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第40話 穏やかな旅路

 大陽のような人と、共に歩いていた。  夜は魔物が出現するこの森も、昼下がりの今は平和そのものだ。僕の隣を歩くアレクは、少し難しい顔をして、目的地に向かう道を辿っている。  彼が背負っているのは、背負い紐のついた直方体の木の箱だ。その中にあるのは、勇者の死体。僕が殺し、彼が偽装を決めた罪の象徴。  滞在していた町で起きた、教会への襲撃事件。あの一件を経て、勇者の死体の損壊は進んでいた。ただでさえ捕食によって破られていた腹の中身はぐちゃぐちゃになり、手足も一本ずつもげている。  それをさらに折り曲げるような形で箱に詰め、僕たちは防腐魔法をかけた。匂いも漏れないように魔法をかけたが、接近するとやはり腐敗臭が仄かに漂ってくる。  このまま順調に王都へと向かえば、この死体が勇者であるという見分けぐらいはつく状態で辿り着くことができるだろう。  僕にとって、今の状況は好都合だった。毒が残っていたせいで獣に食べられず残っていた内臓が損壊された今、真実に辿り着く手がかりが一つ失われたからだ。  あとは残っている内臓だけをどこかに捨ててしまうことができれば一番なのだが。  そんなことを思いながら、傍らを歩くアレクの顔を見上げる。アレクの茶色がかったくすんだ金髪は、太陽の光を受けてキラキラと光っていた。  すごく、綺麗だ。とても幸せだ。ほんの数週間前まで届かぬ夢として思い描いていた旅の光景に、僕はまぶしくて目を細めてしまいながら微笑む。  すると、そんな僕の視線にアレクは気付いたようだった。 「どうした、ヒーラー? 俺の顔に何かついているか?」 「……いえ、嬉しいなと、思いまし、て……」 「嬉しい?」  不思議そうに尋ね返してくる彼の顔も、声も、全てが愛しくてたまらない。その気持ちをどう表現すべきか迷った末に、僕は素直にそれを言葉にした。 「大好きな、方と……、一緒に、旅をするの、は……、とても、幸せです……」  僕は勇者を殺した。アレクとの旅を続けるために。彼本人はまだ気付いていないその動機が満たされているという今に、僕は自分が世界で一番幸せな生き物だと確信する。  アレクはそんな僕の笑顔を困ったように見下ろし、少し言葉に迷った後、尋ねてきた。 「なぁ、ヒーラー」 「はい」 「どうしてお前は、そんなに俺を慕ってくれるんだ?」 「えっ……」 「だってそうだろう。俺はお前を守ると誓ったのに、それは口先だけで、一度も守れた試しがない。それどころかお前に辛い思いをさせて……俺には、お前に愛される資格なんてっ……」  視線を落とし、彼は泣きそうな顔で自分を責める。そんな姿も僕は愛しく感じてしまって、だけど「どうして」という彼の問いにうまく答える言葉は浮かんでこなかった。  これはきっと『恋』だ。僕に名を尋ね、扱いに憤ったあの瞬間のアレクに、僕は恋をし続けている。でもそれを伝えても、きっとアレクに納得をもたらすことはできない。事実として、彼は何度も僕を助けようとして、失敗してきたのだから。 「好きだから、です……」  下から顔を覗き込むようにして、視線を落とした彼の視界に入る。 「守ると言って、くれたあなた、を……僕は、好きになって、しまったん、です……」 「だが、実際の俺は――!」  強い感情を込めて反論され、僕は少しびっくりして身を震わせる。それは、先日の教会での陵辱からずっと残っている怯えだった。理性はもうあの出来事を過去のものとして処理しているのに、大声を出されたりして驚くと、体が勝手に反応してしまう。  アレクは僕が怯えた仕草をしたのを見て、慌てて表情を取り繕った。 「す、すまない、大声を出して。でも俺は本当に、お前には相応しくない男なんだ。体を重ねる時も邪念に呑まれてしまったし、そんな俺が、愛されるなんて……」  彼は、僕の気持ちが本物か疑っている。追い詰められた状況を経たせいで勘違いをしているのではと思っている。  その心配は痛いほど伝わってきて、その真面目さが愛しくて、だけど彼を納得させるに至る論理は思いつかない。  いっそ愛を証明できる何かがあればいいのに。  ずぐん、と腹の奥が重く痛む。陵辱で傷ついたそこを、そっと押さえながら、僕は彼の視界から一歩身を引いた。

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