口で、した方が……よろしい、でしょう、か……?」
不安そうに言う彼に、俺は固まって思考を巡らせる。彼に俺のモノを咥えられて、射精を促される。つい先日、拘束された状態で行われたそれを思い出し、反射的に股間が熱くなった。
いや、だめだ。今回はただ精を分け与えるだけじゃなく、腹の中から彼を治すための行為でもあるんだから。
「……今回は口でするのはやめておこう。腹だけで俺のものを受けとめてくれ」
言葉を選んで告げると、ヒーラーはややショックを受けた顔で一瞬固まり、それから申し訳なさそうに顔を伏せた。
「ごめん、なさい……」
「え?」
「はしたない、こと……言って……。アレクさま、は、お慈悲で……僕に精を与えて、くれるだけ、なのに……」
こちらが、本意ではなく義務的に行為に及ぼうとしていると思い込む彼の言葉。実際、俺の理性は、その通りだ、そうであれ、と主張している。そうでなければ俺は、体格差のある、精神的にも逆らえない立場の存在を、自分の欲をぶつけるために利用していることになってしまう。
だけどそれは真実じゃない。俺は嫌々、この行為をしようとしているわけじゃない。倫理観で否定しようとしている下心が、俺の中には間違いなく存在する。
彼を可愛らしいと思う心。組み伏せたい、快楽に喘ぐ姿を見たいという心。肯定すべきではないと思っていた背徳的なそれを今、俺は彼本人に求められている。だったら、俺は――
「慈悲なんかじゃない」
「えっ……」
「俺は、お前を抱きたいと思っている。それが愛なのかは分からない。でも欲は確かに抱いている。愛情を与えてやれないかもしれないのに、欲だけをぶつけようとしているんだ。卑怯者で、本当にすまない」
自分の心に蓋をせず、未だ結論の出ていない心をそのまま口にする。改めて自覚すると最低すぎる発言だったが、ヒーラーはそんな俺の言葉を受けて、この上なく嬉しそうに表情を緩め、それから照れくさそうに手で顔を覆った。
「嬉しくて……死んじゃい、そうです……」
「死なれるのは困るな」
「はい、死にませ、ん……。僕に、欲望全部ぶつけて、ください……。それだけで、世界一幸せに、なれますか、ら……」
俺にとって都合の良すぎることを口にする彼に罪悪感を抱きつつも、俺は彼の肩をそっと掴んで、ゆっくりとベッドに押し倒した。
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